太田述正コラム#0104(2003.3.8)
<ニューズウィーク流ブッシュ政権論をめぐって>
1 始めに
このところ、ブッシュ政権の二大支持基盤が、ユダヤ系人脈ないしネオコン(=ネオ・コンサーバティスト)とキリスト教右派(=原理主義者=ファンダメンタリスト)たちだとした上で、この二つの支持基盤の人々の考え方は似通っていて、同様の対中東、就中対イラク政策を提唱しており、ブッシュ政権はこの政策を忠実に実行に移している、とする説が英米や欧州のメディアに散見されます。
私の知る限り、先鞭をつけたのは米ニューズウィーク誌(ニューズウィーク日本版2002年12月25日号。http://www.nwj.ne.jp/から検索)ですが、その後独シュピーゲル誌(2003年2月17日号。http://www.spiegel.de/spiegel/english/0,1518,236692,00.html)や英オブザーバー紙(2003年2月23日付。http://www.observer.co.uk/international/story/0,6903,901066,00.html)が似たような記事を掲載しています。
そこでこれを「ニューズウィーク流ブッシュ政権論」と名付けた上で、その他のソースも参照しつつ、もう少しこの説の言わんとするところをご紹介しましょう。
2 ニューズウィーク流ブッシュ政権論の紹介等
(1)ユダヤ系人脈
畏友ガブリエル中森氏が、ご自身のホームページ(http://www.zephyr.dti.ne.jp/~gabriel/)に掲載した最新のコラムで述べているところによれば、「ブッシュ政権高官・・を見ると、「私たちはイスラエルと共にある」と公言する国防副長官ポール・ウオルフォウィッツはまったくのユダヤ人だし、パウエル国務長官も父方にユダヤ人がいる。遺伝子の出方の不思議さで彼は黒人にしか見えないが、姉はまったく白人にしか見えないという。彼はヘブライ語をかなり話す。閣僚ポスト<以外では、同じくユダヤ人の>「暗黒のプリンス」の仇名があるリチャード・パール<がいる。彼>は国防省軍事政策委員長の要職にあるが、同時にイスラエルの軍事顧問を勤め、イスラエルの代表的新聞「エルサレム・ポスト」の大幹部でもある。彼はイスラエルの首相ネタニエフの政策顧問でもあった。彼は「同時多発的戦争を行い勝利する。アメリカは超法規的存在で先制攻撃も必要だ。我々は世界中に任務がある」と公言」しているそうです。
これらのうち、パウエル国務長官以外はネオコンとして知られている人々です。
ネオコンたるブッシュ政権高官としてはこのほか、ユダヤ系ではありませんがチェイニー副大統領、ラムズフェルト国防長官、ダグラス・フェイス国防次官らがいます。
(ちなみに、黒人のコンドリーザ・ライス国家安全保障担当補佐官・・前職は私の留学先のスタンフォード大学の副学長(Provost)・・はネオコンでもユダヤ人でもありませんが、彼女の大学の恩師はオルブライト前国務長官の父でユダヤ人(中森前掲)です。)
確かに、ブッシュ政権高官の中にはユダヤ系ないしネオコン人脈(どちらにも東部出身のインテリが多い)が大勢目に付きます。
(2)キリスト教右派
ア 米国民
米国では95%もの国民が神の存在を、86%もの国民が天国の存在を、そして76%もの国民が地獄及び悪魔の存在を信じています(最初の数字はhttp://www.spiegel.de/spiegel/english/0,1518,236692,00.html(2月24日アクセス)、それ以外はhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/from_our_own_correspondent/2850485.stm(3月17日アクセス))。また、55%もの人々が毎週一回以上教会に通っています。(これに対し、英国では25%、ドイツでは25%、フランスでは17%、ロシアでは8%しか通っていません。)いわゆる先進諸国の中で米国以上に宗教的価値観を重視するのはアイルランドだけであり、米国は信心深い国なのです(ニューズウィーク日本語版2003年2月26日号20頁(http://www.nwj.ne.jp/で検索))。
イ ブッシュの支持基盤たるキリスト教右派
その米国では宗教信者の9割はキリスト教徒であり、米国最大の宗派はカトリックです。しかし、キリスト教徒の大半はプロテスタントであり、このうちルター派、プレスビテリアンやメソジストといった歴史の古いリベラル諸宗派の信徒は減少の一途をたどっているのに対し、ペンテコスタリスト(コラム#93参照)を始めとする新興保守的原理主義キリスト教宗派(=キリスト教右派。米南部・中西部諸州を中心とし、聖書の「大部分」を字義通りに厳格に解釈する。終末論的傾向が強い)の勢いが増す一方です。既に米大統領選の帰趨を制するようになっているこの最後の勢力こそ、ブッシュ政権の有力な支持基盤なのです。
このキリスト教右派とブッシュの「仲介者」がブッシュの首席ストラテジスト(Chief Strategist=選挙対策責任者) のカール・ローブ(Karl Rove)です。
ウ ブッシュ
ブッシュは、社会人となってから失敗続きでしたが、39歳の時、スーパースター的伝道師であるビリー・グラハムの指導によってようやく飲んだくれの生活から足を洗うことができ、これ以降、テキサス州知事、そして奇跡的な大統領選勝利へとトントン拍子の「出世」をとげます。これを神のおぼしめしと感謝しているブッシュは、敬虔なキリスト教右派としての毎日を送っています。
(以上、シュピーゲル前掲による。ただし、カール・ローブについては、オブザーバー前掲)
ブッシュ大統領は毎朝、1917年に亡くなったスコットランド人牧師の書いた日めくり本(一年の各日に相当する頁に、聖書からの引用とその引用に対する著者のコメントが載っている)を読むのが朝の日課になっている(http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,5673,908388,00.html。3月6日アクセス)ということですし、閣議を始める前には閣僚全員と一緒に神に祈りをささげ、ホワイトハウス内で定期的に(形の上では任意参加の)聖書研究会を催しているといいます(シュピーゲル前掲)。
(3)両者の関係
最近の米国のキリスト教右派は、イスラエル国家の存続はアンチ・キリストの登場、更にはキリスト再臨の前提条件であり、旧約聖書時代のユダヤ人居住地がすべてイスラエルに統合されるべきであるとし、イスラエルの右翼政党(及び米国のユダヤ系人脈ないしネオコン(太田))に共感を寄せているということです(シュピーゲル前掲及びhttp://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1045511322136&p=1012571727092(3月5日アクセス))。これに答える形で、イスラエルの右翼政党の政治家たち(及び米国のユダヤ系人脈ないしネオコン(太田))の多くも米国のキリスト教右派に積極的に接近を図っているといわれます。
つまり、ブッシュ政権の二大支持基盤は提携関係にあるというわけです。
3 So What? (だからどうした?)
(1)米欧の対立は原理主義と世俗主義の対立?
欧州では、対イラク戦に関する米欧の対立は、宗教原理主義と世俗主義の対立だとする見方があります。キリスト教右派の原理主義に由来するところの善(good)と悪(evil)の二元論に立脚する単純な世界観をブッシュ大統領は抱いており、ここからイスラム世界に対する十字軍的先制攻撃(=Preemptive Strike)論が出てきているというのです。世界で最も世俗化(=近代化)した地域であることを誇る欧州では、このような「前近代的な」米国のものの考え方に対して生理的嫌悪感があるというわけです。(ニューズウィーク日本語版2003年2月26日号18頁(http://www.nwj.ne.jp/で検索)等。)
しかし、これは余りにも単純な見方です。そもそもキリスト教右派を全部合わせたところで米国内では少数派でしかありません。カトリック教会(や英国教会)も原理主義化していると前に指摘しました(コラム#95)が、これも加えれば多数派を形成することができるかもしれません。しかし、そのカトリック教会(や英国教会)が対イラク戦反対の姿勢を堅持していることからも明らかなように、キリスト教原理主義勢力共通の政策をブッシュ政権が遂行しているということでは決してないのであって、ブッシュ政権の対イラク政策は、キリスト教の諸宗派の政策の相違を乗り越えた広範な世論を背景に遂行されているということなのです。
ですから、米欧の対立の根拠をここに求める見解は誤りです。
そもそも、私が何度も力説しているように、対イラク戦に関してクローズアップされたのは米国と欧州の対立ではなく、アングロサクソン対欧州という文明の対立の図式なのです。
その際忘れてはならないことは、アングロサクソンの方が近代文明であって欧州文明こそ前近代的文明だ・・前者ではいかなる宗教・イデオロギーを信奉する(或いは信奉しない)のも個人の選択にまかされているのに対し、後者では社会が宗教・イデオロギーを個人に強制するという意味で・・という厳然たる事実です。(今ではそんなことはないという反論はなりたちません。欧州におけるイスラム系移民に対する牢固とした差別感情一つとってもそうです。)
(2)ユダヤ人脈≒ネオコンがブッシュ政権を牛耳っている?
これも間違いです。
イスラエルのユダヤ人(・・二人集まれば三つの政党ができる(?!)と揶揄されている・・)はもとより、在米のユダヤ人の間でもあらゆる考え方の人がおり、ユダヤ人脈は一枚岩ではありません(http://slate.msn.com/id/2080027/(3月13日アクセス)及びhttp://www.nytimes.com/2003/03/15/national/15JEWS.html(3月15日アクセス))。
また、既に触れたように、ネオコンにユダヤ人が多いことは事実ですが、ユダヤ人脈≒ネオコン、というわけではありません。
しかも、パウエル国務長官もライス大統領補佐官もネオコンではないことから明らかなように、ネオコンが必ずしもブッシュ政権内で実権を握っているというわけでもありません。
(3)キリスト教右派とユダヤ人脈は提携している?
キリスト教右派であれ何であれ、そもそも原理主義的なキリスト教を標榜する以上、聖書の記述に忠実だということであり、新約聖書が反ユダヤ的文書であることは明らかである(・・新約聖書が編纂されたのは、ユダヤ人の対ローマ大蜂起(紀元66-70)鎮圧の直後であり、ユダヤ教との違いを強調し、キリストがユダヤ人に殺されたとユダヤ人を非難することで(ユダヤ起源の)キリスト教に対するローマの風当たりを緩和しようという意図を込めて新約聖書の各篇の執筆が行われたとされている(http://www.calendarlive.com/books/cl-et-book12feb12,0,3405203.story?coll=la%2Dheadlines%2Dbooks%2Dmanual。2月14日アクセス)・・)ことからして、キリスト教右派が真底親ユダヤ人的でありえるはずはありません。
両者が提携している部分があるとすれば、それは同床異夢の便宜的提携であると解すべきなのです。
(コラムのバックナンバーは、http://www.ohtan.netの時事コラム欄をご参照ください。)
http://www.csmonitor.com/2003/0317/p01s01-uspo.html。3月17日アクセス。
(終わり)