太田述正コラム#5132(2011.11.23)
<世界殺戮史に思う(その11)>(2012.3.10公開)
⇒以上を総括すると、上位20件の殺戮事件中、ざっくりした分類ですが、支那関係が6、モンゴル関係が2(チムールもモンゴル扱いにした)、イスラム関係が2、ロシア関係が2、欧米関係が8(うち、英国関係が1。第一次及び第二次世界大戦もここにカウントした)、といったところでしょうか。
人口密集地であったことから、ユーラシア大陸のそれぞれ東西の端に大殺戮事件が集中している、と言えそうです。
3 広義の宗教と大殺戮事件
Aには、大殺戮事件における年あたり殺戮数について、10位までを示したところの、以下のような表も載っています。
第二次世界大戦 毎年(以下同じ)9.4 百万人(以下同じ)
第一次世界大戦 3.0
チンギス・ハーン 1.8
ロシア内戦 1.5
ベンガル・ジェノサイド(飢饉) 1.5
安思の乱 1.4
毛沢東 1.4
明の没落 1.4
太平天国の乱 1.3
ルワンダ・ジェノサイド(1994年)0.9
このうち、キリスト教ないしナショナリズム/共産主義/ファシズムが決定的な役割を果たした事件が5(第一次世界大戦はナショナリズムが決定的な役割を果たした)、そうでないものが5(チンギス・ハーン、ベンガル飢饉、安思の乱、明の没落、ルワンダ・ジェノサイド(注28))とざっくり分類できるところ、キリスト教及びその変形たるナショナリズムや共産主義やファシズムがらみのものが半分を占めており、広義のキリスト教が人類にもたらした惨禍を改めて実感させられます。
(注28)ルワンダ内戦は、1990年から93年にかけて行われたが、ホワイトないしピンカーが1994年(だけ)に限定している理由は、それがジェノサイド、すなわち、非戦闘員の大虐殺、が行われた年
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%80%E7%B4%9B%E4%BA%89
だから、と思われる。
このことは、2で取り上げたところの、殺戮数対世界人口比で見た20件の大殺戮事件について見ても同じです。
この20件中、中東奴隷貿易●、イスラムのインド征服●、大西洋奴隷貿易○、南北アメリカ大陸の征服○、第二次世界大戦◎、太平天国の乱◎、毛沢東◎、30年戦争◎、ヨセフ・スターリン◎、第一次世界大戦◎、コンゴ自由国○、ロシア内戦◎という12件が、宗教がらみですが、それぞれ、「キリスト教ないしナショナリズム/共産主義/ファシズムが決定的な役割を果たした事件」(◎)7件、「キリスト教によって正当化された事件」(○)3件、「イスラム教によって正当化された事件」(●)2件、へと、ざっくりですが、分類できそうです。
広義の宗教がらみのものが全体の5分の3、広義のキリスト教がらみのものが全体の半分を占めているのですから、宗教、とりわけキリスト教の恐ろしさが際立っています。
ルクレティウス(Titus Lucretius Carus。BC99年?~BC55年)は、「共和政ローマ期の詩人・哲学者。エピクロスの宇宙論を詩の形式で解説。説明の付かない自然現象を見て恐怖を感じ、そこに神々の干渉を見ることから人間の不幸が始まったと論じ、死によってすべては消滅するとの立場から、死後の罰への恐怖から人間を解き放とうとし・・・唯物論的自然哲学と無神論を説いた」という人物
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A6%E3%82%B9
ですが、その主著『事物の本性について(On the Nature of Things)』で、「宗教は、下劣(vile)で悪辣な(vicious)な行為へと人を狩り立ててきた」と記しています。
http://www.latimes.com/entertainment/news/la-ca-book-greenblatt-20111120,0,4824470.story
ここで、ルクレティウスの念頭にあったのは、以下のようなことでしょう。
「ローマの宗教は保守的で、国家・家庭の鎮護、即ち共同体の保護・救済を最大の目的とし、儀式・祭りを・・・行う祭儀宗教であると言える・・・。<ところが、>前3~前2世紀にかけてローマには、イシス<(注29)>・オシリス<(注30)>・セラピス<(注31)>・ミトゥラス<(注32)>といった神への信仰が東方から流入し<たところ>、・・・これらの中には・・・[ギリシア神話のディオニューソスに対応する]バッコス[=バックス=Bacchus]<への>信仰<のように>・・・個人救済的なものが多く、ローマ伝統の・・・宗教と抵触するため・・・前186年に元老院はバッコス<信仰>を禁ずる決議を行<い、>・・・逮捕・処刑された信者の数は7000人にも及んだと言う。・・・
(注29)「イシス(Isis)はエジプト神話の女神。・・・永遠の処女であり、処女のまま神を身ごもったとされ、・・・イエスの母・マリアへの信仰の元になったといわれる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%82%B9
(注30)オシリス(Osiris)は、イシスの兄で、「弟のセトに謀殺された。・・・遺体はばらばらにされて、ナイル川に投げ込まれたが、妻であり妹でもある、イシスによって男根を除く体の各部を拾い集められ、ミイラとして復活。以後は、冥界・・・の王としてここに君臨し、死者を裁くこととなった。その一方で、自身の遺児・ホルスをイシスを通じ後見して、セトに奪われた王位を奪還。これをホルスに継承させることに成功。以降、現世はホルスが、冥界はオシリスがそれぞれ統治・君臨することとなった。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%B9
(注31)Serapisは、「ヘレニズム期エジプトの習合的な神」であり、「(同一視されたオシリスの)妻イシスと息子ホルス(をギリシア化したハルポクラテス)と共にギリシア世界で重視されるようにな・・・った」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%94%E3%82%B9
(注32)「ミスラ(Miθra)・・・はイラン神話に登場し、英雄神として西アジアからギリシア・ローマに至る広い範囲で崇められた神。インド神話の神ミトラ(・・・mitra)と起源を同じくする<。>・・・その信仰はミトラス教 (Mithraism) と呼ばれる密儀宗教となって、1世紀後半から4世紀半ばまでのローマ帝政期、ローマとその属州で広く信奉され、善悪二元論と終末思想が説かれた。最大のミトラス祭儀は冬至の後で太陽の復活を祝う12月25日の祭で、キリスト教のクリスマス(降誕祭)の原型とされる。のちに新プラトン主義と結合し、キリスト教と争ったが、圧迫されて衰退した。また弥勒菩薩(マイトレーヤ)は、名の語源を同じくする事から、ミスラを起源とする説も唱えられている。これによると、弥勒菩薩の救世主的性格はミスラから受け継いだものだという。<(コラム#4906参照)>」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%A9
バッコス信仰<の流行は、>・・・ローマ<の、その市民と>・・・国家との結びつきが希薄な不可視的な世界帝国への転換<により、>人々の意識<が>内向化<し>、個人主義的傾向を強化した<からだと思われる。>・・・ローマにはキリスト教を受容する状況が整いつつあった<といえよう>。」
(以上、特に断っていない限り、下掲↓による。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/021.htm
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9_(%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E7%A5%9E%E8%A9%B1) ([]内))
すなわち、ルクレティウスは、バッコス信仰やミトラス教(/弥勒下生信仰(?))やイスラム教や、そしてキリスト教的のような、個人救済的であるところの、擬人的一神教的宗教ないし擬人的一神教宗教の、(大殺戮を引き起こしかねない)危険性を、紀元前1世紀の時点で、早くも、感知、予見していた、と言えそうです。
(続く)
世界殺戮史に思う(その11)
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