太田述正コラム#0069(2002.10.21)
<核保有をほのめかした北朝鮮(続)>

 その後、北朝鮮の核をめぐる状況が大分はっきりしてきました。

1 二種類の原子爆弾
 核爆弾(=原子爆弾=核分裂爆弾。水素爆弾=核融合爆弾、ではない)には、「濃縮ウラン型(広島型)」と「プルトニウム型(長崎型)」があります。濃縮ウラン型なら、爆発実験なしでも実戦配備可能とみなされています(詳細については、日本経済新聞2002.10.20(朝刊)5面の記事参照。読まれた方も少なくないと思います)。
 かねてより、米CIAは、北朝鮮がプルトニウム型1-2個をつくれるだけのプルトニウムを精製済みであると指摘してきましたが、ラムズフェルト米国防長官は、9月16日に引き続き、10月17日に、改めて、北朝鮮が(プルトニウム型)核兵器を既に保有していると信じていると語ったところです。今後、北朝鮮は1994年の枠組み合意によって封印されている黒鉛減速炉の使用済み燃料棒を引き出し、プルトニウムの精製を再開するかも知れません。
 他方、10月初めの平壌での米朝高官協議の席上、北朝鮮は濃縮ウラン型の開発を行っていることを認めたわけですが、濃縮ウラン型の核爆弾の製造・保有までには、今後更に数年ないし10年を要すると見られています。(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A53209-2002Oct19.html。10月20日アクセス)

2 濃縮ウラン型の技術等の入手先
 米朝高官協議の席上、北朝鮮はケリー米国務次官補からウランを濃縮するためのガス遠心分離装置の購入関係書類をつきつけられ、購入を認めたと報じられています(http://www.asahi.com/international/update/1018/007.html。10月18日アクセス)。具体的には、それは遠心分離装置用の高強度アルミニウム管材の大量購入だったと言います(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A43632-2002Oct17.html。10月18日アクセス)。
朝鮮日報は、韓国高官がケリー次官補から聞いた話として、その購入先はパキスタンであり、今年の7,8月頃、この装置を使ってウラン濃縮実験を行ったと報じました(http://www.tokyo-np.co.jp/00/detail/20021018/fls_____detail__020.shtml(10月18日アクセス)から孫引き)。パキスタンはその見返りに、北朝鮮からノドンミサイルを供与されたと言います。このパキスタンと北朝鮮とのバーター取引は、ムシャラフ大統領が政権を奪取する約二年前の1997年頃から始まり、昨年の9月11日以降まで続いた形跡があると言います。パキスタンは、1998年にノドンの独自改良型(射程700マイル)の発射実験を行いましたが、カネのないパキスタンがどうしてノドンを入手できたのか、当時の米国のクリントン政権は首をひねっていたようです(http://www.nytimes.com/2002/10/18/international/asia/18KORE.html。10月18日アクセス)。

3 イラクと北朝鮮の扱いの差
 米国が米朝高官協議で出た北朝鮮の核開発の話を10月16日まで伏せていたのは、米上下両院での、対イラク戦権限を大統領に付与する決議の審議に悪影響を及ぼさないためであり、16日に、米国のプレスがこの話をかぎつけて記事にしようとしていることが分かって急遽話をオープンにしたようです(http://www.guardian.co.uk/korea/article/0,2763,814389,00.html。10月18日アクセス)。
 どうして米国は、こんなはれ物にさわるような扱いをしたのか。そもそも、核兵器を開発中だがまだ保有していないイラクには厳しく軍事的に対処しようとしているのに、既に核兵器を保有している可能性の高い北朝鮮に対しては穏やかに外交的に対処しようとしているのか。首尾一貫性を欠いていると取りざたされています。
 思うに、この「違い」のよってきたるゆえんは以下の通りです。

 第一に、昨年9月11日の同時多発テロに際して、フセインは世界の国家首脳の中でただ一人、この出来事を賞賛したのに対し、金正日は、お悔やみの言葉を述べたことに象徴されているように、ならず者国家はならず者国家でも、両国のならず者たる逸脱の程度が異なることです。
第二に、フセインは、国連の経済制裁で国民が塗炭の苦しみに陥っているというのに、一向に気にしている気配がなく、また、米国等に武力攻撃される時が刻々と迫っているにもかかわらず、意気軒昂としていますが、金正日は、日朝首脳会談の際に拉致を認めたことからも、日本からの経済援助をのどから手が出るくらい欲しがっていること、米国からは武力攻撃・体制変革をしないという言質を何が何でも得たがっていること(=米朝高官協議の席上、北朝鮮側は、(1)米朝平和条約の締結(2)北朝鮮を先制攻撃の対象としない(3)北朝鮮の経済システム是認―の3点をブッシュ米政権が受け入れれば、核兵器開発計画を放棄すると言明していたと報じられています。(http://www.nikkei.co.jp/news/main/20021019AT3KI00I919102002.html。10月19日アクセス))、が明らかであり、イラクに対しては抑止戦略がきかないが、北朝鮮にはきくと考えられることです。

(この第一と第二は、ウォルフォヴィッツ米国防副長官が実際に語ったこと(ワシントンポスト、前掲)を敷衍しました)。

第三に、私が前回述べたように、米国は対テロ戦全般と来るべき対イラク戦の二つで手一杯であり、現時点では北朝鮮の核問題に真正面から取り組む余裕がないことです。
第四に、日本は、恐らく北朝鮮の目論見通り、拉致者及び北朝鮮在の拉致者の家族を人質にされていて身動きがとれなくなっており、また、米国としても、(事前に十分な対米調整を経ずしてフライング的に行われた)小泉首相による日朝首脳会談の「業績」を無に帰せしめ、忠実な保護国たる日本の政治の不安定化を招来するわけにはいかないことです。
第五に、韓国の首都ソウルは、北朝鮮との軍事境界線から50数キロしか離れておらず、仮に米国が対北朝鮮戦を決行した場合、北朝鮮からの砲撃だけによっても甚大な被害を受けることが必至だからです。いわば、韓国はソウルの1000万市民を全員人質にとられているような状況にあります。(The Bush National Security Strategy・・What does ‘pre-emption’ mean?, Strategic Comments Vol.8 Issue8, October 2002)

(第一??第五は、ワシントンポスト、前掲も参考にしました。)

 第六に、北朝鮮を軍事攻撃するとなると、北朝鮮の庇護者に任じて来た中国がどう出るかを慎重に見極める必要があることです。

 (第四??第六のように米国が深刻な考慮を払う必要のある周辺国は、イラクの場合は見あたりません。米国がサウディの王制がつぶれてもやむを得ないと考えていること、また、イラクのミサイルの標的となっているイスラエルは、実は米国と並ぶ対イラク戦の首謀者であること、は既にこのコラムでご説明しました。)

 第七に、軍事的手段で北朝鮮の金正日体制を崩壊させたところで、体制変革の展望が容易には開けないことです。
イラクに比べて北朝鮮による国民のマインドコントロールの度合いは徹底しており、国民の窮迫の度合いもはるかに深刻です。イラクと違って北朝鮮には石油資源というカネのなる木もありません。従って、北朝鮮国民が飢餓から解放され、更に自由・民主的な体制になじむまでには長年月を要すると思われます。
もとよりイラクと違って、北朝鮮には南に統一を希求してきた韓国が存在しますが、当初から韓国に全面的に旧北朝鮮の面倒を見させれば、悪くすると韓国を含め共倒れになりかねません。南北の経済格差や人口比は旧西独と旧東独の比ではないからです。

 このほか、イラクはまだ核兵器を保有していないのに、北朝鮮は既に保有している可能性が高いことこそ、米国をして北朝鮮に対して軍事的手段をとることを断念させた決定的理由だとする説があります(例えば英BBC(http://newssearch.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/2340405.stm。10月19日アクセス)や米クリスチャン・サイエンス・モニター紙(http://www.csmonitor.com/specials/sept11/dailyUpdate.html。10月19日アクセス)。ただし、どちらも、米政府「筋」の発言すら引用してはいない)。
しかし、私はそうは思いません。
 (北朝鮮が保有している可能性が高いとされる)1-2発程度であれば、今後、新たな国や、テロリスト等が核兵器を保有することになる可能性は排除できません。保有(または保有の可能性が高いこと)が判明した瞬間、米国が軍事的手段をとることを断念するということがあらかじめ分かっておれば、これらの国や団体が核兵器を開発、或いは取得しようとするインセンティブは一層高まり、核拡散の勢いは著しく加速する恐れがあります。そんな愚かな政策を米国が採用するはずがありません。
 この話は、第五で述べた話に吸収されると考えます。

4 日本は核攻撃されるか
 最後に、北朝鮮が日本を核攻撃することがありうるのか、そもそも北朝鮮は日本を核攻撃する能力があるか、ということですが、こればかりは日本政府が米国からできる限りの情報を入手した上で、自ら熟考し、国民に明らかにしてくれることに期待するほかありません。
以下は、あくまでも一般論です。
現時点で北朝鮮が保有している可能性の高いとされる1-2発の核兵器はプルトニウム型であり、核爆発実験なくして、果たして使用可能な状態になっているかどうかは疑問です。
この核兵器を航空機に搭載して日本に投下しようとしても、日本の現在の防空システムで発見し、対処することが可能です。
ミサイルに搭載して日本に打ち込もうとしても、核弾頭をコンパクト化できているかどうかは疑問ですし、仮にコンパクト化できていたとしても、飛行中の振動対策等まで既にクリアできているとは思えません(この点は、日本経済新聞、前掲記事を参照)。
残された方法は、潜水艦ないし工作船に搭載した形での「特攻」攻撃ですが、潜水艦の侵入対策は、旧ソ連を対象に海上自衛隊が力を入れてきた分野であり、ある程度の対処は可能だと思われますし、工作船についても、米国の軍事偵察衛星による工作船出港情報が入る可能性があり、その場合は対処可能です。しかし、この種「特攻」攻撃を完全に防ぐことは、事柄の性質上困難でしょう。
 後は、虎の子の1-2発を、上述のように不確実な日本への「特攻」攻撃に割くほど、標的としての日本(ただし、警戒厳重な在日米軍基地を除く)の序列が高いかどうかです。
 皆さんはどう思われますか。
 いずれにせよ、冷静な対処が必要です。

http://www.atimes.com/atimes/Korea/EA03Dg01.html。1月3日アクセス