太田述正コラム#0071(2002.10.27)
<ルソー(その3)>
まずは以下の引用を読んでみてください。
「もしわたしが主権者だとしたら、わたしは裁縫・・<のような>不健康な職業・・は、女性たち・・のほかには許さないことにする。」(上357-358頁)、「骨の折れる職業・・<や>危険をともなう・・職業は同時に体力と勇気を養う。それは男性だけにふさわしい。」(上358頁)、「女性は、・・多くの点において、けっして子どもとは別のものにはならないようにみえる。」(中6頁)、「女性たちは、・・書物について判断をくだしたり、なんとかして書物をかこうとしたりするようになってからは、もうなにひとつわからなくなっている。」(中280頁)、「不貞の妻は・・家族をばらばらにし、自然の掟をすべて断ち切るのだ。・・こういう罪悪はあらゆる混乱、あらゆる罪悪につながっているのではなかろうか。」(下13頁)、「男はその欲望によって女に依存している。女はその欲望とその必要によって男に依存している。わたしたちは女なしでも生きていけるかもしれないが、女がわたしたちなしで生きていくのはもっとむずかしい。」(下20頁)、「男性が幼いときは育て、大きくなれば世話をやき、助言をあたえ、なぐさめ、生活を楽しく快いものにしてやる、こういうことがあらゆる時代における女性の義務であ<る>」(下21頁)、「娘は母親の宗教を信じなければならないし、妻は夫の宗教を信じなければならない。・・女性は、みずから判定者となる状態におかれていないのだから、父親と夫の決定を・・うけいれなければならない。」(下48頁)、「自分より低い地位の女と結ばれるばあいには、かれは身分を落とさないで、妻の身分を高める。はんたいに、自分より高い身分の妻をむかえれば、かれは自分の地位を高めないで妻の地位を低めることになる。」(下114頁)
これらは、岩波文庫版「エミール」から拾ったルソーの女性観に関わる箇所です。
これを読んで、ルソーも女性差別論者だったのかと受け止める私のような人と、ルソーが本当のことを率直にを語っていると受け止める人とどちらが多いのでしょうね。とりわけ、女性の感想を聞きたいものです。
ルソーが「エミール」を出版したのは1762年ですが、これを読んで憤激したのが、後に世界最初のフェミニスト運動家と評されることとなるイギリス人女性、メアリー・ウオルストーンクラフト(Mary Wollstonecraft。1759-1797)でした。 彼女は男女同権論を唱え、自らそれを実践しようとし、フランス革命に身を投じ、愛の遍歴を重ね、一人の私生児と、妊娠してからあわてて結婚して出産した一人の嫡出子を生み、そのときの産褥熱で死亡しました。彼女の主著である「女性の権利の擁護」(A Vindication of the Rights of Women, 1792)は、ルソーの女性観を批判した労作です。
(ちなみに、彼女の二人目の子供のメアリーは、後にシェリー夫人となり、「フランケンシュタイン」を著します。(シェリーとは、あのイギリスの有名な詩人のパーシー・シェリー(Percy Bysshe Shelley)です。))
ところで、彼女は、「男性の権利の擁護」(A Vindication of the Rights of Men, 1790)という本も上梓しています。こちらは、イギリス保守主義の立場からフランス革命を全面否定した、アイルランド出身のイギリスの論客、エドモンド・バークの「フランス革命に関する省察」(Reflections on the Revolution in France)に対する反論の書です。バークのように、人間の本性は容易に変わらないなどと言っていたのでは、男女同権社会は永久に実現しないというわけです。
ルソーの女性観に強く反発したウオルストーンクラフトが、男女同権社会の実現を夢見て、ルソーの思想と切っても切り離せない関係にあるフランス革命に身を投じたことは、首尾一貫性を欠くようにも見えます。しかし、彼女のフランス革命へのコミットメントが、その後のフェミニズムと「左翼」運動との不毛なる連携のさきがけとなったことを考えれば、これもまた、彼女の「先見性」を示すものと解すべきかもしれません。
(メアリー・ウオルストーンクラフトについては、http://www.bbc.co.uk/history/society_culture/protest_reform/wollstonecraft_01.shtml(-05。Shtml)とhttp://www.orst.edu/instruct/phl302/philosophers/wollstonecraft.html
による。いずれも、10月24日アクセス)