太田述正コラム#5934(2012.12.29)
<フォーリン・アフェアーズ抄(その10)>(2013.4.15公開)
1 始めに
TAさん提供の表記をご紹介するところの、第5部です。
2 Foreign Affairs Report, November 2012, No.11
・ロバート・ロス「中国を対外強硬路線へと駆り立てる怖れと不安–アジアシフト戦略の誤算とは」
「Robert S. Ross<は>アメリカの中国研究者。ボストン・カレッジ教授(政治学)でハーバード大学フェアバンク中国研究センターのアソシエート<です。>」(15)
「2009年以降、中国は近隣諸国を離反させ、各国の懸念を掻き立てるような行動をとり始めた。・・・
北京の強硬外交は新たに手に入れたパワーを前提とする自信に派生するものではない(北京の指導者たちは、中国の軍事力はアメリカのそれに比べて、依然として大きく見劣りすることを理解している)。強硬路線は、むしろ、金融危機と社会騒乱に悩まされていることに派生する中国政府の不安に根ざしている。
経済成長を通じて民衆の政治的支持をあてにできた時代はすでに終わり、しかも中国は経済・社会問題に直面している。シンボリックな対外強硬路線をとることで、北京はますますナショナリスティックになっている大衆をなだめ、政府の政治的正統性をつなぎとめようとしている。・・・
<しかし、>ペンタゴンが発表した中国軍に関する2011年のリポート<は、>中国軍の兵器システムのなかで近代兵器とみなせるのは、艦船の海洋戦力、空軍戦力、対空防衛戦力の30%未満、潜水艦隊の攻撃能力の55%程度であると指摘している。要するに、中国軍にはアジアの海洋における米軍の支配的優位に挑戦する力はなく、当然、地域的なパワーバランスを覆せるような力はない。・・・
<他方、>2008年末に国内の失業率が急上昇し、中国もグローバル金融危機の余波から逃れらなかったこと<が判明するとともに、>・・・インフレが市民の生活を追い込むなか、・・・格差が広がった。・・・
<このような背景の下、>中国政府が発表した統計によれば、2008年当時は12万件だった「5人以上のメンバーによる社会秩序を乱す」社会騒乱の数は2010年には18万件に増えていた。・・・」(6~9)
→ここまでは、完全に私の分析と同じです。(太田)
「<それなのに、ワシントンは東アジア大陸での軍事プレゼンスを強化することで、不必要に中国を脅かしている。
北朝鮮の脅威に対処するのに、これまでのような大がかりな米軍の支援を必要としていないことを認識したブッシュ政権は、韓国の駐留米軍の4割を撤退させ、ソウルと非武装地帯の間に米軍を配備するのを止め、米韓合同軍事演習の規模と回数も少なくした。だが、オバマ政権はこの流れを完全に覆した。・・・
さらにワシントンは、南シナ海に接する諸国との協調も強化している。・・・
たしかに、中国のナショナリスト外交に対抗して、アジア諸国との防衛関係を強化するのをワシントンが手控えたとしても、それで中国の指導者が満足することはなかったかもしれない。だが、アメリカの安全保障のためにはそうした自制が必要だった。アメリカは中国の国境周辺には重要な安全保障利害をもっていないし、歴代の米政権がとったバランスのとれた路線に立ち返る必要がある。・・・
すでに中国も対抗策をとっている。核を放棄させようと平壌に働きかけるのを止め、2011年以降は、食糧援助を増やし、北朝鮮からより多くの鉱物資源を購入している。中国は、北朝鮮の鉱山、インフラ、製造業に大規模な投資さえしている。さらに中国が北朝鮮の核開発をめぐる6者協議を支えるのを止めたために、いまやワシントンは、平壌との2国交渉しか選択肢がない状況に追い込まれ、一方で、北朝鮮は核開発を今も続けている。
<これに対し、>中国軍はアメリカとの防衛協調を模索した近隣諸国に直接・間接に圧力をかけている<し、>・・・領有権論争のある海域と島嶼群でのプレゼンスを強化している。・・・
これらの展開はすべて、ワシントンのアジアシフト戦略がアジアの安定に寄与していないことを意味する。それどころか、この戦略はアジアにおける緊張を高め、紛争が起きやすい環境を創り出している。・・・
<すなわち、>これまでとはちがって、現在のワシントンは、アメリカの利益にとって重要でないものを含めて、中国が国境を接する地域に有する正当な安全保障利益に配慮しなくなった。中国を脅かし、シンボリックな価値しかない島や海域への中国の領有権の主張にさえ反対するワシントンの行動を前に、中国の指導者は、台頭する中国が安全保障を確保するには強硬路線をとるしかないと確信するようになった。
ここにアジアシフト戦略の皮肉がある。台頭する中国を牽制するはずの戦略が、むしろ中国の好戦性を助長し、米中協調への双方の確信を損なってしまっている。・・・」(12~13、15)
→最初に結論から申し上げますが、少し前に(コラム#5905で)
「ボクが開陳した野田の外交・安保戦略のホンネなんて、このところ外国の風にあたってないために、外交・安全保障感覚が若干風化してるボクなんかより、中共当局の方がよほど前から的確に見抜いていたに相違ない。つまり、野田が、対米配慮もしつつ脱吉田ドクトリンに向けて着々と布石を打って来たことに、中共当局は、危機意識を募らせ、だからこそ、尖閣購入に野田が動き出した時に、これを石原の動きを奇貨とした実効支配強化策だと深読みして、過剰なまでの反応をした、と考えられるんだな」
と記したところ、これに準えて申し上げれば、
「ボクが<これから>開陳<するオバマ>の外交・安保戦略のホンネなんて、このところ外国の風にあたってないために、外交・安全保障感覚が若干風化してるボクなんかより、中共当局の方がよほど前から的確に見抜いていたに相違ない。
つまり、<オバマ>が、<日本の>脱吉田ドクトリン<を実現すべく、>着々と布石を打って来たことに、中共当局は、危機意識を募らせ、だからこそ、尖閣購入に野田が動き出した時に、これを<米国と連携した>策だと深読みして、過剰なまでの反応をした、と考えられるんだな」
と総括できることに、このロバート・ロス論考を読んでいて、(ロスの主張とはむしろ正反対ですが、)気が付きました。
どういうことか、ご説明しましょう。
オバマは、
一、(日本が独立させたところの)インドネシアと(日系人の多い)ハワイで少年時代を過ごし、(米国の人種主義を激しく糾弾する)ライト牧師をメンターとして、(人種主義の)米国が日本に対米開戦を強いて、原爆投下を含む大きな災厄を日本に与えた挙句、東アジアを共産主義に熨斗を付けて献上してしまった上、日本をして米国の保護国へと身を窶させた、いう原罪を背負っていることを重々承知しているはずである、
二、米国の国力の相対的低下は不可避であってしかも急速に進行中であり、また、既に米国が財政危機に直面している、ということを痛切に自覚しているはずである、
三、中共が深刻な国内的困難に直面しており、また、その軍事力は見通しうる将来にかけて米国にとってどころか、日本にとってすら脅威たりえないこと、を熟知しているはずである、
四、平和志向が極めて強い(それを見抜いたからこそ、ノーベル委員会はオバマに平和賞を先回りして授与した)、
にもかかわらず、どうして日本を含めた東アジア/豪州から米軍を更に撤退させるどころか、むしろ、米軍のプレゼンスを強化しようとしているのか、私は理解に苦しんでいたのです。
しかし、オバマが日本を自立させることを、その外交安全保障政策の(最大の目的とまで行かなくても)目玉の一つとしている、と仮定すれば、全てが矛盾なく説明できるではありませんか。
すなわち、オバマは、あえて、「アジアにおける緊張を高め、紛争が起きやすい環境を創り出」す「戦略」を追求(ロス)することでもって、日中関係を悪化させ、日本に自立を強く促すとともに、中共の(自立に向かって動き出した日本に対する)無力さを際立たせることで当局の国内的権威を失墜させ、その早期瓦解の可能性を高めようとすらしている、と読むわけです。
こうなると、野田前首相は、このようなオバマの対アジア政策について、私よりもずっと早く読み切った上で、(私がかねてより注目し高く評価してきたところの、)オバマの期待に沿ったものとも言える、野田流安全保障政策を推進して来たのかもしれないな、という思いが頭をよぎりました。
仮にそうだったとすると、オバマが、去り行く野田首相に対し、「日米関係への貢献に感謝したい」と謝意を表明した(コラム#5931)ことがより深いところで腑に落ちるというものですが、さすがにこれはやや野田前首相を買いかぶり過ぎかもしれませんね。(太田)
(続く)
フォーリン・アフェアーズ抄(その10)
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