太田述正コラム#5654(2012.8.11)
<中共と毛沢東思想(その6)>(2012.11.26公開)
権力を掌握し、維持することを至上命題とする始皇帝主義の20世紀版であると言うべき毛沢東主義のおかげで、中国共産党は、清崩壊後40年近く軍閥の割拠が続いていた支那で権力を掌握することができたばかりではなく、反対分子の徹底的な弾圧によって、毛沢東存命中の暴政にもかかわらず、権力を維持することに成功しました。
そして、権力を維持することが至上命題であったからこそ、毛沢東死後、トウ小平は、反対分子の徹底的弾圧を継続するとともに、中共の経済を社会主義経済から資本主義経済へと転換させ、経済の高度成長を実現させました。
そして、トウ小平が1997年に亡くなり、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A6%E5%B0%8F%E5%B9%B3
「21世紀に入ると儒教は弾圧の対象から保護の対象となり再評価され<始め、>2005年以降、孔子の生誕を祝う祝典が国家行事として執り行われ、論語を積極的に学校授業に取り入れるようになるなど儒教の再評価が進んでいる。文化大革命期に徹底的に破壊された儒教関連の史跡及び施設も近年になって修復作業が急ピッチで行われ」、現在に至っています。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%84%92%E6%95%99
http://online.wsj.com/article/SB10000872396390443931404577550594039872110.html
(7月30日アクセス)
そこで、中間的総括ですが、毛沢東主義は、韓非子(法家)主義をホンネのイデオロギーとして、権力を掌握し、維持することを至上命題とした始皇帝主義の現代版である、と見ているところ、始皇帝が支那を統一して建国した隋が同皇帝の暴政のために滅びた轍を毛沢東が支那を統一して建国した中共が、毛の暴政にもかかわらず、これまで踏むことがなかったのは、一つは、(何度か指摘してきたように、)毛沢東が究極のエゴイストであって、自分の子孫のことなど眼中になかったため、二代目の最高権力者の質において、軍閥的徒党内で毛の舎弟格の一人であった中共のトウ小平が始皇帝の息子の一人であった隋の二世皇帝とは比べ物にならないほど優っていたことから、中共は経済体制の大転換という究極の政策変更を行い得た(注2)からであり、もう一つは、隋以降の支那の歴代王朝が儒教をタテマエ上のイデオロギーとした顰に倣って、三代目の江沢民を経て2003年に中共の四代目の最高権力者となった胡錦濤
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B1%9F%E6%B2%A2%E6%B0%91
の下で、中共において儒教のタテマエ上のイデオロギー化(という、これも従前の政策の大転換)が本格的に推進されることとなったこともこれに寄与している(注3)、と私は考えている次第です。
(注2)あの有名な「「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕る<(=権力維持に資する)>のが良い猫である」・・・という<トウの>「白猫黒猫論」」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A6%E5%B0%8F%E5%B9%B3 前掲
は、彼がまさに毛沢東主義者そのものであることを端的に示すものだ。
(注3)「改革開放が進む中で<、民衆の間で、>儒学や老荘思想など広く中国の古典を元にした解釈学である国学が「中華民族の優秀な道徳倫理」として再評価されるようになり国学から市場経済に不可欠な商業道徳を学ぼうという機運が生まれている」ことから、中国共産党による民衆への儒教の再インドクトリネーションがそれなりに成功していることが分かる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%84%92%E6%95%99 前掲
そして、あれだけの暴政を行った毛沢東をトウ小平及び彼の後継者達がいまだに国家的崇拝の対象として堅持し続けているのは、中国共産党の権威を維持するためであることはもとよりですが、私は、彼らが、自分達が毛沢東主義者であることを自覚し、毛沢東に心底私淑しているからこそだと忖度しているのです。
3 エピローグ
(1)臨界点に達しつつある民衆の不満
今まで俎上に載せてきた論文集を離れ、新たに二つの本を紹介して、エピローグとしたいと思います。
最初の本は、ジェラルド・レモス(Gerard Lemos)著の ‘The End of the Chinese Dream: Why Chinese People Fear the Future’ です。
α:http://online.wsj.com/article/SB10000872396390444226904577558740253036850.html
(7月31日アクセス)
β:http://www.ft.com/intl/cms/s/2/e401967a-e07c-11e1-9335-00144feab49a.html#axzz23C9hmKKo
(8月11日アクセス)
レモスは、支那専門家ではなく、社会政策を専攻する英国の学者であり、つい最近まで薄熙来が統治してきたところの、重慶で、2006年から2010年まで現地の大学で教鞭を執った人物であり、1427人の重慶市民を対象にしたアンケート等を踏まえ、中共の民衆が抱く不満を紹介しています。(α)
「・・・疑いもなく、<民衆によって>表明された願いとしては、安定した仕事、良い健康状態、子供のための教育機会、より良い住宅、が普遍的にあげられていた。
しかし、彼らによる回答は、これらの中流階級の人々の志望・・これをレモス氏は「中共の人々の夢」と呼ぶ・・は大部分の人々にとってどんどん達成不可能になりつつあることを示している。
回答者達によって表明された圧倒的多数の気持ちは、自分自身と自分の子供双方にとっての不確実性と恐れだった。
回答者達の多くは、仕事も健康保険も年金もなく、また、そのような状態が改善する展望もほとんど持ち合わせていなかった。・・・
[<また、>教育制度の破たん、一人っ子政策による家族構造の歪曲、政府によって財産を収容された者の無力、といったことが頻繁に起こっている。]
もとより、<アンケートなどという、>非科学的に集められたデータに基づいて断定的な主張を行うことは危険だけれど、レモス氏は、この物語を広い文脈の中に位置づけることによって何とかこの危険を回避している。
彼は、政府による放置と容赦ない市場の圧力が両両あいまって、どのように平均的な中共の人々のセーフティネットの弱体化と保障の減少がもたらされているかについて、いくつかの歴史的背景をありがたくも提供してくれる。
彼は、中共の年金・・今やもっぱら公務員だけが対象・・のための公的支出が、先進国においては6から18%なのに、GDPの2.7%に過ぎないことを示す。・・・
[レモスによれば、これらの諸問題の多くは、1980年代と1990年代にさかのぼることができるという。
当時、トウ小平は、中共を外の世界に解放し、中央が計画する経済の自由化を開始し、<そのおかげで、>何百万もの人々が貧困から引き上げられ、その生活水準が劇的に改善された。
しかし、その過程で、揺り籠から墓場までの<終身雇用的な>仕事の多くは消滅させられ、<全員が>公務員<であった頃には>ありつけていた「共通の飯櫃(iron rice bowl)」は、何らかの類いの機能する社会福祉制度によって代替されることがなかった。・・・]
最終的に、レモス氏は、中共の人々の夢を壊したのは資本主義ではなく、統治している中国共産党である、と同党を非難する。
そして、レモス氏は、「中共は、自分達自身の手中において富を生み出し積み上げる(consolidate)ことだけを目的とするところの、相互に結び付き、相互に依存するが相互に不信感を抱き、派閥抗争を行っている富豪階級(plutocracy)によってコントロールされている」、と辛辣極まる結論を下す。・・・
[・・・この構造こそ、中共で、その慢性的な社会諸問題への取り組みが行われない理由の一つなのだ、と。・・・]」(A。ただし、[]内はBによる。)
(続く)
中共と毛沢東思想(その6)
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