太田述正コラム#5766(2012.10.6)
<映画評論35:アルゴ(その3)>(2013.1.21公開)
カーター大統領からの伝言、「先に進めてよい。グッドラック」付きの電報をCIA長官から得たメンデスは、まず、<当時の西独の首都の>ボンに飛び、現地のイラン領事館で入国ビザを取得した。
(このカーターの伝言は、映画ではここでは使われず、後出の架空場面で使われる。)
偽造、贋造の専門家として、メンデスは水彩キットと道具類を持参したが、残りのものは、カナダの外交行李(diplomatic pouch)に入れて送り、テヘランのカナダ大使館に届けられていた。
その中に入っていた、6人用のパスポートは、カナダ政府が発行した「本物たる偽物」だった。
カナダの法律はこのようなことを禁止していたので、カナダでは、議会が、第二次世界大戦以来初めての緊急秘密会議を開き、例外的にこれを認めたのだ。
カナダ大使館で、カナダ大使からこのパスポートを受け取ったメンデスは、これらのパスポートにイランのビザを模したものを押し、その前日に6人がイランに入国したことにするため、入国日を書き入れた。
([ここは、どうやら誤りであり、カナダ政府発行のパスポートにCIAが偽造ビザを押したものが外交行李でテヘランのカナダ大使館に届けられたらしい。])
その夜、6人が、シアーダウン宅で、デンマークとニュージーランドの大使及び彼らの随行者と夕食を始めようとしていたところに、カナダ大使が予期せぬ客人であるメンデスを伴って現れた。
(映画では、この場面は、カナダ大使公邸における、デンマークとニュージーランドの大使及び彼らの随行者抜きの夕食場面に置き換えられている。
史実の方についてだが、秘密を厳守しなければならないというのに、(スウェーデン大使館は前述した事情から既に米外交官で脱出した者がいることは知っていたものの、その他の)第三国の外交官達がいる場所でメンデスは6人との初会合を持ったのは、[もともと、カナダ大使が、この2国の大使に本件で協力を求めていたという経緯があるからだ。]
たまたま、この3人が親しかったのか、それとも、そもそも、この3国がイランでかねてから協力関係にあったのかは不明だ。
ちなみに、ニュージーランドがアングロサクソンの国であることはご承知のとおりだが、デンマークも、11世紀の前半にイギリスを支配した
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E5%90%9B%E4%B8%BB%E4%B8%80%E8%A6%A7#.E3.83.87.E3.83.BC.E3.83.B3.E4.BA.BA.E7.8E.8B.EF.BC.88.E5.8C.97.E6.B5.B7.E5.B8.9D.E5.9B.BD.EF.BC.89
ほか、シェークスピアの最も有名な戯曲である「ハムレット」の国であり、欧州大陸諸国の中では、オランダとはまた違った意味で、アングロサクソンと関わりが深い国だ。)
メンデスは、食事が始まってから、自分は6人を救出に来たと述べ、カバーストーリーを話し、カービィの絵コンテ集、脚本、ヴァラエティ誌への掲載広告、スタジオ・シックスの事務所の電話番号を示した。
その上で、メンデスは、一人一人に名刺とパスポートを手交した。
一人は脚本作家、一人は交通係、一人はセット担当、一人は副制作者、一人は監督、一人はカメラマンに扮するといった説明も行った。
カメラマンに扮する人物には、パナフレックス(Panaflex)・カメラ<(注5)>が、マニュアル付で手交された。
(注5)パナヴィジョン(Panavision)社製の世界で最も用いられている35mm映画撮影用カメラ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Panavision
http://en.wikipedia.org/wiki/Panavision_cameras
問題は、イランが外国人の国際空港からの入出国管理に使う入国用の白いカード(disembarkation card)と出国用の黄色いカード(embarkation card)だった。
両方のカードに所定事項を外国人が入国時に記入し、白いカードは空港の管理当局が保管し、黄色いカードは外国人が携行し、出国時に、空港の管理当局が両者の突合を行う。
黄色いカードの方は、テヘラン空港におけるCIAの協力者から入手できていたので、それをメンデスが6人分偽造するのは造作ないことだった。
また、この協力者から、管理当局が両カードの突合を怠る場合がよくある、という情報も得ていた。
突合しようとしたが白いカードが存在しないと管理当局が言い出したら、そちらのミスだろうとシラを切ることにしていた。
(シラを切る云々は、映画の方の話であり、史実ではメンデスがどうするつもりだったのか、判然としない。)
翌日、メンデスと6名は、テヘラン空港にマイクロバスで向かい、上記両カードの突合を怠った管理当局のおかげで、いともたやすくスイス航空の便でイランを離れ、チューリッヒに向かうことができた。
(この部分を、映画では、以下のように膨らませられるだけ膨らませることによって、手に汗を握るスリルを観客に味わわせようとしている。
映画での進行は以下のとおりだ。
テヘランに到着したその足で、メンデスはイラン文化省に表敬に訪れ、その場で係官からバザールの視察を強く勧められ、それを受けて、翌日、メンデスと6人でバザールを訪問する羽目になる。
バザールでは文化省の係官が待っており、迷路のようなバザール内を案内されるが、その過程で密かに全員の写真を撮られてしまう。
そして、イラン側は、写真に写った者達と米大使館のシュレッダーにかけられた館員の写真リスト(修復中)との突合を開始する。
ところが、その夜、メンデスは、突然、CIAの上司から、米大使館に囚われている館員達の大救出作戦が近々敢行される関係で、メンデスの方の小救出作戦は中止せよとの命令を受ける。
メンデスは悩んだ末、翌朝、救出作戦を続行すると上司に一方的に伝える。
やむなく上司は、ホワイトハウスと掛け合い、作戦の続行の了承を取り付ける。
この時、カーター大統領の(前出の)伝言がメンデスに伝えられるのだ。
マイクロバスで空港に到着したメンデス率いる一行は、チェックインの際、CIAが一旦航空券をキャンセルしていたために冷や汗をかくが、再び有効となったので胸をなでおろす。
それもつかの間、今度は管理当局の所で、入出国カードの突合こそ免れたものの、疑いをかけられ、スタジオ・シックスに国際電話をかけてチェックされたりして、危うく飛行機に乗り遅れるところを何とか乗り込むことに成功する。
この頃、管理当局に、一行が米大使館員であるとの情報が伝えられる。
そこで、彼らは、この飛行機の離陸を阻止すべく何台かの車に分乗して全速で、既に滑走を始めていた飛行機を追うのだが、後一歩のところで飛行機の離陸を許してしまう、というわけだ。)
(以上、[]内は、下掲による。
http://en.wikipedia.org/wiki/Canadian_Caper )
この日、テヘランのカナダ大使館は閉鎖され、大使やスタッフは家族とともにイランを離れた。
この救出劇にCIAがからんでいたことは極秘とされ、1997年になってようやく時のクリントン大統領が秘密解除を認めた。
3 終わりに
この映画に対しては、制作途中で、カナダ政府、とりわけカナダ大使が果たした役割が軽んじられているという批判が起こったため、映画の最後に、「この物語は、今日に至るまで、政府間の国際協力の模範例として語り継がれている」というクレジットが入れられた
http://en.wikipedia.org/wiki/Argo_(2012_film)
といいます。
確かに、カナダ政府は、件の6人をかくまい、パスポートを「発行」し、テヘランのカナダ大使館の閉鎖を引き延ばすことまでしたのですから、主役はカナダ政府だったというべきでしょう。
それに、果たしてメンデスがでっちあげたカバーストーリーは役に立ったのでしょうか。
百歩譲って、映画制作話を使おうと思いついたところまではよしとしたとしても、その後を全てカナダ政府にお任せすることなく、CIAがしゃしゃり出続けたために、米国のハリウッドを噛ませざるをえなくなったのではないでしょうか。
つまり、CIAが取り仕切る以上は、(国外を管轄とするCIAに国内を管轄とするFBIをさておいて米国内ででっちあげ工作を行うことが許されるのかという問題はさておき、)さすがにカナダ政府周知の下でカナダ内に偽制作会社をでっちあげるわけにはいかなかったということなのではないでしょうか。
しかし、反米でイラン中が沸き立っている最中に、いかに映画オタクの巣窟だとしても、米国のハリウッドの制作会社がロケ地を下見させるためにそんなイランにチームを派遣することなど、まずありえないはずです。
しかも、米国の制作会社のくせに、どうして下見スタッフが、1名がアイルランド人で残りの6人がカナダ人で、中に米国人が1人もいないのでしょうか。
私には、イランの空港管理当局が彼らを怪しいと思って捕まえなかったことが不思議でならないのです。
というか、米国大使館人質事件が起こった11月4日の2日後の6日、バザルガン首相が辞任する
http://en.wikipedia.org/wiki/Canadian_Caper 上掲
http://www.sinoperi.com/Articles-Details.aspx?id=17916&lang=JN
など、革命後のイランは激動の情勢が続いており、政府がまともに機能していなかったのであり、だからこそ、空港管理当局だって、出入国管理に専念できる状況ではなかったのでしょう。
さもなければ、出入国カードを突合される危険をメンデス(ひいてはCIA)があえて犯すわけがなかったはずです。
そこまで、イラン情勢を読んでいたはずのメンデス(ひいてはCIA)が、ではどうして、あのような大がかりなカバーストーリーをでっちあげたのでしょうか。
しかも、でっちあげておいて、どうして米国の制作会社を仕立てあげるなどという愚を犯したのでしょうか。
私からみると、メンデス(ひいてはCIA)には到底及第点はつけられません。
この映画の中でも、CIAが、イラン革命が起こる直前にイランで革命が近々起こる可能性はない、と分析していた、という話が出てきます。
これは事実だったという記憶があります。
やはり、CIAの能力、というか、国際オンチの米国の国際情勢把握能力ないし諜報能力はこの程度だ、と思った方がよさそうですね。
最後に蛇足ですが、この映画の字幕で、’US Foreign Service’を「外務局」と何度か訳しているのが大変気になりました。
’US Foreign Service’って米国務省そのもののことを指す言葉だからです。
http://en.wikipedia.org/wiki/United_States_Foreign_Service
もうすぐ、日本でこの映画が公開されますが、ご覧になる方、この訳が直っているかどうか、確認してお知らせいただければ幸いです。
そもそも、鑑賞する価値がある映画なのかですって?
それは、鑑賞する姿勢による、とお答えしておきましょう。
(完)
映画評論35:アルゴ(その3)
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