太田述正コラム#5348(2012.3.9)
<大英帝国再論(その15)>(2012.6.24公開)
<ナイジェリアの追記>
「・・・オジュク中佐<(コラム#5304)>は、長い病の後、78歳で英国で亡くなった。・・・
彼の棺は、ナイジェリア国旗に包まれ、2月27日に同国に空輸された後、国中を巡回させられた。・・・」
http://www.bbc.co.uk/news/world-africa-17230673
(3月3日アクセス)
<スーダンの追記>
「・・・戦争で荒廃したソマリアとの国境近くのケニア南東部のラムー(Lamu)沿岸地区において、港湾プロジェクトと石油精製所<建設>が始まった。
ラムーと南スーダン及びエチオピアとを結ぶ石油パイプライン、鉄道、そして道路も建設される。
新たに独立した南スーダンは、ラムーをその主要な石油輸出の積出港として使う計画だ。
・・・このプロジェクトに関して安全保障上の懸念があることが、どうしてエチオピアとケニアの部隊がソマリアに駐留していてこの地域を平和にしようとしているのかを説明できるのかもしれない。・・・
ラムー港湾南スーダン・エチオピア輸送回路(Lamu Port South Sudan Ethiopia Transport Corridor=Lapsset)として知られるこれは、4年以内に完成するものと期待されて<いる。>・・・
ラムーの32のバース(操船余地=berth)は、ケニアの南と西に位置する内陸諸国の需要に応えるのに四苦八苦してきたところの、ケニアに一つだけしかないインド洋に面した港湾であるモンバサ(Mombasa)の6倍の規模になろう。・・・
エチオピアは、ソマリアと国境を接していて石油探索が現在続けられているところの、オガデン(Ogaden)地域において、石油が発見されれば、ジブチ(Djibouti)・・・に加えてもう一つの輸出路を持つことになろう。
南スーダンにとっては、同国が、厳しい内戦が終わってから6年経った昨年7月にスーダンから分離独立したところ、そのスーダンへの依存から解放される手段を提供されることになる。・・・
・・・このプロジェクトは、開発をケニアの北部地区にもたらすことにもなろう。
同地区は、同国が英国から1963年に独立して以来、放置されてきた。
ケニアの北東部は、世界最大の難民収容所であるダダーブ(Dadaab)を受け容れてきた。
同収容所には、過去21年間にわたる<ソマリアにおける>紛争と飢饉を逃れて来たところの、450,000人を超えるソマリア人が生活している。・・・」
http://www.bbc.co.uk/news/world-africa-17231889
(3月3日アクセス)
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「・・・香港行政長官の曽蔭権は、任期を残すところわずか4ヵ月だが、世間の話題になっている。・・・
一番最近暴露されたのは、彼が6,000平方フィートのマカオのカジノのスイートルームで5年前に一夜を過ごしたことだ。
これは、近日中に、立法会議員達、報道機関、そして人々による、より密度の高い調査と弾劾への要求を高めることになろう。
曽の事務局は、この出来事を認めたが、予約は彼の息子によってなされたと述べている。
この弁明にもかかわらず、曽の評判は地に堕ちつつある。・・・
曽が退職後のために深セン(Shenzhen)に604平米の12部屋からなるマンション最上階の部屋について、本土の不動産開発王と特別扱いの賃貸契約(sweetheart tenancy)を結んだことが暴露された時点で、既に、曽を弾劾せよとの要求が起こっていた。
偶然にも、この開発王は、元教育長官・・・をその会長に任命するために曽根と立法会(Executive Council)<(注54)>による特別承認を得る必要があったところの、デジタル放送会社(Digital Broadcasting Corp)の大株主だ。
(注54)現在、直接選挙選出枠が35議席、職能団体選出枠が35名の計70名の議員からなる。「植民地時代の立法局を前身とする。・・・香港返還に際し、当初立法局の全議員がそのまま移行することで中国・英国間が合意していた。しかし、最後の総督クリストファー・パッテンにより選挙制度の大幅な変更がなされ、直接選挙により選出される議席が大幅増された。中国側はこれに反発し、別途臨時立法会を成立させて第1回立法会が成立するまでの間に必要な法令を整備することとされた。1997年7月1日、香港返還に伴い臨時立法会が立法会に移行した。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%99%E6%B8%AF%E7%89%B9%E5%88%A5%E8%A1%8C%E6%94%BF%E5%8C%BA%E7%AB%8B%E6%B3%95%E4%BC%9A
通常は、<彼>がこの地位に就くことなどできないはずだった。
というのは、彼の兄弟・・・が、香港のもう一つの主要メディア会社・・・の取締役だからだ。・・・
曽の子供達は既に成人になっていて別居しているので、彼が、自分自身とその妻のためにあれほど広い生活空間を確保しようとしていると噂されていることは、大部分の人々にとって、生涯公務員であった曽の収入では調達できるはずがない、肝がつぶれるような贅沢なのだ。
以前に、香港のメディアが曽とその妻が週末をオレンジヒキガエル(Golden Toad)<(?(太田))>ヨットで幾人かの不動産開発王達たる友人達と過ごしたことをすっぱ抜いた時、彼は、ビジネス王達所有の私有機で私的旅行に行ったことを認めた。
前例のない動きだが、腐敗対策独立委員会(Independent Commission Against Corruption=ICAC)が<2月27日から始まる>週に曽について精査を開始した旨を発表した。
また、立法会議員達は、弾劾手続きを開始すべく勢揃いをしている。・・・
北京の指導者達に近い筋は、曽のふるまい(performance)に彼らは愕然とさせられていると述べた。
そして、彼らは彼を見放し(write off)始めた、と。
この結果、<唐英年も醜聞に塗れていることから、>彼らには<次の行政長官の>選択肢は一人しかなくなった。
北京の指導者達は、この代替候補者が<以上の両名と>同様の形で破滅するようなことのないようにしようとしている、と。
よって、<まずは、>曽を迅速かつ激しく切り捨てる動きに出ている、と。・・・」
http://www.atimes.com/atimes/China/NC07Ad01.html
(続く)
大英帝国再論(その15)
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