太田述正コラム#2104(2007.10.4)
<ミャンマー動く(特別編)(続x4)>(2007.11.12公開)X→(2012.2.6公開)
1 始めに
ミャンマー情勢を見ていると、改めて経済制裁のむつかしさを感じます。
経済制裁否定論と肯定論をそれぞれご紹介した上で、対ミャンマー経済制裁をめぐる現在の状況をご説明しましょう。
2 ミャンマーに対する経済制裁の是非
(1)否定論
経済制裁をしても、権力者はその痛みを大衆に押しつけてしまうものだ。国連の経済制裁下でサダム・フセインがやったように・・。
特にミャンマーのような国に対しては経済制裁は効果が乏しい。
1962年にネウィン将軍が権力を掌握すると、彼は鎖国をし、外国からの投資も観光客も禁止し、自給自足体制をとった。
現在の軍事政権は、経済開放政策をとってはいるものの、ネウィン政権の承継者であって国際的孤立を懼れてはいない。だから、権力を失うくらいなら経済制裁は甘受する。
それに、経済制裁と言っても、それは西側諸国による制裁であって、中共は経済政策に加わらないだろう。とどのつまりは、ミャンマーを中共に一層なびかせるだけの結果になる。
仮に完全な経済制裁が課され、それが功を奏して軍事政権が倒れたとしても、その場合、ミャンマーは多民族国家であることから、現在のイラクのような混乱が生じる可能性が高い。
(2)肯定論
経済制裁否定論は、ためにする議論だ。
ミャンマーにおけるアウンサン・スーチー女史(注1)以下の反政府活動家達は、経済制裁を求めている。彼らの呼びかけに答えるべきだ。
(注1)女史は、観光客にも来てくれるな、と呼びかけている。ちなみに、昨年のヤンゴン空港への外国人の到着数は27万5,000人に過ぎず、タイへの1,300万人の外国人の訪問者数とは比較にならない。観光客の数としては、ヤンゴン市内のシュウェダゴン寺院への外国人訪問者数約12万人やヤンゴンの北のバガン(Bagan)の寺院群への外国人訪問者数約6万人が目安となる。(
http://www.ft.com/cms/s/0/c810475e-713c-11dc-98fc-0000779fd2ac.html
。10月3日アクセス)
それに、経済制裁否定論を西側で唱えているのは、ミャンマーの人権問題よりは石油や天然ガスに関心のある連中が中心であることも忘れてはならない。
3 対ミャンマー経済制裁をめぐる現在の状況
天然ガスの輸出は2006年の輸出総額の三分の一から二分の一を占めており、うち約20億米ドルはタイへの輸出です。これらのカネは軍部を潤しているが、一般市民は全く裨益していません。
タイのタクシン(Thaksin Shinawatra)元首相は、ミャンマーに経済制裁してきた米国やEUの反対にもかかわらず、ミャンマーとの経済的結びつきを強めましたが、これは1997年にミャンマーの加盟を認めたアセアンの対ミャンマー関与政策に合致していていました。
このところのミャンマー情勢の緊迫化を受けて、アセアンはミャンマーの軍事政権批判に転じ、経済制裁論議も出てきていますが、一番肝腎なタイの現在の暫定軍事政権が経済制裁に賛成する可能性は低いと見られています。
また、フランスのトタル(Total)が率い(注2)、カリフォルニアのユノカル(Unocal。シェブロンの子会社)が入っているところのコンソーシアムが、1992年からミャンマー最大のヤダナ(Yadana)天然ガス田の採掘を行っており、毎年約20億米ドルの収入を軍事政権にもたらしているこの事業からトタルが手を引けば、政権にとっては大きな打撃になります。
(注2)2002年にミャンマー難民4名は、トタルが、強制労働・殺人・恣意的処刑・拷問を行っているミャンマーの軍事政権に1990年代を通じて財政的兵站的支援を行ってきたとして、トタルの社長とかつての同社のミャンマー担当取締役をベルギーで告発したが、ベルギーの裁判所が本件について管轄があるという結論が出たことから、このほどベルギーの連邦検察が捜査を再開した。
しかし、フランスのサルコジ(Nicholas Sarkozy)政権が、トタルに働きかける気配はありません。
タイやフランスのほか、中共・インド・日本・韓国・ロシア・豪州・マレーシア(注3)・シンガポール等がミャンマーの石油や天然ガス事業に関わっていますが、中共・ロシア・マレーシア・シンガポールはともかくとして、自由民主主義国であるフランス・インド・日本・韓国・豪州が手を引けば、更に大きな打撃を加えることができます。しかし、インドにその気配は全くありません。
(注3)英国の会社が手離した権益をマレーシアの国有石油会社が引き継いだ。
(以上、特に断っていない限り
http://www.ft.com/cms/s/0/44cde87e-7029-11dc-a6d1-0000779fd2ac.html
(10月2日アクセス)、
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-myanmar3oct03,1,7472716,print.story?coll=la-headlines-world
(10月3日アクセス)、
http://www.atimes.com/atimes/Southeast_Asia/IJ04Ae02.html、
http://www.atimes.com/atimes/Southeast_Asia/IJ04Ae01.html、
http://www.nytimes.com/2007/10/04/world/asia/04myanmar.html?ref=world&pagewanted=print
(いずれも10月4日アクセス)による。)
EUは1990年代にミャンマーへの貿易上の優遇措置と軍事協力を停止し、援助は人道的なものだけを行ってきましたが、10月3日、経済制裁を強化する決定を行いました。ただし、具体策は15日の外相協議の場で決定される予定です。
日本は、毎年約2,500万米ドルの人道援助を行ってきました(注4)が、ご承知のように、デモの弾圧と長井さん殺害を受け、同じく10月3日、援助の更なる削減を検討すると高村外相が語ったところです。
(注4)これは、経済援助額としては中共に次ぐと考えられている。日本は、経済援助を人道援助に絞って継続してきたが、その理由はミャンマーを一層中共になびかせないためとされている。(典拠省略)
4 終わりに
このように国際世論は、経済制裁の強化に傾きつつあるわけですが、国連安保理常任理事国である中共とロシア、とりわけ中共の動向が注目されます。
ミャンマー動く(特別編)(続x4)
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