太田述正コラム#0117(2003.4.26)
<北朝鮮の「降伏」(その2)>
いやはや、核をめぐる米朝中協議の際の北朝鮮代表の言動にはびっくりしましたね。
一般論ですが、独裁国家といっても、個人が独裁権力を恣に行使しているケースと集団指導体制の下で権力者達がある程度相互に牽制しあっているケースとは区別する必要があります。
個人独裁国では周りがイエスマンばかりであるため、往々にして非合理的な行動がとられることがあるからです。
イラクは大量破壊兵器をずっと以前に廃棄していたか、対イラク戦が始まる前に廃棄または隠匿したと思われますが、そうだとしたらそもそも国連による査察が行われているうちに、既に大量破壊兵器が廃棄されている旨を証明し、或いはすべての大量破壊兵器を開示することによって、戦争を回避し、政権の延命を図るべきでした。しかし非合理的にもそれをせずにフセイン大統領は滅びました。
今回の協議における北朝鮮の虚勢とブラフは、ただちに金正日体制の崩壊につながるほど非合理的な過ちとは言えませんが、何の得にもならない愚かな行為であったと言うべきでしょう。
最初に、北京の釣魚台で開催された米朝中協議を振り返って見ましょう。
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この協議に、北朝鮮はあえて米国と中国の代表よりも格下の李根(Li Gun)外務省米州局副局長を送り込んだ。(虚勢)
初日の23日、三国代表が顔をそろえている場で、李副局長が用意された原稿を読み上げる形で、北朝鮮が使用済み核燃料の再処理に着手したと表明した(http://www.asahi.com/international/update/0426/005.html。4月26日アクセス)。(虚勢とブラフ)
同じ日、李副局長は、米国代表のケリー国務次官補(東アジア・太平洋担当)を会場から連れ出し、「われわれは核兵器を持っている。解体はできない。物理的に証明するか、移転するかどうかは米国次第だ」と告げた(http://www.tokyo-np.co.jp/00/kakushin/20030426/mng_____kakushin000.shtml。4月26日アクセス)。(虚勢とブラフ)
(李副局長が再処理に言及したのもこの時で、しかも8000本に及ぶ使用済み核燃料の再処理を殆ど完了したと述べたとの報道もある(http://www.guardian.co.uk/korea/article/0,2763,943967,00.html(4月26日)。)
また、北朝鮮外務省報道官によれば、この日、李副局長は「朝米双方の憂慮を同時に解消できる新しく寛大な解決方法を打ち出した」という(http://www.asahi.com/international/update/0426/002.html。4月26日アクセス)。
北朝鮮から米朝だけで協議したいとの申し出があったが米側はこれを拒否し、翌24日には米中、中朝協議だけが行われ、三国協議は行われなかった(http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1048313998696&p=1012571727092。4月25日アクセス)。(虚勢)
「協議最終日の25日、李肇星(り・ちょうせい=Li Zhaoxing)中国外相が登場し米中、中朝間の2者協議を行った後、3か国代表が握手する場面を演出した。」(http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20030425id33.htm。4月26日アクセス)
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「多国間協議に応じたということは北朝鮮は「降伏」したということ。後は北朝鮮がどのような条件闘争をするかお手並み拝見」、と考えていたに違いない(「その1」参照)米国と中国にとって、上記の北朝鮮の愚行・・核保有・再処理表明等・・は予想外であったに相違ありません。
ところが、米国は全く動じている様子がうかがえません。
あの「強硬派」のラムズフェルト米国防長官さえ、25日の時点で「大統領は外交的(解決の)路線を歩んでおり、・・・<本件は>最終的に外交的手段で解決できる」と述べているほどです(共同:http://www.sankei.co.jp/news/030426/0426kok011.htm(4月26日アクセス))。
しかも、ある米国務省高官に至っては、「北朝鮮代表団が今回協議に加わらなかった日韓の重要性について「ある程度の理解を示した」と述べ、米側が強く求めた日韓両国の早期参加に北朝鮮側が一定の柔軟姿勢を示したことを示唆し・・・さらに「(日本が)協議したい争点」についても北朝鮮側が一定の理解を示し、日本人拉致事件にも何らかの見解を表明した可能性を示唆し」ていると、いとも呑気なことを言っています(共同:http://www.tokyo-np.co.jp/00/detail/20030426/fls_____detail__011.shtml(4月26日アクセス)。
この米国の余裕は一体どこから来ているのでしょうか。
それはまず第一に米国が、北朝鮮の李副局長が行った「再処理を開始した」或いは「再処理をほぼ完了した」という話はウソだと思っており、「既に核を保有している」という話についても北朝鮮が1??2発の核を保有していたところで、使用に耐えるかどうかははっきりせず、ミサイルに搭載できるかどうかは更に疑わしいことから、軍事的には無視しうる話だと見切っているからでしょう。
第二に、さすがの北朝鮮も、(協議の場でもその後においても)公式の核保有表明は控えている(注)ことから、米国としても、今ただちに北朝鮮に対する経済制裁なり、軍事制裁に向けて積極的なアクションをとる体裁をとりつくろう必要がないと判断しているからでしょう。
(注)公式に核保有宣言をしたとなると、それは(保有の時期から見て)核拡散防止条約違反であることはもとより、1992年の韓国との朝鮮半島非核宣言違反、1994年の米韓日EUとの合意枠組み違反、2002年の日本との平壌宣言違反、となる。
第三に、北朝鮮が打ち出したとされる「新しく寛大な解決方法」の具体的中身について、米朝中のいずれもが沈黙を守っているところ、米国の沈黙の理由は恐らく、それが今後の協議の出発点たりうると「評価」しているからでしょう。
第四に、これが重要なのですが、予想外の北朝鮮の行動によって体面をつぶされた中国が、(「その1」で私が述べた論理からしても、)今後従来にも増して死にものぐるいで北朝鮮に圧力をかけることを期待し、予想しているからでしょう。
そしてそうなれば、早晩北朝鮮は「降伏・条件闘争」路線へと回帰するだろうと高をくくっているのでしょう。
中国がこの米国の期待に積極的に応えるであろうことは、最終日に急遽中国の李外相が登場して協議の「成功」と今後の対話の継続をとりつくろった点からも想像できますが、その後、中国の外交官達ははらわたが煮えくりかえっている(seething)という報道や、中国の人民大学のJin教授の「北朝鮮は中国について勘違いをしている。何をやっても中国はついてきてくれると思いこんでいる」という発言、或いは同じ大学のShi教授による、中国が北朝鮮への石油の供給を一時止めたために北朝鮮は今回の協議に参加したが、今後中国はより強硬な措置・・支援や援助の部分的停止・・を北朝鮮に対してとるべきだという発言(いずれも中国政府の意向を受けた発言だと考えてよい)の紹介がなされている(http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1048314033262&p=1045050946495。4月26日)ことから間違いなさそうです。
おりしもSARS騒動によって中国政府への信頼感は地に落ちています。SARSによる汚名を少しでも挽回すべく、中国は大いに北朝鮮説得に汗を流すことでしょう。
むろん米国が何もせずに中国による北朝鮮説得活動を見守る、というわけではありません。軍事力を行使する準備を着々と進め、北朝鮮に対する軍事的圧力を高めて行くことになります。
例えば、在韓米軍の韓国南部(オサン及びテーグ・プサンの二地区)への移駐と両地区へのパトリオットPAC3の配備が粛々と進められていく(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200304/200304250015.html。4月25日アクセス)ことでしょう。
北朝鮮が核を本当に第三者に横流ししようとすれば、現時点でも米国はpreemptiveに自衛権を発動し、韓国等の意向など無視して北朝鮮等に限定攻撃を加えることを躊躇しないでしょう。しかし、そんなケース以外では、(韓国の同意があれば、朝鮮国連軍としての米軍が北朝鮮に限定攻撃を加える余地もあると思いますが、より一般的には)軍事力を行使するための(自衛権以外の)法的根拠が必要です。
その法的根拠を与えることができるのは軍事力行使を容認する安保理決議であり、それに至る第一歩は北朝鮮非難決議ですが、安保理事会の常任理事国のうち、もともとロシアは北朝鮮が核保有宣言をすれば安保理決議に反対しないと表明しており(http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20030412/mng_____kok_____005.shtml。4月12日アクセス)、中国も同様であろうこと、英国は当然米国に同調し、フランスも米国との関係を修復するためにも同調するであろうことから、遅かれ早かれ非難決議の採択は可能でしょう。そしてその決議の内容が次第に厳しくなっていくことになります。
しかも昨年来の北朝鮮発の核危機により、金大中政権以来の対北包容政策に冷や水を浴びせかけられたばかりでなく、経済にまで悪影響が生じている韓国(http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1048313938521&p=1012571727085。4月25日アクセス)が、今回の北朝鮮の愚行(これにより、株価とウォンが下落した
(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200304/200304250007.html。4月25日アクセス))を契機に「反米」的態度を改め、米国の対北朝鮮スタンスに同調する可能性まで出てきました。事実、韓国の世論にはさっそく変化が見られ、有力紙が北朝鮮に対する米韓による軍事的対応も考慮すべきだとする論陣を張ったところです
(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200304/200304250028.html。4月25日アクセス)。
前門の虎中国、後門のオオカミ米国に北朝鮮が追いつめられていく姿が目に見えるようです。
(続く)