太田述正コラム#0140(2003.8.13)
<世界地図から消えた日本・・ICISSレポートの衝撃>
泥沼化した紛争の下で苦しむ住民を救うという人道的観点から、コンゴ民主共和国東部やリベリアに国際治安維持部隊が派遣され、話題になっているおり、主権国家内への人道的観点からの一方的な軍事介入の是非(いわゆる「人道的介入問題」)について論じた報告書、「保護する責任」(The Responsibility to Protect)・・「介入と国家主権に関する国際委員会」(ICISS=International Commission on Intervention and State Sovereignty)が2001年12月18日公表・・に目を通してみることにしました。
最初にこの報告書が結論として打ち出した人道的介入の要件をご紹介しておきます。
(以下、この報告書に関しては、http://www.dfait-maeci.gc.ca/iciss-ciise/report2-en.asp(8月12日日アクセス)による。)
1 大義(Just Cause)が存在すること
大規模な人命の損失(large scale loss of life)、または大規模な「民族浄化」(large scale ‘ethnic cleansing’)が生じているか、或いはまさに生じようとしていること、すなわちかかる事態の解消、或いは回避が求められていること
2 介入が抑制的に(Precautionary Principlesにのっとって)行われること
(1)介入の主たる目的が1に言う大義の達成である(Right intentionである)こと
(2)介入が最後の手段(Last resort)であること
(3)介入の規模、期間、激しさ(intensity)が大義達成の観点から必要最小限度(Proportional means)であること
(4)少なくとも、非介入の場合と比較して介入した場合の方が、より大義を達成する可能性が高い(Reasonable prospectsがある)こと
3 介入が正しい権威(Right Authority)に基づいて行われること
介入が、第一義的には国連安全保障理事会、それがだめなら国連総会の緊急集会による平和のための結集決議プロセス、それもだめなら国連憲章第八章に基づく地域機構(注)、による承認を得て行われること
(注)NATO、OAS等
4 介入が適切な作戦方針(Operational Principles)に則って行われること
明確な作戦目的の確立、指揮の単一性の確保、漸進的な作戦の遂行、比例の原則及び国際人道法の遵守をおりこんだ明確な交戦規則(rule of engagement)の採択、介入部隊自身の防護の自己目的化の回避、人道的支援団体とのできるかぎりの調整、を旨として作戦が行われること
いかがでしょうか。きわめて常識的であると同時に含蓄のある結論だと思われませんか。
それはいいのですが、私がショックを受けたのは、この重要な報告書が全く日本や日本人の関与なくして取りまとめられていたことです。
ICISSは、コフィ・アナン国連事務総長の問題提起を受けて、2000年9月にカナダ政府によって設けられました。
(デクィエル国連事務総長によって1983年に設けられ、1987年に報告書を公表した「環境と開発に関する世界委員会」(World Commission on Environment and Development。いわゆるブルントラント委員会。ブルントラントは当時のノルウェーの女性首相。http://www.who.int/dg/bruntland/en/(8月13日アクセス))が思い起こされます。違いはICISSが国連の外に設けられたことです。これを国連の無力化のあらわれと見るか、テーマのむつかしさのためと見るか、興味深いところです。)
委員会の共同委員長は、オーストラリア人とアルジェリア人、10名の委員はカナダ人x2、米国人、ロシア人、ドイツ人、南アフリカ人、フィリピン人、スイス人、グァテマラ人、インド人。・・アジア代表はフィリピン人とインド人!
顧問団のメンバーは、カナダ人x2、チリ人、英国人、米国人x3、ポーランド人、メキシコ人、エジプト人、ギリシャ人、タイ人、南アフリカ人、アルゼンチン人。・・アジア代表はタイ人!
研究員は、米国人x3、ジンバブエ人、カナダ人、英国人x2。・・研究員達こそICISSの中枢だろうが、アングロサクソン及び旧アングロサクソン植民地の人間のみ!
委員会開催地は5カ所で、オタワ(カナダ)、マプト(モザンビーク)、ニューデリー(インド)、ウェークフィールド(カナダ)、ブリュッセル(ベルギー)。・・アジア代表はインド!
聴聞会開催地は11カ所で、オタワ(カナダ)、ジュネーブ(スイス)、ロンドン(英国)、マプト(モザンビーク)、ワシントン(米国)、サンチャゴ(チリ)、カイロ(エジプト)、パリ(フランス)、ニューデリー(インド)、北京(中国)、サンクトペテルブルグ(ロシア)。・・アジア代表はインドと中国!
よくご覧いただけましたか。みごとなまでに日本ないし日本人は無視されています。
委員にドイツ人が入っており、しかも彼は委員の中で唯一職業軍人歴を持っていて、議論の過程で重要な役割を演じたであろうことが想像できるだけに、ドイツとともに、第二次大戦の時の連合国=United Nations=国連、の旧敵国の一つである日本の存在感の薄さがきわだっています。
世界第二の経済大国にして国連分担金負担率が米国に次いでダントツの二位の日本も形無しですね。
時あたかも、日本の特許の国際出願件数がついにドイツを抜き、米国に次ぐ第二位に浮上したというニュースが報じられており(http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20030813AT2M1201H12082003.html。8月13日アクセス)、企業人たる日本人や技術者たる日本人が、日本経済が停滞しているといっても、今もなおどんなに頑張っているかが分かります。
これにひきかえ、あらためて日本の政治家、官僚や社会科学系の学者のだらしなさを痛感させられます。