太田述正コラム#5565(2012.6.28)
<映画評論34:インビクタス(その2)>(2012.10.13公開)
3 エピローグ
この映画のテーマにぴったりなのが、マンデラが囚人時代にそれを唱えて自らと同僚たる囚人達を力付け、この映画の中でマンデラがその中の最後の二行である「我が運命を決めるのは我なり、我が魂を制するのは我なり(I am the master of my fate: I am the captain of my soul.)」を繰り返し唱え、また、ピナールに示して彼を力付け、更にその題名がこの映画の題名『インビクタス(Invictus)』になったところの、詩です。
Invictusとは、「負けない」、「征服されない」といった意味のラテン語であり、イギリスの詩人、ウィリアム・アーネスト・ヘンリー(William Ernest Henley。1849~1903年)によって1875年に作詩された、彼の最も有名な詩です。
ヘンリーは幼少期に骨結核にかかり、十代で片足を切断しており(注2)、かつ、この間極貧生活を送ったところ、この詩は不運にみまわれたわが身の魂の救済をもとめて書いたものであって、どんな運命にも負けない不屈の精神を詠っています。・・・(A、C、E)
(注2)ヘンリーは、もう一方の足も切断する必要があると医者に宣告された時、納得せず、他の医者を探して、最新の治療を受けて切断を免れた。
なお、ロバート・ルイス・スティヴンソンは、片足の海賊、ジョン・シルヴァーという役柄のヒントを、彼の友人であった片足のヘンリーから得たと記している。(D)
フィンランドの著名な女流作家、ヘラ・ウォリジョキ(Hella Wuolijoki)(注3)は、インビクタスが、第二次世界大戦末期における彼女の牢獄生活中、彼女を力付けたと記しています。(D)
(注3)エストニア系フィンランド人。1886~1954年。1908年にレーニンの友人と結婚し1923年に離婚。ソ連のチェカ系の在フィンランドスパイ。1943年にソ連の空挺スパイを匿った廉で逮捕され終身刑を宣告されたが、第二次ソ芬戦争の停戦後釈放。その後、国会議員や国営放送総裁を務める。単独での小説やブレヒトとの共作小説を残した。
http://encyclopedia.thefreedictionary.com/Hella+Wuolijoki
また、映画『カサブランカ(Casablanca)』(1942年)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%B5%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AB_(%E6%98%A0%E7%94%BB)
では、腐敗した警部がハンフリー・ボガード演じる主人公に、自分がカサブランカでいかに力を持っているかを誇示しつつ、この詩の最後の二行を唱えています。
あるいはまた、あのアウンサン・スーチーは、「この詩は、独立闘争の間、私の父親のアウンサン(Aung San)と彼の同時代者達をを力付けた。他の時代の他の場所の自由への闘争者達もまた、この詩によって力付けられてきたように思う」と述べています。(E)
4 終わりに
この映画の英語ウィキペディアは、この物語がフィクションであったとしたら、到底信じ難かったであろう、と記しています(C)が、潜在的には強豪チームであったとはいえ、アパルトヘイトに対するボイコットのせいで、国際試合の経験に乏しく、また、そもそも不調にあえいでいた南アのチームが、ワールドカップであれよあれよという間にトーナメントを勝ち抜き、決勝で自他ともに許す、世界一のチームである、オールブラックス(ニュージーランド)に、接戦の末、勝利を収めるのですからね。
役所を飛び出してから私自身が痛感していることですが、まさに事実は小説より奇なりってやつです。
ただし、スポーツ下手の私の乏しい経験からしても、スポーツにおいて精神力がいかに重要であるかは分かりますし、逆に言うと、マンデラやピナールが巧みにチームにやる気を吹き込んだ以上、潜在的には強豪チームであったスプリングボクスが平素の2倍3倍の力を発揮する、ということは大いにありえたであろう、とも思うのです。
そう考えると、この物語は、「到底信じ難」いものとは必ずしも言えなないのかもしれませんね。
マンデラが凄いのは、だからこそ、南アのチームのワールドカップでの優勝の可能性はある、と見通すことができた点にあると思うのです。
この映画の中で、マンデラが、自分はかつてラグビーをやったことがある、と語る場面が出てきますが、マンデラは、相当なスポーツ通、いや少なくとも相当なラグビー通であった、のではないでしょうか。
ところで、この映画は、アカデミー賞で、作品賞はもとより、いかなる部門でも受賞はできませんでした。
(フリーマンが主演男優賞に、ピナールを演じたマット・デイモンが助演男優賞にノミネートされたけれど、どちらも受賞を逸しています。)
それも当然であり、マンデラの人生の全部または一部についてどんなに素晴らしく映画化がなされようと、マンデラが成し遂げたアパルトヘイト克服という史実を超える感動を与えることなどできないからですし、フリーマンがマンデラをどんなに巧みに演じようと、生きることの苦しさを胸に秘めつつ、笑顔で、敵を味方に変え、あらゆる人々を鼓吹し結集させるという「演技」を完璧に演じ切るマンデラ自身を超えることなどできないからです。
(完)
映画評論34:インビクタス(その2)
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