太田述正コラム#0051(2002.7.25)
<防衛庁リスト事件等の真実>
月刊テーミスの2002年8月号(7月18日発売。84-85頁)に掲載された記事を転載します。末尾に、私のコメントを付しました。
リスト作成問題で露呈
危機管理ゼロ 防衛庁の醜い権力闘争
保身・隠蔽・対立が渦まく庁内で内局・海幕・陸幕の内部抗争が一気に噴き出た
情報公開制度の詳細を知らず
29名もの処分者を出した防衛庁リスト事件は、’98年にNECなどからの部品調達費用の水増しが発覚した「調達実施本部事件」の処分者31名に匹敵する、防衛庁の大不祥事となった。
しかし、今回は処分で幕引きということにはなりそうもない。リスト事件を調べれば調べるほど、防衛庁は末期的症状で、あとどれだけ不祥事を抱えているのか分かったものではないという雰囲気がしてきたからだ。
最初に、今回のリスト事件の事実関係をおさらいしておこう。
防衛庁の内局と陸海空幕が、情報開示請求を行った市民のリストを作成していた。特に海上幕僚監部(海幕)の3佐が作成したリストには氏名、職業、所属先、記事など7項目が含まれていた。このうち、職業のところには、「受験生の母」、「反戦自衛官」等、記事のところには、「不服申し立て」等の記載があり、個人情報保護法に違反していたものだ。しかも海幕3佐は、リスト作成も配布も、個人情報保護法違反にあたることを承知していた。
内局、陸幕、空幕のリストが庁内の構内情報通信網(LAN)に載せられていたことに関しては、違法性は認められていない。だが、情報公開担当者以外でも自由に見ることができ、防衛庁の個人情報保護に対する意識の低さが露呈した。
3佐のこれら行為が発覚したとき、内局、陸幕、空幕の担当者は、それぞれの機関のLANに掲載していたリストも違法である可能性があると考え、あわててLANから削除した(しかし、内局では担当者が、リストが内局LANに掲載されていたこと、そのリストをLANから削除したことをすぐに上司に報告しなかった)。
だが後になって、LANに掲載されていたリストはどれも個人情報ファイルではないので、それを掲載しても個人情報保護法違反にはあたらないということになった。
その後、3与党の幹事長等の「圧力」で、防衛庁がほぼ40ページで作られた報告書を、公表にはその概要にしかすぎない4ページのダイジェスト版しか出さず、すぐばれてしまった6月11日の事件、リスト事件の衆議院での集中審議を翌日にひかえた23日に、防衛庁幹部らと自民党を中心とした防衛関係議員がゴルフのコンペを行い、政官の癒着関係を天下にさらした「事件」までが起こってしまった。
このような海幕3佐の暴走と内局、陸幕、空幕のドタバタ劇をふまえ、防衛庁が作成した報告書は、「個人情報保護に関する教育研修が十分に行われておれば、海幕3佐の違法行為を未然に防止でき、内局、陸幕、空幕のリストをめぐる混乱を回避することができた」(要旨)という結論を出した。
実際、ごもっともであって、内局、陸幕、海幕、空幕の各情報公開室(いずれも’01年4月発足)の室員中、個人情報保護法の詳細について知っていたのは、内局5名中1名、陸幕9名中2名、海幕9名中6名、空幕10名中1名にとどまり、内局の「成績」は空幕に次ぐビリから二番目だ。
情報公開制度の導入準備が本格的に行われた’00年8月から’01年3月までの間、防衛庁内で企画・調整業務を担当したのが内局である。にもかかわらず、必要な教育研修を足元の担当者に対して行っていなかったのは、あまりにお粗末というほかない。
海幕3佐が個人情報保護法違反であることを百も承知で、ご親切にも内局の業務に役立つと考え、’01年11月に内局情報公開室にリストを持参した。内局の担当者たちは、業務上必要な知識を授けられていなかったため、たしなめるどころか、何の問題意識も持たずにリストを受け取ってしまったのだ。
情報をリークしたのは内局か
しかも、内局において、導入準備中に当然やっておかなければならなかった(内局、各幕において作成が予想された)LAN掲載リストの法的妥当性の検討もさぼっていた。そのため、海幕3佐の行為が発覚するや、陸、空幕ともども慌てふためいてLAN掲載リストの削除に走ってしまい、大恥をかくはめになったというわけだ。
だから、リスト事件の責任は、あげて内局にあるといっていいだろう。
ところが、不思議や不思議。処分対象者の中に、現職の内局幹部や担当者は含まれているが、情報公開制度発足当時の内局の幹部や担当者が含まれていない。一体これはどうしたことか。
この疑問を海幕の幹部にぶつけてみたところ、次のように答えた。
「インド洋派遣海上自衛隊部隊が、米軍の指揮下に入ることを海幕が容認したという朝日新聞の記事が出たのを覚えていますか。これが6月16日で、毎日新聞が防衛庁リスト事件をすっぱ抜いたのが5月28日です。
国会で有事法制案の取り扱いが焦点となっていたこの微妙な時期に、もともと有事法制に批判的な両新聞がこれらの記事を掲載したのは、明らかに有事法制つぶしでしょう」
それでは、一体誰が何の目的で情報をそれぞれの新聞にリークしたのか。この二つの記事がいずれも制服サイドの「独走」に警鐘を鳴らす内容でもあったことが、有力なヒントだ。
「朝日の記事は、昨年11月にバーレーンで行われた日米会議(その内容は海幕と内局しか知らない)を踏まえて書かれていますし、リスト事件の海幕3佐がリストを内局に渡したのは昨年の11月です。私は、昨年11月の時点で内局にいて、しかもどちらの情報にもアクセスできた人間が怪しいと思っています。11月の時点の情報が、どちらも半年もたってから記事になった点に、非常に作為的なものを感じるからです。
つまり、その人間が、制服、とりわけ海上自衛隊を叩く狙いで、毎日と朝日の記者に情報をリークし、お互いにとって最適な時期に記事にしてもらうように依頼したと考えられます。なお朝日の記事のほうは誤報です。朝日へ情報をリークした人間は、情報を海幕に不利な形にねじまげて提供したということです。毎日へ情報をリークしたのが同一人だとすれば、内局の人間としては例外的に、海幕3佐のリストの違法性を承知していた人間でもあるということになります」(前出の海幕幹部)
なぜ内局が、海上自衛隊を叩く必要があるのか。
昨年9月に米国で同時多発テロが起こり、海上自衛隊の艦艇部隊がインド洋に派遣されることになった。部隊の現場を知らず、しかも不勉強な内局の人間にオペレーションのことを聞いても、ろくに説明ができない。その結果、政治家のところに海幕の人間が直接呼ばれる機会が増えていった。
「内局は、このままだと地盤沈下だと深刻な危機意識を持ったわけです。海幕がイージス艦派遣の根回しをして歩いているといった話が、内局サイドからマスコミに対して盛んに流されたのが10月、11月でした」(同)
背後には有事法制への牽制も
しかし、内局の人間が有事法制つぶしに加担することがありうるのか、陸幕の幹部に話を聞いてみた。
「そんなことは考えたくもありませんが、有事法制のように、国会やマスコミで叩かれる可能性がある案件については、内局はいつも逃げ腰です。今回有事法制が国会に上程されるにあたっても、平素の自分の勉強不足は棚にあげて、内閣の安全保障室に責任を転嫁して他人事のように眺めているのが内局であることは確かです」
さらに、リスト事件がらみの内局内での争いのことを聞くと、「その件についてはよくわかりませんが、キャリアどうしがこれほど仲の悪い役所は、ちょっとほかにはないのではないですか。リスト事件で処分の対象にならなかった内局幹部が、競争相手が減ったと、こみあげる笑いを隠そうともしていないという話が、あちこちから聞こえてきます。不謹慎きわまりないとは、このことでしょう」と慨嘆していた。
どうやら、報告書の記述や処分対象者をめぐって、各幕はもとより、防衛関係議員や一部マスコミを巻き込んだ形で、醜い権力闘争が内局で行われたようだ。その結果、情報公開制度発足当時の内局の幹部や、担当者の側(毎日や朝日に情報をリークした人間がこの中にいる?)が最終的に勝利をおさめた。この争いの途中経過の痕跡が、大急ぎでつくられた長大な報告書の結論部分での記述となって残った――と理解すれば、すべての話の辻褄が合う。
昨年防衛庁を自ら退職し、内局批判の本を出版した元防衛庁官房審議官の太田述正氏(現在、評論家)が語る。
「いささか出来すぎた話ですが、以上の話がすべて事実だとしても私は驚かないでしょう。かねがね、私は防衛庁内局の堕落ぶりは外務省よりもひどいと指摘してきたのですから。」
(以上)
ここから先は、私のコメントです。
この記事を読んでどう思われましたか。どこにでもころがっている大したことのない話だと思われましたか?その通りです。民間企業ではいくらでもある話でしょう。
問題は、そんな民間企業は早晩市場によって淘汰されるでしょうが、防衛庁は決してつぶれないということです。
その後も毎日や朝日による制服バッシングは執拗に続いています。
まず、朝日から:
「防衛庁海上幕僚監部(海幕)の幹部が今年4月10日、在日米海軍のチャプリン司令官と会談し、インド洋へのイージス艦やP3C哨戒機派遣に向けた「裏工作」をしたとする朝日新聞の報道に関し、民主党の長妻昭氏が3日の衆院有事法制特別委員会で、自らの調査をもとに「会談に先立ってイージス艦とP3Cの派遣を要請するペーパーを米側が非公式に日本側に渡していた」と指摘したうえで、「海幕幹部はそのペーパーをチャプリン司令官に説明したのではないか」とただした。長妻氏は、この幹部を香田洋二防衛部長だとし、「(香田氏)本人から直接事実関係を聞いた。(米側から)正式に要請があったときに話がつぶれないように、ということだったようだが、制服幹部の行為として文民統制のうえで問題ないのか」と指摘した。」
(http://www.asahi.com/politics/update/0703/009.html。7月3日アクセス。)
私には香田さんのやったことのどこが問題なのか全く理解できません。それよりも、よくもまあこんな話までリークされるものだという印象です。いずれにせよ、最近の熾烈な内局による制服いじめ(前掲テーミス記事参照)や、そもそも、内局と在日米軍との関係が断絶状態に近く、日米安保の信頼性をかろうじて維持しているのは各幕や部隊の努力だという事実(拙著「防衛庁再生宣言」4、10、18頁、41-42頁参照)、を踏まえずに、(よくあることですが、)新聞記事を片手に鬼の首をとったかのように海幕を追及する民主党の議員サンのお姿には、ただただ嘆息するほかありません。
次は毎日です:
「米国・ハワイ沖での「環太平洋合同演習(リムパック)02」に参加している海上自衛隊が、現場の判断でカナダ海軍の掃海部隊の演習に、オブザーバーで参加していたことが分かった。・・防衛庁は前回(00年)のリムパックで初めて、・・オブザーバーで参加を認めた。・・昨夏はオーストラリアでの多国間戦闘訓練「カカドゥ」にも海上自衛官を派遣した。その際、海自はすべて海幕の了承と内局の決定を受けていた。現場判断で他国の演習にオブザーバー参加するのは初めて。米国中心の多国間による軍事活動が国際的な流れとなり、憲法上の制約を抱える日本がどう歩調を合わせるかが課題となっているが、オブザーバーでの参加が常態化している実態が明らかになった。自衛隊のリムパック参加は、集団的自衛権行使を禁じる憲法上の制約から、米軍との共同訓練に限られてきた。しかし、海自によると、カナダ海軍の掃海部隊が今月2日、オアフ島沖で掃海訓練を実施。海自第1掃海隊(広島・呉基地)所属の潜水員ら2人が、米やペルーの海軍の隊員とカナダ掃海艇に乗り、機雷処分などの訓練を見学し、意見交換したという。海幕は「カナダ海軍が急に受け入れることになり現場判断で参加した」と話している。今回のリムパックについて、海上幕僚監部は「米国との共同訓練しか行わず、他国の訓練へのオブザーバー参加はない」と説明していた。」
(http://www.mainichi.co.jp/news/selection/20020723k0000m010150000c.html。7月23日アクセス)
この記事にもあきれました。そもそも、「会議にオブザーバーで参加する」という言葉はあります(・・発言できない場合と、発言できるが、意思決定には参画できない場合がありますね・・)が、「演習にオブザーバーで参加する」という言葉はおかしい。単に「演習を見学する」ということでしょう。自衛官にとって、演習だろうが実際の戦争だろうが、参考になったり、国際交流の観点からプラスになるような場合は、見学できる機会を逃す方が怠慢だと思います。とまれ、ここでも「内局の決定(と海幕の了承?)なしに、現場の独断で海上自衛官がカナダ海軍の演習を見学した」とご大層に毎日にリークに及んだ輩がいるようですね。
それにしても、こんなに米軍との会議の中身等がしょっちゅうリークされるのでは、海上自衛隊はたまったものではないでしょう。状況証拠から、犯人は内局の中にいる可能性が濃厚です。しかも、この執拗さから言って、相当な大物がからむ組織的な陰謀のにおいを私は感じます。
中谷防衛庁長官は一体何をしているのでしょうか。対イラク作戦計画のニューヨークタイムスへのリークに激怒して、徹底的な犯人探しと立件を命じたラムズフェルト米国防長官(http://www.nytimes.com/2002/07/20/international/middleeast/20LEAK.html。7月20日アクセス)の爪の垢でも煎じて飲んで欲しいものです。