太田述正コラム#5644(2012.8.6)
<ロシアと国家マフィア主義(その4)>(2012.11.21公開)
(4)ロシア無知の欧米
「・・・欧米の諜報諸機関における、ジョージ・スマイリー(George Smiley)<(注6)>の後継者達は、自分達自身と彼らの政治的ご主人様達に対し、プーチンの、(KGBが名前を変えた)FSB、(それぞれ、対外及び軍事諜報機関であるところの、)SVR、そしてGRU、を恐れる必要はほとんどない、と説得し続けてきた。
(注6)ジョン・ル・カレ(John le Carre)のスパイ小説の中に登場するMI6の諜報員。
http://en.wikipedia.org/wiki/George_Smiley
<これに対し、>ルーカスは、プーチンを取り巻く諜報機関群(「タフな男達(hard men)」)を頂点とする、これらの機関が、はるかに大きな組織犯罪網と国家が容認する不正なカネ儲け(racketeering)の格子(interstice)の中で運営されていることを示す。・・・」(E)
「・・・<遺憾なことに、>ロンドンでは、ガーディアン紙が、自信ありげに、「<チャップマンを始めとする>10人のロシア人のうちの誰一人、米国の郊外の隠れ家を拠点にして、秘密事項を摘み集めた者はいない」と述べたものだ。
「英米ジャーナリズムの偉大なる長老<たるガーディアン紙>が、かくして、ロシア人の不法家どもの作戦は「完全な無駄」と形容するほかない、という見解を示したことになる。」・・・」(G)
「・・・<しかしだ。>
スパイというものは、彼らの本当の仕事が求める能力を培うために、できるだけ退屈で目立たないように見える必要がある。
もし彼らが、カネや偽造文書やその他の大事なものをもっと輝かしい工作員に届けるところの、慎ましい使い走りになろうと思ったら、彼らは旅行することを許す仕事を必要とする。
ル・カレの最も良く知られた登場人物であるジョージ・スマイリーは、スウェーデンの海運会社の(スイス人ということになっている)職員に身をやつして戦争の時代を働いて送った。
これは、ハンブルグその他のドイツの港を訪れる正当な口実を必要とする誰かさんにとっては完璧な身元だった。
<また、>若干の者にとっては、その仕事は、秘密情報に接することが可能な仕事か趣味か生活様式を獲得することだ。
<そして、>もしその任務が、潜在的<情報>源<たる人物>を見つけ、彼らを引き入れることを可能にする弱点を見つけることであれば、その者は人脈づくりに長けていなければならない。
<更にまた、>彼が、工作員を採用し、支援し、動機づけを行い、監視するところの、中間管理職(case officer)であれば、彼は、広汎な種類の人々に会っても疑いを引き起こさない生活様式を必要とする。
<あるいはまた、>もし彼が、相手方の保安機関ないし諜報機関への潜入を図る二重スパイ(mole)であれば、そこで採用されるに至るであろうようなもっともらしい候補者たりうる、学歴と職歴を必要とする。<ガーディアンは分かっちゃいないのだ。>・・・」(G)
「・・・<そもそも、ロシアに前向きに>関与すべきだ、そうすればやがてロシアを変えることができる、と唱え続ける者は、変えさせられているのはロシアではなくて、むしろ欧米であることに気付いていない。・・・」(B)
→それでもなお、説得されず、以下のような捨て台詞を吐いている書評子もいます。(太田)
「・・・確かに、クレムリンが欧米諸国に冬眠工作員を送り込むことに懸命であることは暴露されなければならない。
しかし、それは、本当に、欧米がロシア様式の無法と腐敗に呑み込まれてしまうというような脅威をあたえる危険なのだろうか。
ロシアの世界における立ち位置の最も重要な指標は、恐らく、チャップマンと彼女のお友達連中の活動なぞではなく、この国の人口が毎年約500,000人減り続けていることだろう。
国連によるある驚くべき予測によれば、2050年にはロシアはウガンダ並みの人口しかない国なるだろうというものだ。
これに加えて、ロシアの経済が石油と天然ガス以外に役に立つものを何一つ生産していない事実に照らせば、長期にわたる衰亡が運命付けられた<ロシアなる>国の図柄が見えてくるというものだ。・・・」(B)
→この書評子は、ロシアが中共とつるむならば、・・いや、現実に既に部分的につるんでいると言えそうですが、・・中共そのものが(かつてのスターリン主義化なるロシア化のごとく、今度は、)国家マフィア主義化なるロシア化をし、その再ロシア化した中共とロシアが、超広域国家マフィア連合を形成する、という悪夢を思い描く想像力がないとみえます。(太田)
「・・・欧米は、甚だしく工作員の潜入を許してきた非効果的な亡命ロシア人集団を、両大戦後、長年にわたって支援してきたが、その結果、夥しい数の自分達の工作員が死に至らしめられ、<他方、>ソ連の軍事活動や意思決定に関する情報を明らかにする機会は一度もなかった。
1980年代末まで<存続した>ソ連の国内における対諜報能力の能力の高さにより、<CIAの前身の>SISもCIAも、1960年から90年の間、恐らくは最大限約80人の工作員しか<ソ連内で>採用できたためしがなかった。
<他方、>欧米の対諜報能力は長年にわたって失敗し続けたのであり、<象徴的な事例だが、>1995年から逮捕される2008年までの間、NATOに関してスパイを行っていたヘルマン・シムの活動を検知することができなかった、ときている。・・・」(C)
「<すなわち、欧米は、>ナイーブさと無能と希望的観測によってロシア国家が<欧米に対して>与えている脅威に、<これまで、>効果的に対処することができなかった、ということだ。・・・」(D)
4 終わりに
思い起こせば、ロシアは、ソ連時代に、諜報能力によって、実力の数倍に自国を膨らませて見せることで大きな国際的影響力を維持するとともに、自由民主主義列強の「軍事活動や意思決定に関する情報」を一方的に収集し活用することで自国の安全を確保してきました。
天然資源はともかくとして、この諜報能力こそ、ロシアが他国に対して一貫して比較優位のあるほぼ唯一の部門なのですから、諜報機関を重視する国内・対外政策を、ソ連崩壊後のロシアが採択したのは、ロシアにとっては、(我々には迷惑千万だけれど、)必然的なことであったのかもしれません。
我々は北朝鮮を国家マフィア主義国家めいた存在として見てきたところですが、ロシアは、(経済こそ資本主義化しつつも、この点では)北朝鮮を大いに参考にした可能性もありそうです。
さて、ルーカスは余り取り上げなかったようですが、ロシアの諜報機関がらみの大事件としては、2006年のポロニウム殺人事件(コラム#1531)・・被害者は元ロシア諜報機関員、加害者はロシア諜報機関・・
http://world.time.com/2012/08/02/russias-pussy-riot-trial-a-kangaroo-court-goes-on-a-witch-hunt/
(8月5日アクセス)も忘れることができません。
(ロシアの指導宜しきを得てなんて考えたくもありませんが、)外国で、公然たる殺人も辞さない、強力かつ冷酷な対外諜報機関を中共が保持するようになったら、など考えただけでもぞっとしますね。
そうなった暁には、軍事力で侵攻されるまでもなく、日本は中共の軍門に下ってしまうかもしれませんよ。
それにしても、わが国営放送の一流記者殿のプーチン政権観は何ともはやお目出度い限りだわ、と思われたのではありませんか?
(完)
ロシアと国家マフィア主義(その4)
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