太田述正コラム#5824(2012.11.4)
<フォーリン・アフェアーズ抄(その7)>(2013.2.19公開)
・トマス・ライト「海のならず者と国連海洋法条約–アジアの海を混乱させる中国と米上院」(同上)
 「トマス・ライト<は、>ブルッキングス研究所フェロー<です。>」(49)
 「ともにミット・ロムニーの副大統領候補として取りざたされたこともある、米上院のケリー・エイヨットとロブ・ポートマンが、(海の憲法とも言われる)「海洋法に関する国連条約(UNCLOS)」批准への反対を表明したことで、条約の批准はまたしても絶望的な状況になった。・・・
 議会によるUNCLOSの批准をもっとも強く求めているのが米海軍とビジネスコミュニティだ。ジョージ・W・ブッシュ政権も2007年に条約の批准を議会に働きかけたが、上院共和党はこれを拒絶した。・・・
 中国の強烈な自己主張に対するバランスを形作る<ために>、・・・台頭する中国が現状を不安定化させるのを阻む強靭な地域的枠組みを立ち上げることを強く求めるべきだろう。
 この意味において、UNCLOSの批准に反対する34人の上院議員<(注)>は、実質的に中国の肩をもっていることになる。上院議員たちは二国間主義、そしてアメリカが主導するアジア・太平洋秩序を損なう中国の単独行動主義を支持していることになるからだ。・・・
 (注)「上院議員 (senator) の定数は各州あたり2名ずつの100名・・・大統領から送付された条約を出席議員の2/3の賛成によって批准する。条約の条項を修正、若しくは批准に条件を付けることもできる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E4%B8%8A%E9%99%A2
 戦略的な環境で現実的に行動することよりも、自国の主権と行動の自由を守ることばかりを重視するUNCLOSに反対する34人の上院議員の行動に先例がないわけではない。
 彼ら同様に、第二次世界大戦後にマーシャル・プラン、トルーマン・ドクトリン、新たな同盟関係の形成に反対した上院議員たちもいた。当時の上院議員たちも、そうしたコミットメントのコストを問題視し、アメリカの行動の自由が制約されると考えた。
 ・・・ハリー・トルーマン大統領<による>・・・正攻法の説得では、上院を納得させることはできなかった。こうしてトルーマンはソビエトの脅威を引き合いに出して、自分の戦略への議会の支持をまとめ上げた。
 現在も、正攻法の説得では上院の理解を得るのは難しい状況にある。また、脅威を引き合いに出して、議員たちを説得するのも難しい。第1に、現在の中国はかつてのソビエトほどの脅威ではない。第2にアメリカとアジアの友好国が中国との間で抱える問題を解決するには、中国との(接触を閉ざすのではなく)同じ枠組みに参加する必要がある。そうしない限り、アジアは混乱と不安定化への道をたどることになる。米上院議員の3分の1がこの事実を認識していないのは憂慮すべき事態だろう。」(49~53)
→「第2」が説明になっていないのはともかくとして、「第1」については、中共は、かつては、米国にとって最大の敵であったソ連の敵であったことから、米国によって敵の敵たる味方として取り扱われ、改革開放以降は、米国にとって(かつてのソ連とは違って)投資や輸出先として利益にもなっており、しかも、中共の戦力(とりわけ戦略核戦力)は、まだまだ米国から見て大したものではないから、ということです。
 さて、UNCLOS問題一つとっても、大統領制が、上院と下院のねじれに加えて、大統領と議会のねじれを生むことがあり、そうなると政策が全く前に進まないということになる、という深刻な問題を抱えていることがよく分かろうというものです。
 (日本で首相公選制を唱える人々は、仮に衆議院と参議院のねじれを解決する措置が講じられたところで、この、ある意味で、より深刻なねじれを日本で発生させるつもりなのか、と言いたくなります。
 日本の地方公共団体は首長公選制ですが、地方自治においてはイデオロギー的な対立の要素が余りないので、首相公選制の参考にはなりません。)
 もう一つ指摘すべきは、米国の国力の相対的低下が著しい今日においても、米国の指導層の相当部分が、その自覚に乏しく、米単独主義(ユニラテラリズム)がまかり通るという傲慢な錯覚を抱いていることの危うさです。
 中共は、国連海洋法条約に加盟しながら
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E6%B4%8B%E6%B3%95%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%80%A3%E5%90%88%E6%9D%A1%E7%B4%84
そのルールを恣に「解釈」して傍若無人な振る舞いに及んでおり、そのことで直截的な迷惑を蒙っているのは日本を初めとする中共周辺の国々であるところ、日本政府は、強く米議会に対し、批准を求める働きかけをなすべきでしょう。
 属国日本の政府が、何もやっていないように見えるのは、当然なのかもしれませんが・・。(太田)
・マイケル・C・デッシュ「イランではなく、イスラエルに対するレッドラインを設定せよ」(同上)
 「マイケル・C・ディシュ<は、米>ノートルダム大学教授<です。>」(65)
 
 「アメリカは(他のNATO加盟国同様に)「メンバー国への攻撃を自国への攻撃とみなし、武力行使を含めて集団防衛をとること」にコミットしている。<ただし、>攻撃にどのように対応するかは、攻撃された国ではなく、各メンバーが決定する・・・。
 オーストラリア、日本、フィリピン、ニュージーランド、韓国のような「非NATOの同盟国」が攻撃された場合も、アメリカは「憲法手続に即して」対応することを約束しているだけだ。・・・
 だがイスラエルに対する安全保障コミットメントは介入に対するリスクヘッジも法的拘束も少なく、アメリカが、想定できるいかなる脅威からもイスラエルを守ることが前提とされている。・・・
→ただし、これは法的なコミットメントではないことに注意が必要です。(後出)(太田)
 ワシントンは1948年以降、<イスラエルに>1600億ドルを超える援助を提供しており、その多くが軍事援助だ。
 ・・・アメリカの軍事援助のほぼ60%がイスラエルを対象としており、その規模はイスラエルの国防支出の20%に相当する。ワシントンは、他の援助供与国に対しては、援助をアメリカの軍需産業からの調達に充てるように条件づけていることが多いが、イスラエルには資金を国内の軍需産業からの調達に用いることも認めている。・・・
 <また、>ミサイル防衛をめぐる協調ほど、イスラエルとアメリカの特別な関係を物語る領域はないだろう。」(66~67)
→このキリスト教原理主義の影響の強い米国とユダヤ教という本来的に原理主義的な宗教の信徒からなるイスラエルの異常に緊密な関係は、(キリスト教とユダヤ教が共有する)旧約聖書に基づく選民意識を両国民がそれぞれ抱いていること、また、旧約聖書と新約聖書中のヨハネの黙示録から、ユダヤ人の先祖の地、イスラエルへの帰還が、キリストの再臨の前提であると解釈できる
http://d.hatena.ne.jp/believer777/20100824
http://users.astone.co.jp/ohsakazion/kirisutokyou-n-13.html
ことに起因しており、戦後の歴代米国政府は、安全保障上、イスラエルをあたかも米国の一部であるかのように扱ってきており、イスラエル防衛のコミットメントを、あえて条約化する必要がない、ということなのだと私は考えています。
 米国とイスラエルの間の安全保障条約の不存在について、これを政治的・軍事的に説明しようとする試みがあります
http://blogs.yahoo.co.jp/kokusaijoho_center/7855355.html
が、私は、もっと根底的なところで理解すべきだ、と言いたいのです。(太田)
(続く)