太田述正コラム#0121(2003.5.18)
<イラク復興のために日本は何をすべきか(その3)>
4 日本企業への期待
治安維持で10%以下の負担としたことから、日本は社会資本整備では20%以上の負担をめざすべきだろう。そのようにして15%の負担目標を達成することとする。(人道支援は金額的に大きなものでないこともあり、そのあり方については本稿では触れない。)いよいよ日本企業の出番だ(注6)。
(注6)イラクは債務不履行状態の巨額の公的・私的債務を抱えており、この債務の免除ないし軽減が懸案となっているが、米国はとりあえず債務の凍結のラインで債権者たる各国のコンセンサスを得ようとしており、日本もこれに同調しているが、早期に決着がつくかどうかは予断を許さない(http://www.asahi.com/business/update/0511/001.html。5月11日アクセス)。このままではイラクで事業を行う日本企業は貿易保険を利用できないため、日本の企業がイラクで復興支援事業に携わることが困難だ。そこで経済産業省は5月19日から、国連や米国の復興人道支援室(ORHA)等が発注する復興事業向けに日本企業が物資等を納入する場合など、復興関連の輸出案件に限って、2年以内の短期貿易保険の適用を認めることとした(http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt57/20030515AS1F1501Z15052003.html。5月16日アクセス)。
しかし、イラクの石油収入や各国からの拠出資金を受け入れる国際基金の監理権をにぎることとなる(米英)占領当局が、国連や発足が予定されているイラク暫定統治機構と調整の上、社会資本復興整備にこの国際基金の資金をあてる場合のルール・・入札制度等・・を定めるまでには、制裁解除を認める国連安保理決議の採択の目処がまだたっていないこと(前述)や、5月中に予定されていた暫定統治機構の発足が無期延期された(http://www.nytimes.com/2003/05/17/international/worldspecial/17IRAQ.html。5月17日アクセス)ことから、長期間を要すると思われる。
さりとてそれまでの間、日本政府が(無償支援であれ、後で国際基金から還付してもらう含みの有償支援であれ、)資金を全面的に負担する形で日本企業がイラクに進出していけば、同じようなことをベクテルやハリバートン等の米国企業、しかも米国政府及びブッシュ政権幹部と縁の深い米国企業について行ってきた米国(但し、下請けに第三国の企業が入ることは認めている)(注7)に対するのと同じ批判(http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,957902,00.html。5月17日アクセス)に日本もさらされることになる。ベクテル等の下請けとして日本企業がイラクに進出してもやはり批判はまぬがれないだろう。
(注7)米国によるイラク復興支援の概要(2003.5.15現在)
統治機構 : 米国の非営利会社Aと契約し、イラクの地方統治機構に対して助言を行わせることとした。
金融 :米国際開発局(USAID)自ら、イラクの企業家や中小企業に貸し付けを行うこととした。
電力 :ベクテルと契約し、電力網の復旧を行わせることにした。
交通 :ベクテルと契約し、ウムカスル港やバグダッド空港の復旧を行わせることとした。(ウムカスル港の機雷除去やバグダッド空港滑走路の応急修理は米軍等が実施。)
水・保健衛生:ベクテルと契約し、イラクの水道・下水道・水力発電・感慨用水の復旧を行わせることとした。また、国連児童基金に$800万拠出し、イラクの水・保健・衛生関係の経費を補助することとした。
病院 :米国のコンサルティング会社Bと$1000万で契約し、イラクの医療ニーズを算定し、医療用資器財・医師を供給させることとした。将来契約額は$4380万に増加すると見込まれている。病院の復旧にはベクテルがあたることになっている。
学校 :米国のコンサルティング会社Cと$100万で契約し、教育用資器財の供給・教師の研修・教育成果評価システムの導入を行わせることとした。学校の復旧にはベクテルがあたることになっている。
(ベクテルとの契約総額は$6億8000万以上にのぼる。米国はこのほかイラクの企業家・企業に行わせる小規模な復旧工事に$1000万拠出することとしている。資料源:電力及びかっこ内はhttp://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-war-iraq15may15001421,1,6662882.story?coll=la%2Dheadlines%2Dworld(5月16日アクセス)によった。それ以外はロサンゼルスタイムスのサイト掲載のAP作成資料(5月15日アクセス)による。)
石油 :チェイニー副大統領が2000年までCEOをしていたハリバートンの子会社と$70億を上限とする金額・時期不定の契約を締結し、被害を受けた油田の鎮火・復旧及び運営・石油販売を行わせることとした (http://money.cnn.com/2003/05/11/news/companies/halliburton_iraq/index.htm。5月15日アクセス)。
(もとより、米国はこのほか国連等の国際機関等にも資金提供をコミットしてきている。)
その一方、日本の政府や企業が何もしないでいると、これまた批判の対象になるだけでなく、日本のイラク復興支援全般に対する発言権を低下させてしまう。
そうなると当面は、イラクで既に人道支援等に活発に取り組んでいるNGOばりのボランティア活動で企業に頑張ってもらうほかない。
そこで、まず日本政府が旅費等を負担し、官民合同の調査団をイラクに派遣し、日本企業が手がけた社会資本整備や日本政府の経済援助で整備された社会資本の現況を調査し、復旧のために必要な事業の概略をまとめる(既に米国企業等が復旧に着手しているものを除く)。そして、米国政府と内々調整した上で、日本政府がこれら事業については、募集された日本企業をして利益抜きで、しかも経費の一部(例えば9割)しか日本政府から補填されないという条件で復旧にあたらしめたいと宣言する。(もとより、経費の損金算入等のためには法的整備が必要。)
こんな条件で、危険なイラク行きに手をあげる日本企業が出てくるかどうかだが、経費の損金算入を認め、公共事業への入札参加機会を増やす等の優遇措置を講じれば、公共事業の削減やSARS禍にあえぎ、事業量を確保したい企業を始めとして、可能性は十分あるのではないか。
どれだけコストを押さえられるかは、各企業の腕の見せ所だが、日本人の個人ボランティア(例えば往復旅費と衣食住だけ支給)を活用できるよう、日本政府及び関係法人は最大限の配慮をすべきだろう。
こうすれば、効率的・効果的な国費の支出が達成されるのはもとより、日本及び日本企業の評判は大いにあがり、事業を通じて現地事情を精通するに至った各企業は、日本政府の後押しを受けつつ、国際基金を用いた社会資本復旧事業の受注にあたって強い競争力を発揮することになろう。
5 終わりにかえて
ここで、イラク復興支援問題をより広いパースペクティブから眺めてみよう。
米英両国が多額の戦費を費やし、自らの兵員の犠牲をもいとわず(、そして英国の場合、世論の動向にも逆らって)イラクで戦ったのは、石油資源の確保のためでなかったことはもちろん、「大量破壊兵器の拡散防止と国際テロの根絶」のためだけでもなかったことを我々はよく知っている。
それはイラクの体制変革であり、フセイン独裁制にかわる民主的な立憲政体の樹立だ。
ふりかえってみれば米国と英国は、両国の生存が直接脅威にさらされたわけでは必ずしもないのに、同じ理念を掲げ、犠牲を顧みず、両国の長期的な国益に資すると信じて第一次大戦と第二次世界大戦に参戦し、勝利した。いわば「利他」的行為に一身を捧げたとも言える米英側のこれらの勝利の結果形成された国際環境の下で今日の日本の繁栄がもたらされた。
だからイラク戦についても、米国や英国の戦争目的を疑ったり、そのフィージビリティー等をあげつらったりすることには慎重であった方がよかろう。
イラク戦は、早くも米英にとって好ましい変化を世界各地で引き起こしている。(余りに煩雑なので、典拠はいちいち記さない。)
イラク戦の後、シリアはそれまでの対イスラエル過激派擁護政策を転換し、米国等による和平へのロードマップの提示を受けたパレスティナ機構はアラファト議長の権力を削ぎ、シリアとパレスティナ機構はそれぞれイスラエルとの和解に向けて重大な第一歩を踏み出した。イランもまた、自分の息のかかったレバノンの対イスラエル過激派ヒズボラに対して活動の自制をよびかけた。
印パは抜本的な関係改善に向かって動き出し、また両国ともイラク戦に反対していたにもかかわらず、戦後のイラクへの兵力派遣を検討中だ(前出)。
中国においては、イラク戦について過熱気味だったTV報道を通じて客観報道の兆しが現れ、SARS危機ともあいまって潜水艦事故を公表する等情報公開の重要性が理解され始めたように見える。フセイン独裁政権のあっという間の瓦解を見せつけられた北朝鮮は、米朝二国間交渉をあきらめ、米中朝三国交渉を受け入れた。
(イラク戦を契機にアングロサクソンたる米英と「古い欧州」に属するとラムズフェルト米国防長官が揶揄した仏独露・・独を除く四カ国は国連安保理事会常任理事国・・は「冷戦」状態に突入し、国連の集団安全保障機能の限界が露呈した。しかしこれは、国連が設立当初から抱えていた問題が改めて顕在化しただけのことだ。)
このような変化が生じた理由は、インドのバジパイ首相が4月18日に、「今や<インド等の>発展途上国は危機に直面している。もし自分たち自身で懸案を解決できなければ、<いつなんどき米国等の>第三国がそれら<(発展途上)>の国のために解決してやろうと介入してくるかもしれないからだ」(http://www.atimes.com/atimes/South_Asia/EE07Df01.html。5月8日アクセス)、と語ったことに尽きている。
問題は、肝心のイラクにおいて所期の目的通り民主的な立憲政体が樹立できるかだ。
日本によるイラク復興支援への協力が、この目的達成のために少しでも役に立てばもって瞑すべきだろう。
本稿において提示した日本のイラク復興支援に関する私案は、最初に掲げた七つの考慮要因から論理的に導き出されたものだが、この案は期せずして戦後日本の、米国や英国の「利他」主義とは対蹠的な「利己」主義・・吉田ドクトリンなる、経済至上主義とそのための意図的な(米国の)保護国化政策とからなる国家戦略・・に転換をせまるものとなっている。
なぜなら、戦後日本の「利己」主義を象徴するものこそ、自衛隊であり日本のODAだからだ。自衛隊はこれまで、同盟関係にある米国を守るためにも、米国以外の世界の国や地域の平和と安全に寄与するためにも一切使われることのない、究極の「利己」的軍隊だった(注8)し、ODAはこれまで、供与される国や地域の利益のためではなく、もっぱら日本及び日本企業の経済的利益の追求という「利己」的目的のために支出されてきた(注9)。
(注8)占領時代に朝鮮戦争の際、米国の指示の下、米軍の補助部隊として急遽創設された警察予備隊の後継たる自衛隊は、日本が主権を回復した後、日本の安全保障を米国にゆだねるためのいわば見せ金として、実際に使われることを全く想定しないまま引き続き維持されることとされた。この結果自衛隊は、第二次冷戦期間(1979年??1989年頃)、政府や国民が知らないまま米国の対ソ軍事抑止戦略の重要な一端を担わされるという栄誉に浴しつつも(?!)、基本的に防衛庁・自衛隊構成員(及びOB)の生活互助会として存続してきたと言っても過言ではない。(前掲拙著の全般、及び拙稿「日本の防衛力の過去と現在―新たなあり方を考える出発点として??」(「研究レポート」No.11 2002.8.25(シンクネットセンター21)に掲載、筆者のホームページhttp://www.ohtan.netの時事コラム欄に転載)参照)なお、これまでの自衛隊のPKO参加は、「軍隊」としての国際貢献とは言い難い。
(注9)日本の経済協力の出発点は、サンフランシスコ講話条約に規定された、先の大戦において損害を与えた(アジア)諸国に対する戦後賠償だが、当時の吉田茂総理はこの戦後賠償について、損害に対する補償というより投資ととらえ、「この投資によって(相手国が)開発され、日本の市場となる。そうすれば投資も十分回収できる。」と語っている(http://www.jiyuu-shikan.org/store/book/sengohoshou.html。5月18日アクセス)。すなわち日本の経済協力もまた、吉田ドクトリンなる国家戦略の一環として始まった。だから日本のODAは供与対象国のためというより、もっぱら日本及び日本企業の経済的利益を追求するために、そして副次的に米国による戦略援助を補完するために実施されてきた(藤林・長瀬前掲書102頁)。その結果日本のODAは、有償(貸し付け)部分が大きく、(中国のように)貧困国でもないところに、しかも(かつてのインドネシアのように)腐敗した政権をいただく国に多く供与されており、フォーリンポリシー誌によって落第点がつけられた(前出)わけだ。(日本のODAのひもつき度もかつては非常に高かったが、政府は批判に答えて90年代初頭よりひもつき度ゼロ(アンタイド)にした。しかし、日本企業による受注の割合は、依然として高い(藤林・長瀬前掲書144??145頁)。)
しかし、「利己」主義だけでは国も企業も、そして個人も早晩立ち行かなくなるものだ。日本の「大国」化に伴って防衛費は世界第二位(現在約4兆円)、ODAも世界一、二位(現在でも9,000億円弱)へと「いつのまにか」巨大化してきたが、だからこそ一層日本の「利己」主義はフォーリン・ポリシーの記事が示すように、世界の人々の顰蹙をかうに至っている。
日米同盟の相手方たる米国政府も、かねてより日本について、米国等が多大のコストを費やして築き上げてきた国際環境のフリーライダーであると見てきた。
この日本のイメージを変えるためにも、日本は今後、(イラク戦のような戦争には参戦しないとしても、戦後のイラクや外国勢力が関与する内戦がうち続くコンゴ等の)発展途上国の治安維持のために自衛隊を派遣し、(ODAの対GDP比は増やさないとしても、)発展途上国の戦乱からの復旧にはボランティア精神であたることとすべきではないか。
イラクの復興支援は、日本が長期的な国益を考え、戦後の生き様の抜本的転換を図る絶好の機会なのだ。
(完)
<読者Aのコメント>
ODAが各国の利己主義からなされているのではないかというのは広く行き渡っている疑念であり、日本が突出して「利己」的かというのは理由に工夫が必要かも知れません。
(お題目はともかく。例えばアメリカのODAはイスラエルに、80年代以降はイスラエルとエジプトに過半が集中している。ただし、冷静に考えればイスラエルを支持することが本当に国益に役に立っているのかという議論が残る。これは理念の問題だととらえるか、アメリカの大統領選とユダヤロビーをめぐる国内政治の結果だと捕らえるかで結論は違ってくる。フランスは旧植民地に集中していると思われるし、旧ソ連は帝国を維持するために東欧諸国やキューバに原油を安く供給していた。)
むしろ、日本はODAのポリシーがなさ過ぎたという意味では「利己性」が薄いという反論が出てくるかも知れません。
<読者Bのコメント>
・・米英にやや肩入れされているところが気になりますが(力ですべてを解決しようとするやり方に問題を投げかける人は多いです)、日本に対して利己主義を転換しろ、という主張は同じ考えです。・・・それと、「??すべき」という言い回しがやや目に付きます。・・・
<読者Aのコメント(補足)>
「アメリカの大統領選とユダヤロビー」について私の経験を補足します。私は、在米中にアメリカの友人に次のような質問をしてこの立場を確認した事があります。
(質問)アラブ数億人と石油を敵に回してまで、なぜ300万人ぽっちのイスラエルをこんなにまで支援しているのか。
(答え)ユダヤ人はアメリカに数%しかいないがその影響力は絶大。言われている様に、金融とマスコミに強いこともあるが、大統領選での支持をイスラエルを支持するかどうかの一点に絞っていることが大きい。
太田さん、理念の立場からの反論はどうなりますか。
<太田の回答>
「理念の立場」からの反論は簡単です。イスラエルが中東における唯一の立憲民主主義国だからです。ちなみに、中東というより欧州に位置づけられるトルコは、疑問符つきとはいえ、同じく立憲民主主義国であり、やはり米国の強いサポートを受けています。
米国が「理念の共和国」であることはいくら強調しても強調しすぎることはありません。たまたま韓国のノ・ムヒョン大統領がリンカーン心酔者であると聞き、リンカーンに改めて眼を向けているところですが、リンカーンが奴隷制廃止論者であり、その彼が大統領になり、南部諸州の米国からの分離独立を許さず、南北戦争を勃発させ、南北合わせて3000万人しか人口がいなかったというのに、62万人もの戦死者(正確にはうち三分の二は戦病死者)を出し、南部諸州を荒廃させつつも初志を貫徹したことを思い起こしてください。(ただし、実態としての黒人差別解消は、第二次世界大戦後の市民権運動を経てようやく「基本的に」実現したことは申し上げるまでもありません。理念の実現には多大の犠牲と長い時間が必要なのです。)
ノ大統領が、このようなリンカーンの全体像を把握した上でなお心酔者なのであれば、彼の対北朝鮮政策に懸念を持つ必要はないことになりますが、果たしてどんなものでしょうか。
米国の掲げる理念に強い共感を寄せつつ、軍事力を行使しての理念の追求には嫌悪感を表明する日本の論者はいまだに少なくありません。あなたはこんな論者のように反米主義の立場に立つのですか、それとも親米主義の立場に立つのですか?