太田述正コラム#5571(2012.7.1)
<米国の心理学の問題点(その2)>(2012.10.16公開)
(2)文脈の無視
「・・・「ヒッチコックはビキニが大好き」(ユーチューブ上にある
< http://www.youtube.com/watch?v=hCAE0t6KwJY >
)の最初の場面で、若い母親が幸せそうに自分の赤ちゃんと遊んでいる。
次いでアルフレッド・ヒッチコックのクローズアップ画面になり、この故人たる映画監督は、微笑んでいる。
紛れもなく、彼は、この母親愛を甘ーく一瞥したことによってその心が暖められた男だ。
次の場面で、ビキニを身にまとった女性が日光浴しているところを見せられてから、ヒッチコックの微笑んでいる、<先ほどと>同じ場面が続く。
今度は温和な(benign)なおじいさん的人物の代わりに、我々はヒヒ爺をそこに見る。
この話の肝は簡単だ。
文脈が全てだということだ。・・・」(D)
「・・・最初の問題が「失われる文脈」という章で展開される。
研究者達によって計測されるところの、脳、ふるまい、そして自己申告された経験、は、被験者達の文化、階級、経験、そして当該研究が実施された状況、によって深く影響を受ける、という点を考慮に入れることに多くの研究者達が失敗している、という事実が。・・・
・・・生物学にとっての遺伝子と同様、心理学にとって、意味(meaning)は根本的<に重要>だ。
恐怖、自己規制、安寧、そして心地よさ(agreeableness)を含む多くの心理学的概念が、それらが生じる文脈を無視して研究され、歴史、文化、そして文脈に無関係に同じ意味を持つとの含意が導き出される、と彼は記す。
しかし、それは間違いなのだ。・・・」(A)
「・・・ハーヴァード大の著名なる心理学者であるところのケーガンは、文脈の無視に加えて、現代心理学のその他の諸問題を措定する。
それは、異なった証拠収集諸手続きを区別することの失敗であり、単一の、しかもしばしば信頼性に欠ける諸計測値(measures)に依拠した諸推論(inferences)であり、自己申告の諸徴候による精神疾患の定義とそれらに対する汎用薬品と汎用療法による対処だ。
これらに共通する主題は、人々、場所、そして状況の違いを無視することによる人間のふるまいの過度の単純化、という傾向だ。
ケーガンは、<また、>いかに、文脈的な、そして個々人の違いが、心理学的研究の、一般性、信頼性、そして信憑性を限られたものにするか、を巧みに示す。
例えば、彼は、心理学的諸実験に志願して参加する米国の大学生達が地球上の全ての人々を適切に代表すると見なしているところの、実験心理学者達を厳しく叱正する。・・・」(D)
(3)言葉の主観性の無視
「・・・同様、ケーガンは、「幸福」研究者達が「幸福」であると人々が言う時、全ての人々が同じことを意味していると見なしていることを批判する。
ちょっと考えただけでケーガンが正しいはずであることは分かろうというものだ。
サディストは他人を傷つけると幸福であるのに対しマゾヒストは痛みから愉楽を引き出す。
どちらも幸福であると主張するが、彼らは幸福が意味することについて、180度逆の観念を抱いているだけのことなのだ。・・・」(D)
「・・・他の研究者達は、全ての人々が自分達の諸定義を共有していると見なしている。
彼は、心理学者達が、「幸福」とは、米国人に受けが良いところの、自己拡大(self-aggrandizement)の類いのものを常に意味する、と見なしていたことを見出す。
「ある米国人作家によって列挙された7つの最大の愉楽のうち、一つとして…他人を助ける行為を引き合いに出しているものはない。」
しかし、他の文化においては、「晴朗(serenity)状態、人間関係に関連した質と諸義務、そして社会的調和が嘉される。」
→米文明の異常性・・裸の個人主義・・に米国人が言及した珍しい事例だと思います。(太田)
もう一つの問題は、パターンの代わりに単一尺度(single measurement)でもって推論し過ぎることだ。・・・」(B)
「2番目の章である「幸福の優勢(Ascendant)」では、ケーガン氏は、事実上、国民全体の幸福水準を計測して比較することはもとより、「主観的安寧」を計測する流行りの学問的努力を粉砕する。
彼は、「あなたの記憶力はどれくらいいい?」という質問に対するあなた自身の回答を信用できると受け止める心理学者はいないことに彼は気づかせてくれる。
あなたの回答が「とてもよい」だろうが「ひどい」だろうが、あなたの記憶力に関するあなたの記憶が正確であるかどうかなど知る由がないからだ。
しかし、心理学者達は、あたかもそれが「その定義が依然としてファジーであるところの心理的状態の正確な計測値」であるかのように、<あなたは>どれくらい幸福ですかという問いに対する人々の回答を進んで受け容れようとする、とケーガンは主張する。
多くの人々は、たくさんの友人、財産、或いは自由を持っていることが幸福にとって必須であるとあなたに言うだろうが、ケーガン氏は、彼らは間違っていると信じている。
「晴朗感と満足感を抱くために根本的に必要なことは、疑う余地なき少数の倫理的諸信条にコミットすることであり」、正義とフェアプレーを促進するコミュニティや国に自分が住んでいるという信頼感である、とケーガン氏は言う。・・・」(A)
(続く)
米国の心理学の問題点(その2)
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