太田述正コラム#0083(2002.12.9)
<対イラク戦後の治安部隊派遣?(その1)>
1 スクープ記事
12月6日付の日本経済新聞(朝刊)の二面に、政府が対イラク戦終了後、治安部隊(=国連安保理決議に基づく多国籍軍治安部隊であるアフガニスタンの国際治安支援部隊(ISAF)のイラク版)をイラクに派遣することを検討しているという、防衛問題にある程度通じている人にとっては驚天動地のスクープ記事が掲載されました。
「政府は五日、米国がイラク攻撃に踏み切った場合の日本の支援策として、自衛隊を戦争終結後のイラクの復興に派遣する方向で検討に入った。・・アフガンと同様「混乱が必至な戦後のイラクで、当初から国連が主導するPKOを編成するのは困難」との見方が強い。米軍や多国籍軍などによる暫定統治や復興支援への自衛隊の参加を可能にするためには、新法の制定が必要と判断している。自衛隊の具体的な活動としては、道路・施設補修や輸送業務などのほか、核兵器関連施設の解体など、大規模な内容を想定。新法では武器使用基準の緩和など、派遣隊員の安全確保を徹底する案も浮上している。新法の制定に当たっては治安や和平への関与など、自衛隊の活動範囲の拡大も検討する方針。・・国際社会がイラクでの治安部隊を編成した際の自衛隊参加なども検討対象になる見通しだ。政府は戦後復興での自衛隊活用をインド洋へのイージス艦派遣に続く対米支援の目玉に位置付けたい考えだ。ただ、自衛隊の海外派遣の拡大につながるうえに、派遣隊員の身の安全に直結することから、派遣の基準作りやPKOとの整合性などを巡って政府内や与野党内で論議を呼びそうだ。」
不思議なことに、これだけのスクープ記事が出たら、ただちに他紙も一斉に追随するはずなのに、翌日の朝日(朝刊)は「テロ対策特措法のような対米支援の新規立法は難しい」ので、防衛庁としてはペルシャ湾への掃海艇の派遣を検討していると、日経記事を全面否定するかのような記事を載せ(http://www.asahi.com/politics/update/1207/001.html。12月7日アクセス)、同日付の読売(朝刊)は、石破防衛庁長官がペルシャ湾を航行する日本のタンカーを護衛するため、自衛隊法に基づく海上警備行動を発令し、海上自衛隊の護衛艦を派遣する可能性に言及した際、イラク攻撃後の復興支援活動への日本の参加について、新法制定などを前提に、道路や橋の復旧や医療活動への自衛隊の派遣に前向きな考えを示した旨、自衛隊の武器使用基準の緩和活動範囲の拡大には一切触れない形の記事を掲載しました(http://www.yomiuri.co.jp/01/20021206i416.htm。12月7日アクセス)。
そうこうしているうちに、ようやく朝日の12月9日付朝刊に、政府が治安部隊派遣のための新法制定を検討しているという記事が掲載されました(http://www.asahi.com/politics/update/1208/003.html。12月9日アクセス)。
このように、日経以外の他紙が、なかなか後追い裏付け取材ができないということは、官邸主導でごく限られた人々しか新法の制定、とりわけ治安部隊の派遣の検討作業に携わっていないことを示すものだと私は思います。恐らく防衛庁は蚊帳の外でしょう。内局キャリアがこのことを知っていれば、およそ彼らは秘密保全意識など持ち合わせていないことから、取材すればどんどん話が漏れてくるはずだからです。
2 技術的問題に関する所見
この話に対するとりあえずの所見を、まず、技術的問題について述べておきます。
(1)集団的自衛権がらみの問題
自衛隊のPKO部隊は、PKO法の下、派遣隊員の正当防衛・緊急避難の要件を満たす場合には部隊として交戦(=武器を使用)できるのですが、いかなる場合も、自隊以外の人員、武器、施設等を防護するための交戦はできないことになっています。(但し、「自隊」には、その管理下に在る者も含まれます)。また、任務遂行のための交戦も制限されています。(例えば、検問を行っている際、積載物不明の不審車両が制止を無視して検問所を突破したとしても、相手が自隊の隊員または自隊の管理下にある者に危害を及ぼすことによって正当防衛の要件が満たされない限り、当該車両に対して狙撃はもとより、威嚇射撃も行えません。これでは、自衛隊とは別の部署で検問を行っている他国の部隊の足を引っ張ることになります。)
フセイン政権打倒後だとは言っても、イラク国内のスンニ派、シーア派、クルド人間の抗争やアルカイダによるテロ攻撃等の危険が充ち満ちているイラクに陸上自衛隊の部隊を派遣するのであれば、まず集団的自衛権問題をクリアした上で、PKO法を改正するか新たに新法(特措法)を制定して、その中にこの種交戦が行える規定を盛り込む必要があります。
陸上自衛隊の部隊は、他国等の部隊に一方的に守ってもらうだけで、しかも任務遂行もおぼつかないようでは、施設部隊や輸送部隊といえども厄介者扱いされることは目に見えていますし、普通科(歩兵)部隊に至っては、何のためにイラクに来たのかとあきれはてられるのがオチでしょう。
なお、集団的自衛権がらみの問題としては、輸送部隊が派遣された場合、その時の情勢いかんによっては、治安任務(後述)に従事している他国の歩兵部隊へ糧食や石油は輸送できるが、武器・弾薬を輸送することは、「武力行使との一体化」として許されない場合があるというのでは、任務遂行がままならないという問題もあります。この点についても、集団的自衛権問題をクリアした上で、PKO法を改正するか新たに特措法を制定して、その中でこの種制約を取り除く必要があります。
(2)治安部隊派遣に固有の問題
陸上自衛隊の普通科部隊を治安任務に従事させるとなると、問題は陸上自衛隊に、武力攻撃事態以外においては先制攻撃の概念がないことであり、ROE(Rule of Engagement。交戦規則)もまたないことです。(先般の警察(北海道警)と陸上自衛隊(北部方面隊)との初めての治安出動共同訓練が行われましたが、これはあくまでも、現行の自衛隊法の下、陸上自衛隊にも警職法のしばりがかかっていて、警察に準ずる行動しかできないという前提下で行われたものです。)このままの状態であれば、やはり、何のために日本の警察ではなく、軍隊たる歩兵科部隊がイラクにやって来るのだ、と言われてしまうでしょう。
陸上自衛隊が頭の切り替えを行った上で、大慌てで治安任務用のROEをつくり、イラク派遣治安部隊を編成し、このROEに基づいた訓練を行い、できうれば米軍等との共同訓練もやった上で派遣ということになると、派遣が決定されてから、実際に派遣できるようになるまで半年以上はかかりそうです。
(続く)