太田述正コラム#5670(2012.8.19)
<フォーリン・アフェアーズ抄(その4)>(2012.12.4公開)
・ルチール・シャルマ「「ブラジル経済の奇跡」の終わり–社会保障か経済成長か」(2012No.6より)
「Ruchir Sharma<は、米>モルガン・スタンレー投資管理のマネージングディレクターで、新興市場およびグローバル・マクロ分析部門の責任者」(74)
「・・・この10年におよぶ成功によってブラジルはもっとも注目される新興市場国の一つになった。・・・
だが・・・ブラジルの経済成長軌道は、国内の石油、銅、鉄鉱石など、市場の資源需要の拡大軌道とほぼ重なりあっている。問題は、これらのコモディティに対する世界需要が減少し始めていることだ。・・・
20世紀後半の多くの時期において、ブラジルは、経済的な混乱から市民を保護しようと二つの特徴的な政策を実施してきた。「インフレ抑制のための高金利政策」と「社会保障を重視する福祉国家路線」だ。・・・
<しかし、>高金利策によって年平均10%の高配当を期待できるために、外国資本は魅了できるが、外資の流入によってブラジル・レアルの価値は押し上げられてしまう。・・・
レアル価値の上昇は輸出価格を押し上げ、ブラジル製品のグローバル市場での競争力は低下する。・・・
こうして、2004年のピーク時には16.5%に達していたブラジルの製造業生産の対GDP比シェアは、2010年末には13.5%へと低下していた。・・・
過去10年間の経済成長によって中国は世界最大の工業用原材料の消費国となり、ブラジルはその爆発的な消費の増大からうまく利益を引き出した。2009年には、中国がアメリカを抜いてブラジルの最大の貿易相手国となった。・・・
しかしいまや、中国経済の減速は現実となりつつある。・・・
<また、>1980年代には(新興市場諸国の典型的な比率である)GDPの20%だった社会保障支出が、2010年には40%近くまで上昇していた。ブラジル政府は、増税で社会保障支出の増大を埋め合わせようと試み、いまや税収規模はGDPの38%に達している。これは新興市場諸国のなかではもっとも高いレベルだ。
だが高率な所得税、法人税は、人材の訓練、技術開発や設備投資に必要な資金を企業から奪い、生産効率の改善を妨げている。1980–2000年<の>・・・企業の生産性<の伸び>・・・はわずか年0.2%だった。・・・
ブラジルと中国は経済開発をめぐって正反対のアプローチを採用している。・・・」
」(68~72)
→BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中共)
http://ja.wikipedia.org/wiki/BRICs
と持て囃されているところ、その内実には大きな違いがあることが分かります。
インド経済についてはまた改めて取り上げるとして、ロシアはマフィア国家、中共は経済だけをつまみ食いした日本型政治経済体制国家であるのに対し、ブラジルは、高金利政策をとってきた一点だけでも、日本型では全くない経済体制の国家であることが分かります。(最後の点についてはコラム#5662参照)
この4カ国の経済を最大公約数的に括れば、国家資本主義・・明治期の日本もそうだった・・
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E8%B3%87%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9
でしょうね。(太田)
・ジョエル・I・クライン、コンドリーザ・ライス&テリー・モーラン「教育と国家を考える」(2012No.5より)
「Joel I. Klein<は、>ニューヨーク市教育委員会委員長を経て、ニューズコーポレーション教育部門最高経営責任者。Condleezza Rice<は、>スタンフォード大学<副>学長<(注5)を経てブッシュ政権の国務長官を務めた。現在はスタンフォード大学ビジネススクール教授・・・モーラン<は、>ABCニュースナイトライン アンカー」(33、24)
(注5)ライスは、スタンフォード大学の政治学科の教授でもあることにも触れていないこの紹介は片手落ちだ・・私がスタンフォード時代に在籍したビジネススクールと政治学科の教授ということで、一層彼女との因縁を感じる・・が、それよりもはるかに深刻な誤りが、彼女をスタンフォードの学長(president)だったとしていることだ。彼女は同大学の副学長(provost)だった
http://en.wikipedia.org/wiki/Condoleezza_Rice
のに、本文中にも二か所、彼女の肩書を元学長とする箇所が出てくるので誤植ではありえない。翻訳者は、’provost’という言葉を「学長」と誤って記憶していた、ということだろう。
こんな初歩的な誤りを犯す者に翻訳などさせてはならないし、日本版監修者/編集者の英語力、というより識見の欠如・・前米国務長官の経歴についての知識が皆無だということだが、ほんの少々でも知識があれば、いくら能力主義の米国といえども彼女のprovost就任時の年齢(38)に照らしてスタンフォードのような有名で大きな大学の学長に就任することなどありえないと誤りに気付いたはずだ・・もまた、大いに問われる、というものだ。
「アメリカの子供の4分の3は軍隊に入隊できるレベルの能力を持っていない・・・。高校を卒業していない、前科がある、高校を卒業していても基本的な入隊テストに合格できないことなどが主な理由だ。・・・これでは国の安全保障はおぼつかない。・・・(モーラン)
われわれは教育とはソフトパワーの一部だと考えがちだが、われわれは・・・教育が物理的な国家安全保障にも関わるハードパワーにも関わってくると指摘した<い。>・・・(クライン)
外国の多くの人々が母国語以外の言語を学んでいるが、アメリカは世界で有数の一言語社会だ。外国語のコースをとっても、生徒たちは、ごく基本的なことを話す能力さえ身につけていない。学校における外国語教育も十分なレベルにはない。・・・
いまのアメリカの教育は何かについて自分がどう感じたのか、自分にどのような影響を与えたのか、という思考領域の学習にあまりにも多くの時間を費やしている。
知識を身につけるのは簡単ではない。だが、そうしない限り、われわれの子供たちが高度の思考スキルを身につけることはあり得ない。・・・
OECD加盟国の15歳の生徒を対象に読解力、数学知識、科学知識などを3年ごとに調査するPISA(国際学習到達度調査)の結果(2009年)・・・<では、>他国と比べてアメリカは明らかに後れをとっている。<科学知識>のランキングでは17位、<数学知識>のランキングでは30位というのがこの国の教育の現実だ。他の先進国と比べてもアメリカがここまで劣っている領域は他にはない。・・・
他国が何をやっているのかについてだが、例えば韓国では家庭の生活費以外の支出の多くは教育に向けられ、家族の時間、コミットメント、情熱も教育に注がれている。また日本では教師が尊敬されている。これらはわれわれが学ぶべきことを示唆しているかもしれない。・・・(ライス)」(26~28、30~32)
→欧米ではほぼすべての国の政策が国家安全保障政策であると認識されている(前出)というのに、米国で教育政策はそうではなかった、というのは興味深いですね。
米国の教育省は、1867年に創設され翌年すぐに廃止され、長く内務省の局であったところ、1939年に国家安全保障関係の部局に格上げされたものの、れっきとした省に「復帰」したのは何と1979年です。
http://en.wikipedia.org/wiki/United_States_Department_of_Education
これは、米国が連邦制であることと、思うに、高い初等中等教育を受けた移民の流入が続いたこと、大学レベル以上の私立の高等教育が充実していたこと、等が理由ではないでしょうか。
それにしても、米国の初等中等教育のパーフォーマンスは低いですね。
参考までですが、日本のランキングは、科学知識は2位、数学知識は4位、また、読解力は米国が14位で日本は5位です。(31)
日本は「思考領域の学習」に力を入れるべきだと言われて久しいけれど、ゆとり教育などという、羊頭狗肉の回り道をしただけで、いつまで経っても実行がなされないのは歯痒い限りです。
小学校から英語教育を徹底的にやる、というのが一つの方法かもしれない、と最近思うようになりました。(太田)
(第一部、完)
フォーリン・アフェアーズ抄(その4)
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