太田述正コラム#0133(2003.7.27)
<またまた北京訪問記(その2)>
今回の訪中は、中国人民大学(Renmin University of China。http://www.ruc.edu.cn参照。このホームページに韓国語版はあるが英語版は工事中で日本語版はない)の国際関係学院(School of International Studies)の招待によるものです。(ただし、スポンサーは北京高峰諮詢中心(Beijing Gao Feng Policy-making Consultative Centre)。)
7月23日(水)の午前中に行った同大学での講演は今回の訪中のハイライトでした。今回はそのご報告をしましょう。
ちなみに、人民大学は1950年に創立された、中華人民共和国成立後に最初にできた大学です。人文の北京大学、理工の清華大学に対し、社会科学の人民大学と並び称される存在で、「偏差値」的には、中国の大学の中で、文科系では二番目、理科系では三番目であり、国家公務員になる卒業生が多いのだそうです。
午前9時から一時間、日本語で教授達と研究者達、及び外国留学生を含む多数の大学院学生を相手に講演を行いました。通訳は全国日本経済学界常務理事のほか二つの肩書きを持つ研究者です。
教授達というのは、二人の国際関係学院副院長のほか、同学院の教授数名、並びに中国国際関係研究所(Chinese Institute of Contemporary International Relations=CICIR)の研究者二名です。
講演に使用したレジメ(教授達だけに配布)は次の通りです。(読者の便を考え、ほんの少しレジメに加筆しました。)
戦後日本における吉田ドクトリンの呪縛
太田述正
1 吉田ドクトリン(『防衛庁再生宣言』日本評論社 2001.7)
日本の安全保障を米国に依存し、日本はもっぱら経済成長に専念する、という国家戦略
吉田茂の意図・・短期的な政策。(それが恒久化してしまった。)
日本の対米保護国化→政治の矮小化、外務省・防衛庁等の堕落
2 有事法制(「切迫する危機に備えていない「有事法制」の欠陥」(『選択』2002.3)
海外有事>武器攻撃事態>大量破壊兵器攻撃事態>武力攻撃事態、が起こる可能性の順序
今年6月に成立した有事法制は武力攻撃事態を念頭に置いたもの・・ごまかし
3 イラク復興支援(「イラク復興で問われる戦後型「利己」的支援」(『エコノミスト』2003.6.17)
Foreign Policy 2003.4によれば、日本は平和維持活動の面でも経済援助の面でも先進国中実質最下位、発展途上国支援への総合的貢献度は文字通り最下位
経済協力の考え方も吉田総理に始まる・・賠償は損害補償ではなく投資
日本のイラク復興支援は依然吉田ドクトリンの呪縛の下にある
・軍事面:集団的自衛権の行使→治安維持部隊としての自衛隊の派遣は行わない
・経済協力面:石油利権確保や日本の企業の利益のため
そもそも、かねもうけや軍隊を否定する契機が社会に存在することが重要(拙著)・・さもないと長く経済大国、軍事大国であり続けることはできない。
吉田ドクトリンからの脱却とは、「利己」から「利他」へと国家戦略を転換すること。「利他」こそが長期的には「利己」。
4 北朝鮮問題(コラム#7、#8、#17、#59、#67、#69、#79、#80、#115、#117(http://www.ohtan.net))
米国に追い詰められた北鮮:
米国:不審船を問題視1999.3、ブッシュの悪の枢軸演説 2002.1、対アフガン戦・対イラク戦、対北鮮戦争「準備」・「封鎖」根回し
→北鮮:拉致を認め、謝罪、他方で核「開発」を積極的に暴露
吉田ドクトリン下の日本の外交・防衛政策・・対ミサイル防衛、有事法制、拉致の問題化、対北「制裁」、はすべて米国に促されて不承不承着手したもの
韓国のノ・ムヒョン大統領とリンカーン・・韓国は親米的反米=韓国も吉田ドクトリンを「採用」か
中国への「期待」・・緩衝国家を失ったり、日本に核のフリーハンドを与えたりしたくなければ、中国は北朝鮮を説得しなければならない。
5 日本の防衛
(1)集団的自衛権問題の現在(「苦悩する自衛隊―インド洋への海上自衛隊の派遣をめぐって」(『Discussion Journal「民主」』no.2 2002 Autumn)
集団的自衛権が行使できないことから、現在インド洋に派遣されている自衛隊の艦艇部隊は本当に米軍の指揮下に入っていないし、米艦艇等を防衛(含情報提供)することもできない。その結果、自衛隊の部隊は大きな危険にさらされている。もはや、集団的自衛権問題を放置するわけにはいかない。
しかも、このような大きな危険をおかしながら、やっていることと言えば、石油代金を日本政府が出して後何もしない方がよほどマシな無償給油活動だ。米軍等にとっては連絡もままならぬ自衛艦から不慣れな形で給油を受けるのだから、ありがた迷惑。
(2)日本の防衛力のあり方(「日本の防衛力の過去と現在―新たなあり方を考える出発点として」(「研究レポート」No.11 2002.8.25(シンクネットセンター21)
正面>後方、といういびつさ、及び正面装備体系そのものに内在するいびつさ(以下拙著)。これに加えて、諜報・続戦能力・統合・有事法制・トータルディフェンス、の欠如
第一次冷戦下の「見せ金」としての自衛隊→第2次冷戦下の自衛隊の「重要」な役割→ポスト冷戦下、再び「見せ金」としての自衛隊へ逆戻りして現在に至っている。
ポスト冷戦期の現在、武器攻撃事態(と大量破壊兵器攻撃事態)に対処するための防衛力=海外有事に対処するための防衛力・・を日本は今後整備すべき
(3)最大の課題
吉田ドクトリンの克服=集団自衛権問題の解決(個別的自衛権に残された問題殆どなし)=日本の自立→このことにより、世界の平和維持への貢献、及び米国の掣肘が可能となる
(このうち、5の(2)は時間の都合で省略しました。)
続いて、日本語、英語、中国語が飛び交った質疑応答を一時間半行いました。その主な内容は以下の通りです。
教授の一人から、日本の軍事大国化への懸念がながながと表明されたので、「詳細なコメントと意見を感謝する」(笑い)、「中国政府の公式見解をうかがっているような気がした」(笑い)と述べた上で、「私のプレゼンテーションの仕方に問題があったのかもしれない」と断りつつ、「軍事費の面からは日本は既に軍事大国だ。私の自立論は、自分の頭で安全保障問題を考えることだ。考えた結果、現在の防衛能力を維持しつつ・・真の統合的運用を実現し、かつ水増し分を削減した価格で装備品を調達するようにすれば、むしろ能力は大幅に向上するかもしれないが・・防衛費を半分に削ることになったとしても、現在の防衛費を維持しつつ世界の平和維持活動・・望むらくは国連の旗の下の・・への貢献を大幅に増やすことになったとしてもどちらでもかまわない。私個人としては後者の方に気持ちが傾くが・・」と述べた上で、日本の在日米軍駐留経費の負担が米国の国是に反すること、しかもそれが基地従業員の解雇を防ぐという低次元の経済的理由から始まったこと、そしてこの負担が米国の戦略的意思決定をゆがめていることを説明し、「いずれにせよ、このような無駄な防衛支出は削減すべきだ」と力説しました。
また、学生の一人から「日本が憲法改正するのではないか」と聞かれたので、「政府の集団的自衛権に係る憲法第9条の解釈さえ改めれば残された問題は殆どない」とした上で、日本では最高裁だけが憲法の有権解釈をできること、最高裁はまだ集団的自衛権について判断を示していないこと、政府のこの解釈が、自分と他者を区別していることと、持っているが行使できないとしていること等から、「およそ法解釈の名に値しないものであり、改めることに何の問題もない」と答えました。
更に、別の学生が「日本は大国化・国際的地位の向上を図っているのではないか、そのためにも国連の安保理事会の常任理事国になりたがっているのではないか、またライス補佐官が一極主義こそ世界を安定させると述べたことをどう思うか」と質問しました。
私は、
「なげかわしい一方で健全なことだと思うが、日本の国民は日本の大国化になど関心はない。国は国民の福祉を維持向上させるための手段に過ぎないと考えている。成熟した民主主義国とはそういうものだ。その証拠には、二三年すると日本の人口は減少をはじめ、やがて人口はつるべ落としに減って行き、日本はどんどん「小国」になって行く。しかし、そのことを残念がる声は日本には殆どない。常任理事国になろうとしているのは、国連の意思決定過程により積極的に関与するためだが、(米国に次ぎ、第三位以下を大幅に引き離して)世界第二位の国連分担金を負担している以上、納税者たる日本国民が、国連が自分たちの福祉の維持向上に資する形で適切に活動しているかどうかに関心を持つのは当然のことだ。つまり、日本国民に対する説明責任(アカウンタビリティー)を果たすために日本政府は国連常任理事国を目指しているということであり、それ以上でも以下でもない。
また、一極化の是非についてだが、中国に対しては厳しい言い方になるが、世界はフランシス・フクヤマのいわゆる「歴史の終わり」にまだ到達していない。開放体制を信奉する国々で世界はまだ覆いつくされていないという意味でだ。あえて言えば、米国のリーダーシップの下で開放体制を信奉する国々が多極化する必要があると私は考えている。さもないと、「歴史の終わり」に向かう道程は混乱に満ちたものになってしまうだろう。現在は英国だけが米国に掣肘を加えようとし、それにある程度成功しているが、英国だけでは力不足だ。EUはまとまらないので、EUとして米国に掣肘を加える役割を担うことはできそうもない。そうなると後は日本しかない。中国が何を言っても米国は聞く耳を持たないだろうが、日本が言えば、英国と同じ程度かどうかはともかく、それなりに耳を傾けることは間違いない。私は日本がそのような存在になることを願っている。」
と答えました。
その後、昼食をとりながら、一時間半近くにわたって、教授達6名(新たに、人民大学副校長が加わりました)と懇談しました。
自分で言うのもおこがましいのですが、まことに充実した半日だったと思います。
(続く)