太田正正コラム#0111(2003.3.24)
<米国による対イラク戦・・その法的根拠>
遅ればせながら、事柄の性格上余り面白いものではありませんが、対イラク戦の法的根拠についてのコラムをお送りします。安保理決議条文紹介の箇所を基本的に日本語に翻訳しなかった「手抜き」についてはあしからず。
1 法的根拠
米国は、3月21日(日本時間の22日)、国連安保理事会に対イラク戦の法的根拠を示しました。米国以外の参戦国である英国とオーストラリアが既に安保理事会に示していたものと内容はほぼ同じです。
すなわち、武力行使は自衛権か安保理決議のいずれかを根拠としなければならないところ、昨年11月7日の安保理決議第1441号において、湾岸戦争の際の停戦条件を定めた1991年4月の決議第687号のいうところの大量破壊兵器の武装解除につき、フセイン政権に履行を迫ったにもかかわらず、イラクが履行しなかった結果、イラクの停戦条件違反が確定し、対イラク武力行使を認めた1990年の決議第678号が自動的に再発動される、というのです。
<参考>
・決議第678号(Resolution 678): "Authorises member states co-operating with the Government of Kuwait… to use all necessary means(=武力の行使を含むと解される) to uphold and implement resolution 660 (1990) [demanding that Iraq withdraw from Kuwait immediately] and all subsequent relevant resolutions(=決議第687号や後述の決議第688号) and to restore international peace and security in the area."
・決議第687号(Resolution 687): "Decides that Iraq shall unconditionally accept the destruction, removal, or rendering harmless, under international supervision, of: (a) All chemical and biological weapons and all stocks of agents and all related subsystems and components and all research, development, support and manufacturing facilities; (b) All ballistic missiles with a range greater than 150 kilometres and related major parts, and repair and production facilities."
・決議第1441号(Resolution 1441):イラクが大量破壊兵器の武装解除をしない場合は"serious consequences" を招くとしている。
これに対し、これらの決議はあくまでも湾岸戦争当時のものであって、遠い将来にわたり、安保理にかわって多国籍軍(或いは多国籍軍参加国)に対イラク武力行使再開権限を与えたものではないとし、武力行使を再開するためには、安保理が決議1441号にイラクが「重大な違反(material breach)」をしたと認定するか、改めて武力行使を認める決議をする必要がある、との反論がフランス等から投げかけられています。(http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1045511607173&p=1012571727092(3月15日アクセス)及びhttp://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-war-reasons21mar21,1,2904576.story?coll=la%2Dheadlines%2Dworld(3月22日アクセス))
しかし、この種の反論は、以下にご紹介する様々な先例に照らせば、特にフランスに関する限り、必ずしも説得力のあるものではありません。
2 先例
(1)砂漠の狐作戦
決議第687号への重大な違反(material breach)があったとしてバグダード等イラク各地の空爆が米英両国軍の巡航ミサイル等によって、1998年末に行われたことがあります。イラクの国連査察団がフセイン政権によって「追放」されたのに対して実施された砂漠の狐作戦(Operation Desert Fox)です。この時、ロシアは駐米大使を本国に召還して米国に抗議しています(ファイナンシャルタイムズ前掲及びhttp://www.leyden.com/gulfwar/unscom.html(3月23日アクセス)が、フランスの反対は「静か」なものでした。
今回の対イラク戦は、米英にオーストラリアが加わり、かつ地上兵力も加わって行われた拡大砂漠の狐作戦だというとらえ方もできます。
(2)飛行禁止区域(禁反言その1)
1991年以来、米英両国は決議第678、687、及び688各号を援用して北緯36度線以北及び北緯32度線以南のイラク領空をイラクの航空機が飛行するのを禁止してきました。
直接的根拠となった決議第688号は678号や687号より効力が弱い(下掲参考参照)にもかかわらず、当初はフランスも米英両国とともに戦闘機等を派遣してこれら空域のパトロールを実施していた(後に取り止め)以上、フランスが678号や687号を根拠とする今回の対イラク戦が違法だとするのは一貫性を欠いています。
<参考>
・決議第688号(Resolution688):1991年4月に採択。この決議は、イラクにおける民間人(=北部のクルド人と南部のシーア派信徒)への弾圧をやめるようにイラク政府に要求したものであり、かかる弾圧は’a threat to international peace and security’(決議不履行の場合国連(加盟国)が行動できると解される表現)であるとしている 。しかし、この決議は678号や687号とは違って、国連憲章の第七章(強制行動について規定)を根拠にしていないし、不履行の場合’all necessary means’(前述)を用いることができるとも明記していない。
(http://abcnews.go.com/sections/world/DailyNews/noflyzone020510.html(3月23日アクセス)、http://www.eucom.mil/Directorates/ECPA/index.htm?http://www.eucom.mil/Directorates/ECPA/Operations/onw/onw.htm&2(同)、http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/1175950.stm(同))
(3)コソボ紛争(禁反言その2)
1999年のコソボ紛争の際、ロシアの拒否権行使が目に見えていたために国連安保理決議が得られなかったところ、米国と英国は、しぶる(セルビアと歴史的関係の深い)フランスや(セルビアと正教会文明を共有する)ギリシャ、更には(「平和主義」の)ドイツ等を説き伏せ、最終的にNATO加盟国のコンセンサスを得て、セルビア政府や(コソボ自治州内の)セルビア系住民によるアルバニア系住民の「民族浄化」をやめさせるため、フランス、ドイツ等とともにセルビアに軍事介入しました。(http://slate.msn.com/id/2080262/(3月18日アクセス)、http://www.csmonitor.com/2003/0321/p05s01-woiq.html(3月21日アクセス)、及びAnja Dalgaard-Nielsen, Gulf War: The German Resistance, Survival Vol.45#1 Spring 2003, IISS)
既にそれまでに、国連憲章上の根拠はないものの、人道的観点からの国際的な軍事介入は認められてしかるべきだとする考え方が有力になってきていたところ、ここに国連のお墨付きなしの軍事介入が許される場合があるという先例が確立したといえるでしょう。
対イラク戦にも人道的観点からの軍事介入という側面があるほか、前記の「法的根拠」も示されていることから、フランス等が対イラク戦の違法性を主張するのであれば、より精緻な理由付けを提示すべきだと思います。
(4)パナマ事変(禁反言その3)
パナマ事変とは、1989年に米国が、米国内で麻薬取引関与容疑で訴追されていた、パナマの実質的な最高権力者のノリエガ将軍を、パナマに2万2500名の兵力でもって軍事介入して逮捕し、米国に「拉致」した事変です。(米国にとって、対イラク戦におけるきたるべきバグダード攻略は、パナマ事変の際の首都攻略以来の大規模な都市戦です。)
この米国の乱暴な行為を国際法違反として非難する安保理決議を、拒否権を行使して葬り去ったのが米国、英国、そしてフランスの三カ国でした。(これは英国がこれまで行使した最後の拒否権です。)その後、改めて国連総会において、米国を非難する決議が採決に付された結果は賛成75カ国、反対が20カ国でした。
これでは、パナマ事変の先例性は否定せざるを得ませんが、この時、フランスが米国に与したことを我々は忘れてはならないでしょう。 (http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/2828985.stm(3月10日アクセス)、http://www.csmonitor.com/2003/0311/p01s03-woiq.html(3月11日アクセス)、http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1045511742176&p=1012571727092(3月18日アクセス)、http://hyper.vcsun.org/HyperNews/battias/get/cs446/project/3.html?nogifs(3月19日アクセス))
3 所見
(1)仮に反対説が「正しい」としても国連ないし国際法の権威は損なわれていない
プリンストン大学のスローター教授は、仮に対イラク戦が違法だったとしても、イラクから大量破壊兵器が発見されれば、瑕疵は治癒され、一転合法となるとしつつ、米英が6ヶ月にもわたって武力行使を認める安保理決議を得ようと努力したこと、なおかつ開戦にあたって、昔の安保理決議を根拠として持ち出さざるを得なかったことは、国連の権威が従来にも増して高まっていることを示すものだという興味深い指摘をしています(http://www.csmonitor.com/2003/0321/p05s01-woiq.html(前掲))。
皮肉なことですが、英国政府が先般公表した昨年のイラクの貿易統計を見ても、フランスやドイツより、米英両国の方が、安保理決議第661号に基づく対イラク経済制裁をはるかに厳格に守ってきたことが明らか(http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,918857,00.html。3月21日アクセス)であり、ことイラクに関しては、米英両国は国連中心主義の模範生であったといっても過言ではありません。
(2)来るべきイラクの「体制変革」こそ問題
対イラク戦終結後にひかえているのが、戦後占領の法的根拠の問題です。
国際法上、軍事占領下で「体制変革」を行うことは禁じられているからです。(占領下の日本で新憲法の採択という「体制変革」が行われたことを問題視する声が余りないのは、日本政府が降伏にあたってポツダム宣言を受諾しており、「体制変革」を受け入れていたと解される余地があることと、仮に新憲法の採択が違法だったとしても、主権回復後、日本政府ひいては日本国民がこの新憲法を「追認」してきたことから、瑕疵が治癒されたと見なしうるからです。)
そこで、英国は戦後復興過程に国連をかませる必要があると考えているのに対し、米国政府、とりわけ米国防省は当分の間、国連抜きで米国主導の戦後復興を行いたいと考えていると言われます。(http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1045511975306&p=1012571727092。3月21日アクセス)
これこそ、対イラク戦をめぐる最大の法的問題だと言えるでしょう。