太田述正コラム#5555(2012.6.23)
<映画評論33:英国王のスピーチ(その1)>(2012.10.8公開)
1 始めに
監督トム・フーバー、脚本デヴィッド・サイドラー、主演コリン・ファースの2010年の英国映画、『英国王のスピーチ(The King’s Speech)』・・英国のヨーク公アルバート王子/英国王ジョージ6世が吃音症を克服する物語・・の映画評をお送りします。
なお、以上に登場した人物は、いずれもこの映画でアカデミー賞を受賞しています。(この映画そのものも作品賞を授与されました。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%B1%E5%9B%BD%E7%8E%8B%E3%81%AE%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%BC%E3%83%81
私自身は、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされたものの受賞を逃した、ヘレナ・ボナム=カーター(Helena Bonham Carter。1966年~)の演技に強い感銘を受けました。
彼女が、アスキス首相を曽祖父とし、ケンブリッジ大に合格しつつも女優への道を歩むために入学を取りやめた、また、フランス語に堪能、ということを知って
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AC%E3%83%8A%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%8A%E3%83%A0%EF%BC%9D%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC
なるほどと思いましたね。
どこかで見たことがあると思ったのですが、しばらく考えて、以前、TVで映画『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』をちらっと鑑賞した時に、理髪師の女房役をやっていた彼女(ウィキペディア上掲)を見たのを思い出しました。
A:http://en.wikipedia.org/wiki/The_King’s_Speech
B:http://www.slate.com/articles/news_and_politics/fighting_words/2011/01/churchill_didnt_say_that.single.html
C:http://www.huffingtonpost.com/patricia-zohn/off-the-chuff-oscar-nomin_b_821071.html
D:http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2011/jan/29/editorial-unthinkable-historically-accurate-films
E:http://www.guardian.co.uk/film/2011/jan/09/how-historically-accurate-is-the-kings-speech?intcmp=239
2 テーマ
さて、米国のリベラル系インターネット新聞であるハフィントン・ポスト(Huffington Post)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%88
の文化コラムニストのパトリシア・ゾーン(Patricia Zohn)は、この映画で誰でも気が付くテーマは、友情、愛と結婚、義務感、忠誠だが、そのほかにもあるとして、学位や国家資格の有無にこだわり過ぎてはいけないこと・・副主人公たる言語聴覚士ライオネル・ローグは吃音矯正に係る資格など何も持っていなかった・・、国家元首の情事は政治を揺るがすこと・・主人公の兄であるプリンス・オブ・ウェールズ/エドワード8世のウォリス・シンプソン夫人との王位を賭けた恋・・をあげています。(C)
「パトリシア、肝心のことを忘れちゃいないか?」と言いたくなります。
長らく英王位継承権2位であり、兄が王位を継いでからは同1位、そしてついに英国王になった人物が、吃音症に悩まされていて、しかもそうなったことについては、幼少期に経験した様々なトラウマが原因であった可能性が高かった、というのがテーマに決まっているではありませんか。
幼少期に経験したトラウマとは、厳格な父親ジョージ5世、左利きの強制的矯正、蟹股の物理的矯正、最初の乳母による虐待、癲癇持ちの末弟ジョン(注1)の若くしての死、です。(A)
(注1)1905~19年。4歳で癲癇を発症し、英王室の私的財産としてスコットランドのバルモラル城と並ぶノーフォークのサンドリンガム・ハウス・・彼の父親のジョージ5世も兄のジョージ6世もこのハウスで亡くなった・・
< http://en.wikipedia.org/wiki/Sandringham_House >
の離れ屋で一般の目から隔離されて育てられ、13歳の時に癲癇の発作で突然死した。
http://en.wikipedia.org/wiki/Prince_John_of_the_United_Kingdom
(天皇や英国王(女王)のような窮屈な生活はまっぴら御免だと思っている人は少なくないでしょうが、それはともかくとして、)どんなに恵まれた星の下に生まれ、どんなに栄誉栄華を極めようと、釈迦が喝破したように、生きること自体が苦なのであって、誰しもこの苦しみから逃れることはできないということを我々に思い起こさせた上で、この苦しみの下で、人はどう生きるべきか、ということを、この映画は我々に問いかけているのです。
(これから映画評を書くつもりなので、ネタバレもいいところですが、たまたまほぼ同じ時期に新居で鑑賞した、ネルソン・マンデラについての映画『インビクタス』が我々に問いかけているものも基本的に同じです。)
この映画の生みの親であり、脚本を書いたデヴィッド・サイドラー(David Seidler。1937年~)は、ユダヤ系英国人として生まれ、現在は英米両国の国籍を持っている脚本家ですが、彼は、父方の祖父母をホロコーストによって失い、第二次世界大戦時のナチスドイツによる空襲で住んでいたアパートを破壊されたために、一家は疎開を余儀なくされ、戦争が続くと一家は更に米国のニューヨーク州に逃れるのですが、その頃、これらの心労が重なったためか、彼は吃音になってしまい、それを克服するための努力を重ねることになるのです。
http://en.wikipedia.org/wiki/David_Seidler
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%BC
そんなサイドラーだからこそ、ジョージ6世の吃音症のことを知った時に強い共感を覚え、1970年代末からこの話を脚本化する準備を始めるのですが、エドワード6世の未亡人のエリザベス皇太后が自分が亡くなるまで資料をサイドラーに提供しないでくれと吃音療法士の遺族に要請したために、資料が入手できず、やむなく2002年の皇太后の死
< http://en.wikipedia.org/wiki/Queen_Elizabeth_The_Queen_Mother >
まで作業を中断していた、という経緯があります。(A)
(続く)
映画評論33:英国王のスピーチ(その1)
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