太田述正コラム#5946(2013.1.4)
<クルド人の国の誕生近し?(その1)>(2013.4.21公開)
1 始めに
 私は、以前から、クルド問題がこのところ、大きな転換点を迎えつつあるという気がしつつも、その方向性を絞り切れなかったところ、TAさん提供のForeign Affairs ReportのNovember 2012, No.11、December 2012, No.12の中にも、クルド問題を扱った論考がそれぞれ一篇ずつあったのですが、この二篇を読んでも、むしろ、疑問が深まるばかりだったのです。
 しかし、本日、下掲のロサンゼルスタイムスの記事
http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-hirst-kurds-iraq-syria-20130104,0,1540675.story
を読み、ようやく、腑に落ちたので、コラムにすることにしました。
 なお、最初に、クルド人の現状について、また、クルド人のつい最近までの数奇、かつ苦難の歴史について、あらかじめ、ウィキペディア等で頭に入れておいていただいた方がよかろうと存じます
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%89%E4%BA%BA
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3 (←余りできが良くない。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%95%E3%83%83%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B3
2 Foreign Affairs Reportの二つの論考
 (1)ジュースト・ヒルターマン「クルド人の夢と挫折」
 「Joost R. Hiltermann<は、>国際危機グループ(ICG)中東・北アフリカ研究副部長<にして>・・・MIT・・・研究員。>」(92)
 「イラクのクルド人自治区<の>・・・マスード・バルザニ自治政府議長・・・は・・・2011年10月には初めて石油メジャーであるエクソンモービルと石油探査契約を結ぶことに成功した(この契約に憤慨した<イラク中央政府の>マリク政権は同社に制裁措置をちらつかせた)。・・・
 さらにクルド原油に強い関心を示しているトルコも、パイプラインさえ整えばバグダッドの頭越しに投資する準備があると示唆した。イラクがシリアの現<在のアサド>体制を支持していることもあって、(シリアと対立している)トルコのエルドアン首相とマリキの関係は既に悪化しており、トルコがクルドと直接取引をするようなことになれば、両国の関係は一段と冷え込むだろう。・・・
 マリキとの関係が改善する見込みが乏しいなか、バルザニは、これまで自国内のクルド人を厳しく取り締まってきた歴史を持つトルコを後ろ盾として頼みとするようになった。トルコはイランに対する緩衝地帯として、またトルコ国内のクルド人の独立機運を抑える手段として、イラクの領土保全をこれまで支持してきたが、エルドアン政権は既に路線を見直している。
 トルコは2008年以降、イラク・クルド地域への民間投資を奨励し、クルド自治政府との経済的関係の強化を模索するようになっきた。一方で独裁色を強めるマリキがイランの傀儡のように振る舞うようになるにつれて、トルコ政府とマリキの関係は悪化している。
トルコはどこまで思い切った路線転換をするつもりなのだろうか。イラクの領土保全という、「プランA」を完全に捨てて、イラクのクルド人やスンニ派との関係強化という「プランB 」に完全に乗り換えるつもりなのか。(ただし、プランBの場合、イラクの解体が促され、その余波が国内に飛び火してくる恐れがある)。
既にアンカラのレトリックには変化が見られる。トルコ政府高官は、イラクが領土保全を維持するのが「望ましい」という表現にとどめるようになった。またエルドアンはバルザニに対して、バグダッドから武力攻撃を受けた場合、トルコ軍がクルド自治区の防衛にあたると約束したとも言われている。こうした環境下、トルコのダウトオール外相が2012年8月にキルクークを電撃訪問すると、イラク政府は怒りを隠さなかった。トルコ側にその意図はなくても、バグダッドはキルクークの管轄問題でトルコがクルド自治政府の立場を支持していると解釈したからだ。
これに対抗するためか、マリキはキルクークに新たな軍事本部を設置する計画を発表するなど、この石油都市の軍事化を画策している兆候もある。一方、バルザニは、トルコがバグダッドを無視するように仕向けるために、強力なインセンティブを用意した。それは「現在建設中のパイプラインを経由して日量100万バレル以上の原油をトルコに送る。トルコ南東部の国境沿いにおける安定したスンニ派地域としてバグダッドに対する緩衝地帯となる。クルド人独立運動がシリアのクルド人地域に飛び火しないように配慮する」という三つの約束だった。・・・
トルコの指導者たちは、深刻なジレンマに直面している。シリア危機が深刻化するにつれて、トルコ、イラン、イラク、シリアの4カ国に散らばるクルド人がどれだけ力を得るのか、予断を許さない状況にある。たしかに、バグダッドとの関係が冷え込んでいる以上、エネルギー資源を必要としているトルコが、 マリキ政権の承諾を得ずにクルドから直接原油を買いつける可能性もある。そうなればクルドはますますバグダッドから離反し、アンカラへの傾倒を強めていく。
しかしそれでもクルド人国家は誕生しないだろう。結局のところ、クルドはイラクにとどまり、当面はそのなかで独自性を強めていくしかない。混乱に満ちたクルドの歴史を考えれば、それでも非常に大きな進歩であり、これを、さらに好ましい状況を手に入れる基盤にできるかもしれない。」(86~87、91~92)
→現在のトルコは、スンニ派イスラム色を帯びたところの(EU加盟を追求している)自由民主主義的国家であり、エネルギー輸入国でもあり、かつ、深刻なクルド人問題を抱える国でもあります。
 エルドアン政権がイラクのクルド人自治政府に接近しているのは、イラクの現政権がシーア派政権で、かつその背後に非自由民主主義国家である(同じくシーア派の)イランが控えているからであり、合わせて安定的なエネルギー供給源を確保する狙いがあるからです。
 しかし、ヒルターマンは、トルコが国内でクルド人問題を抱えることから、イラクのクルド人地域の独立は(、イラクの現政権はもとよりですが、)阻止するだろうと見ているわけです。
 他方、そうだとすると、エルドアン政権のシリア反体制派への積極的肩入れをどう説明するか、という難問が生じるのでは、というのが私の感想でした。
 というのも、アサド政権が打倒されれば、内戦の過程で既に事実上の自治区となっているイラクのクルド地域が独立する可能性があり、それがイラクのクルド人地域の独立への動きに拍車をかける上、トルコ国内のクルド人問題に火をつける惧れがあるからです。(下掲論考参照。)(太田)
 (2)スティーブン・ハイデマン「トルコの反シリア路線と地域紛争リスク」
 「<ハイデマンは、>米平和研究所中東イニシアティブシニア・アドバイザー。」(97)
 「トルコのエルドアン政権の対シリア強硬策はトルコ国内で政治問題化しつつある。「このままではトルコはシリア内戦に引きずり込まれるのではないか」と多くの人が危機感を募らせているからだ。すでに、トルコ南部には、シリアから10万規模の難民が流入しており、シリアと戦争になった場合の社会的、経済的帰結が心配されている。
だからといって、トルコでシリアのアサド大統領が好ましく思われているわけではない。もちろん、バッシャール・アサドが宗派として帰属するアラウィ派とのつながりをもつトルコのアラウィ派コミュニティは例外だ(トルコのアラウィ派人口は2300万に達し<(注1)>、これはシリアの総人口に匹敵する)。だが、(7400万規模の)トルコ市民の多くは、シリアの反体制派を支持し、アサド政権を批判している。・・・
だが、これはトルコがこれまで標榜してきた近隣諸国との「ノープロブレム外交」の終わりを意味する。
 (注1)何かの間違いではないか。トルコ国内のクルド人は最大限見積もっても1,500万人程度だからだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AB%E3%83%89%E4%BA%BA 上掲
これまでトルコは、もっとも厄介な近隣国のイランに対してさえ、現実主義路線で接し、シリアのアサド政権とも緊密な関係を築いてきた。だが今やトルコは、近隣諸国との関係のすべてをシリアというレンズでとらえている。・・・
 2012年に入って、トルコのクルド人勢力による暴力的行動が急激に増えている。これはシリア内戦が、広くクルディスタン地域の政治に影響を与えているからだろう。アサド政権は、シリアのクルディスタン地方からはすでに手を引いており、トルコ政府、アメリカ政府がともにテロ集団に指定しているPKK (クルド労働者党)と同盟関係にあるシリアのクルド人勢力がここを事実上支配している。・・・
シリアのクルド国民評議会(KNC)は、国内のクルド地域に関してかなりの自治権を認めるような連邦制の導入を求めているが、一方でシリアのクルド地域の独立を求める声も聞かれる。トルコ政府は、そうしたシナリオが現実と化せば、トルコのクルド人地域にも流れが飛び火し、大きな混乱の火種になると警戒している。」(97~100)
→それなのに、どうしてトルコのエルドアン政権が、自傷的愚行とも言えるところの、シリアの反体制派への積極的肩入れを続けているのか、という疑問が一層募らざるをえません。
 何か決定的なファクターをこの二つの論考では見逃しているのではないか、というのが私の思いでした。(太田)
(続く)