太田述正コラム#5094(2011.11.4)
<映画評論28:ザ・パシフィック(その2)>(2012.2.20公開)
(2)戦争は地獄だ
太平洋の孤島の厳しい環境下で戦わなければならなかっただけでなく、日本兵がただ単に一方的に殺戮される状況になっても降伏せずに戦い続けることが、米兵達を追い詰めて行きます。
「『バンド・オブ・ブラザーズ』(BoB)で描かれた部隊の死傷率は戦闘の全期間を通じて10%前後だったが、『ザ・パシフィック』(TP)で描かれたいくつかの部隊は、一般に30~40%の死傷率であり、第1海兵連隊に至っては、ペリリュー島での戦闘だけで、交代するまでに60%もの死傷率だった。・・・
ドイツ兵だって手ごわい相手だったけれど、勝利する希望がなくなれば、降伏する傾向があったというのに、日本兵はどんなに非勢になっても、より激しくより激しく戦いを続け、バルジ(Bulge)の戦い<(コラム#572、4180)>以降のドイツ兵のように、まとまって降伏するようなことは決してなかった」
c:http://www.imdb.com/title/tt0374463/board/nest/181448863?d=181452676&p=1#181452676
というわけです。
こうした中、彼らは、自分達がもともと抱いていた対有色人種差別意識を増幅させ、日本兵を非人間視する多数の米兵と、日本兵(や日本人一般)もまた自分達と全く同じ人間であるとして差別意識を乗り越える少数の米兵とに分かれて行きます。
そして、前者の中からは、日本兵の金歯を引っこ抜いてカネにしようとしたり、日本兵の遺体を冒涜したりする者が続出するのです。
d:http://www.popmatters.com/pm/review/122301-the-pacific/
そこで、TPを鑑賞した人々の中から、次のような一連の評論が出てくるわけです。
「TPはBoBに匹敵するか、それよりも優れた作品だ。
ほとんどの人は私がそう言うと頭がおかしいのじゃないかと思う。
だけど、私は、BoBが我々に何も新たなことを見せてくれてないと本当に信じてるんだ。
BoBが提供するものは、ことごとく何度も何度も見てきてるものだ・・ありのままの(graphic)暴力、巨大な爆発、戦時の戦友達との絆、等々はね。・・・
他方、TPは、はるかに重要な問題を取り扱っている。
心的外傷後ストレス障害(PTSD)だ。・・・
第二次世界大戦の描写においてこれ<が出てくるという>のはある種結構新しいことなのだ。
BoBは「戦争は地獄だ」<という事実>の表面を爪で引っ掻いているだけだが、TPはそれを話の一つの焦点(point)にしている。・・・
大部分の人がBoBの方が優れていると言うけれど、問題は、大部分の人は疑いを抱かされる(challenge)ことを好まないのに、TPはBoBより疑いを抱かさせる(challenging)ところにある。
BoBがその大部分において戦争を賛美する傾向が見られたのに対し、TPは戦争をありのままに(in a realistic way)表示した。
大部分の人はTPは<戦争を>ありのまま<に描き>過ぎだと思うところ、その<ありのままに描く>ことを冷笑することはたやすいことだが、戦争のシリーズ物で<戦争を>ありのままに描くことがどうしていけないというのだ。」
e:http://www.imdb.com/title/tt0374463/board/nest/181448863
「何と言ったって、太平洋を舞台とする戦闘は欧州における戦闘とは大違いだった。
欧州じゃ、ガダルカナルのジャングルに比肩できるようなものは何にもなかった。・・・
TPは、最初のTVシリーズ<であるBoB>に比べて、より特定されたところの戦争が人間に与える苦難(toll)についての作品であるように見える。
それは、タイトルにすべて集約されている。
最初のTVシリーズは、青年達がどのように絆を深め、強くなって行ったかについての作品だったのに対し、二番目のシリーズは、ひどい(deadly)行き先がそこに送られた青年達をどれほど根底から変えてしまったかについての作品なのだ。
TPが、<BoBのような>地獄を旅してきた男達の団結ではなく、我々の大部分がそこを生き抜いて生還してきた者が正気を保ち得ているなどと想像することが恐らくはできないところの、彼らが受けた心理的ダメージについて、より取り上げていることははっきりしている。
TPは、旅の現実がいかなるものであったかよりも、旅の現実が旅をした者の側に何をもたらしたかを、一層多く取り上げているのだ。」
f:http://www.hollywoodchicago.com/news/10164/tv-review-everyone-should-watch-masterful-the-pacific
ここは、極めて重要なところです。
すなわち、先の大戦において、独ソ戦のことをちょっと脇に置いておくとして、(そしてもちろん、ドイツによるホロコーストのことも脇に置いておくとして、)欧州戦域と太平洋戦域とを比べると、後者は地獄・・文字通り生きるか死ぬかの戦い・・であり、太平洋戦域で戦った米軍兵士の多くが心に大きな傷を負って復員した、ということです。
一体それはなぜだったのでしょうか。
ここでは、とりあえず私の考えを簡潔に申し上げておきましょう。
その理由は、欧州戦域での戦いは独伊側にとっても米英側にとっても損得の戦いであった・・ただし、後付で価値の戦いとされた・・のに対し、太平洋戦域での戦いは、米英側にとっては損得の戦いであったけれど、日本側にとっては損得の戦いに加えて最初から価値の戦いでもあったからなのです。
(続く)
映画評論28:ザ・パシフィック(その2)
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