太田述正コラム#5082(2011.10.29)
<中野雅至『天下りの研究』を読む(その8)>(2012.2.14公開)
「まず、戦前の天下りはごく一部の官吏に見られるものにすぎず、戦後の天下りのように再就職をシステム的に処理するものではない。第二に、戦前には営利法人への再就職規制がなかったことからわかるように、戦後とは異なる制度の下で官吏は天下っている。第三に、フーバー<(注1)が提示した国家公務員法の天下り規制に対して大半の省庁は驚天動地の反応を示さなかったこと等から考えて、天下りは制度や慣行として定着していたとは考えにくく、戦後に継承するような意思はなかったと思われる。」(502頁)
(注1)「<1946>年11月・・・、日本政府の求めに応じ、人事行政の実施に関するすべての法律、政策、慣行及び手続を内容とする日本政府の人事行政制度を研究すること及びその判断に基づいて日本政府の人事行政全般の改善のための勧告を行うことを目的とする顧問団(いわゆるフーバー顧問団。団長はブレーン・フーバー アメリカ・カナダ人事委員会連合会会長)が来日し、日本の官吏制度及びその実態を調査することとなった。その結果、日本の官吏制度改革のためには、強力な中央人事行政機関を設置し、民主的な方向のメリット・システムと能率増進を目的とする公務員制度の基本法たる国家公務員法の制定が必要であるという結論に達し、昭和22年6月には国家公務員法の草案(いわゆるフーバー草案)を提示することにより、日本政府への勧告を行った。」
http://ssl.jinji.go.jp/hakusho/h20/033.html
「天下り<は>・・・状況に依存して姿形は変えるが根絶しないのである。」(504頁)
→私は、全くそうは思いません。
中野自身が認めているように、戦前においては「天下りは制度や慣行として定着していたとは考えにく」いところ、それは恩給制度があったからこそでしょう。
「年金制度が未整備である時代において勤続15年で恩給が支給されたことを考えると、恩給制度自体がいかに特権的な制度であったかがわかる。そして、支給額も生活を維持するには十分なレベルにあった。恩給額は退職時の年棒額の3分の1(勤続17年の奉職者の場合)、勤続17年以上の場合には在職年数1年につき百分の一を加算することになっていた。・・・その水準の高さは昭和10年時<で見ると、>・・・戦後と違って当時から高いと言われていた現職高級官吏と大差がなく、製造業で働く男子に比較するとその額は4倍にもなる。」(428頁)を復活したら官庁による、高級官僚の再就職斡旋の禁止を徹底するだけで天下りは「根絶」できます。
(ただし、その給与水準を対民間相対相場で戦前並みに引き上げる必要は全くありませんが、国家公務員の給与水準をこれ以上引き下げないことが前提です。)(太田)
「意外と看過されているが、人事の停滞を防ぐために早期退職勧奨を行い、それをスムースにするために天下り先を作っているという点はもう少し注目されるべきであろう。しかも、それが戦前・戦後に共通した天下りの要因であることはもっと強調されてもいいように思われる。」(507頁)
→中野がここでは、早期退職制度・天下り原因説に立っているように見えるのには首をかしげざるを得ません。
いずれにせよ、恩給制度の復活さえあれば、年次逆転の補職ないし官房付のような窓際族的補職に爾後定年まで甘んじるか退職するかを選択させることで、天下り抜きの早期退職制度を維持することができるようになるはずです。(太田)
「高級官僚が主に天下っていた政界・財界が時を経るにつれて中央官庁からの自立性を強め、自らの人材を育てていった結果、官僚が排除されるようになったということである。<また、>各省が内部に抱える余剰人員が増えれば増えるほど、各省は安定的に天下り先を確保しようとする結果、自らの支配力を最も安定的に及ぼしやすい組織として、関連非営利法人を創設するという行動に出た・・・。」(507~508頁)
→政界と財界をいっしょくたに論じるのはいかがなものでしょうか。
そもそも、政党、特に戦前の政党にどの程度「自らの人材を育ててい」く実態があったかは詳らかにしませんが、財界に関しては、もともと「自らの人材を育てて」きたはずであり、官界から人材の提供を受ける必要性はほとんどなかったはずです。
他方、政界こそ日本の中枢であり、財界は政界と官界の行政対象に他なりませんから、高級官僚の再就職先として政界は魅力的ではあっても、財界は政界ほど魅力的ではありません。
戦後は自民党恒久政権の時間の経過とともに、当選回数年次主義という形の「自らの人材を育ててい」くシステムが確立し、高級官僚にとって再就職先としての魅力がいささかなりとも減じた面があったとしても、それよりもはるかに大きいのは、累次申し上げているように、日本の属国化に伴い、政界そのものの魅力が大幅に低下したことであり、このことこそ、高級官僚の政治家への転身を少なくした根本原因である、と私は考えているわけです。
また、財界については、これも繰り返しになりますが、日本型経済体制の漸進的崩壊とともに、官界の財界の司令塔としての役割が失われて行った結果、財界として高級官僚の天下りを受けるメリットが減じて行ったということであると私は考えているわけです。
そして、天下りの受け皿としてやたら増えた非営利法人については、天下りさえ根絶されれば、当然のことながら、廃止されるもの、完全民営化されるもの、官僚機構に再吸収されるものが続出し、どうしても必要なものだけが残ることになるはずです。
そもそも、何もなくても、特殊法人のうちの多く(公社、公団、公庫等)が既に民営化されてきているところです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E6%AE%8A%E6%B3%95%E4%BA%BA (前掲)(太田)
(続く)
中野雅至『天下りの研究』を読む(その8)
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