太田述正コラム#0147(2003.9.5)
<スペイン・ラテンアメリカとは何か(その3)>
(例によってコラム#146の誤植等を直してあります。http://www.ohtan.netの時事コラム欄でご確認ください。今回も引き続き昔の話です。現在の国際情勢の話で、ここが知りたいという読者の方がおられれば、メールをohta@ohtan.netに下さい。ご質問、コメント等もお待ちしています。)
2 ラテンアメリカの形成
ラテンアメリカの形成が、実はオール(汎)西欧的な営み、より正確には汎西欧的フレームの下における個々の西欧人の欲望追求の営み、であったなどと指摘したため、スペインの輝かしい歴史が貶められたとして非難囂々の声をスペインで引き起こした(注)のが、コラム#131でも紹介した、米国の著名なスペイン史家ヘンリー・カーメン(Henry Kamen)が書いた「スペインの帝国への道」(Spain’s Road to Empire, The Making of a World Power 1492-1763, Penguin Books 2003(ハードカバー本は2002年))です(http://hnn.us/comments/9646.html。9月5日アクセス)。
(注)とはいえ、カーメンを非難したのは旧カスティリャ等の保守主義者達であり、言語もそれぞれスペイン語(カスティリャ語)と異なり分離主義的傾向のあるバスク地方やカタロニア地方では、逆にカーメンの指摘は歓迎された。
一旦そんな説があることを知ると、カーメンの本を読むまでもなく、以下のような理由から、ラテンアメリカの形成は確かに汎西欧的営みであったかもしれないなという気がしてきます。
第一に思い出すのは、スペインの新大陸における植民地の形成は、殆どすべてカルロス一世のスペイン治世時代(1516-56年)に行われたことです。
(スペインにやや先駆け、平行して行われたポルトガルの海外進出については、話がややこしくなるのではしょりますが、ブラジルや後の時代のアンゴラ、モザンビークを除いては、基本的に交易拠点の確保、という形をとったこと等、スペインの場合とは様相が少々異なります。)
1519-20年のコルテスの遠征(マヤ帝国を滅ぼした)、1519-22年のマゼランの世界周航、や1531-33年のピサロの遠征(インカ帝国を滅ぼした)は、すべてカルロス一世によって認可された事業でした。
カルロス一世以降のスペインが新たに獲得した海外領土としては、わずかにの息子のフェリペ二世の時のフィリピンがあるだけです。(フェリペ二世らのスペイン王がポルトガル王を兼ね、ポルトガルの海外領土も掌握した一時期(1580-1640年)がありますが、これは別の話でしょう。)
さて、第二に思い出すのは、このカルロス一世とは、神聖ローマ帝国皇帝のカール五世(=チャールス五世。在位期間は、1519-56年)その人であることです。
では、カルロス一世=カール五世はどんな人だったのでしょうか。
彼はハプスブルグ家の神聖ローマ帝国皇帝マキシミリアンの男子(フィリップ美公)とスペイン王フェルディナンド=イサベラの女子(狂人ファナ)の間の子供であり、祖父の時代にハプスブルグ家の領土になったフランドル地方(ベネルックス地方)で育ち、フランス語が母国語です。そして彼の訓育担当者は、後に教皇となったフランドルの神学者でした。
彼は父方の祖父母からオーストリアとブルゴーニュ(=ブルグンド≒フランドル)等を、そして母方の祖父母からスペインと両シシリーとナポリ等を相続します。(ただし、1522年に彼は弟のフェルディナンドにオーストリアを含むハプスブルグ家の旧領を譲っています。このフェルディナンドがカールの次の神聖ローマ帝国皇帝になります。)
皇帝となってからの彼の生涯は、ハプスブルグ家の覇権に挑戦するフランスとの抗争、陸上(東欧と北アフリカ)と(地中)海上にわたったオスマントルコとの抗争、更には生まれたばかりのルター派の「弾圧」やルター派諸侯との抗争等ドイツ圏内の問題の処理、果ては教皇との抗争、などのための東奔西走にあけくれたものでした。
ですから、彼がスペイン固有の問題の処理のために費やすことのできる時間は限られたものでした。
以上の二点だけでも、「スペインによる」新大陸における植民地の形成は、「西欧による」と言い換えてもよさそうだな、という気がしてきませんか。
(以上は、The Times Atlas of World History, Times Books Limited, 1986, PP156-159 や「栄光のハプスブルグ家展」東武百貨店展覧会カタログ 1992年 19-38頁、更にhttp://www.kfki.hu/~arthp/tours/spain/charles5.html(8月29日アクセス)等を参照した。)
それでは、カーメンの本でだめ押しをしておきましょう。
(続く)