太田述正コラム#0155(2003.9.15)
<国際情勢と企業のリスクマネジメント(その6)>
?? 結びに代えて・・国際情勢と企業のリスクマネジメント・・
国際情勢の変動については、既に指摘したように、相当の確度でこれを予想することができ、その予想をふまえてこれに適切に対処することが可能だ。しかも、仮にその対処の仕方に適切さを欠いたとしても、日本自身が国際紛争等の場となってしまったような場合を除いて、日本企業が致命的ダメージを受けるような可能性は低いと思われる。
他方、国際情勢の基調を把握できなかったり、把握したとしてもこれにそぐわない経営計画を立てたりすれば、企業の存立そのものが困難となる恐れなしとしない。
従って日本企業にとっては、国際情勢の基調を念頭において、どのようにリスクマネジメントを行っていけばいいのかが極めて重要だということになる。
これは巨大なテーマであり、一層の研究なくして結論めいたことを性急に言うのは控えるべきだが、方向性としては、私は次のように考えている。
戦後日本の政治経済体制は、戦前において、世界中から日本を包囲するように迫ってきていた、イデオロギー、政治、軍事、経済にわたる種々の脅威、に対処するためにとられた臨時の総動員体制が、経済復興と成長に適合的であったことから、戦後、外交・安保に係る部分を除いて、基本的に維持されたものだ。戦後においては、吉田ドクトリンなる「利己」的な国家戦略の下、外交・安保に係る部分は米国に丸投げされたことは既に指摘した。(これが前述した日本の縄文モード化だ。)
(全世界を舞台に繰り広げられているイスラム原理主義者の対米テロリズムに対処するため、米国は現在臨時の総動員体制をとっており、これに伴って国際協調の軽視やいきすぎた人権規制等さまざまな病理現象を引き起こしていること等、戦前の日本と類似点が少なからず見られる。)
総動員体制がとられる前の戦前の日本は、既に開放体制を信奉する国家として民主主義と資本主義が機能していたという点で、当時アングロサクソン以外では世界でほとんど唯一の国家だった。
現在の日本の最大の課題は、遅きに失した感なきにしもあらずだが、総動員体制の徹底的解除を行うことによって、開放体制を信奉する国家としての本来の姿で民主主義と資本主義が機能するようにすることだろう。このためにも日本政府のガバナンスを確立しなければならず、従って日本の保護国的状況の解消、すなわち日本の米国からの自立が急務となる。(これが前述した日本の弥生モード化だ。)
そしてその自立した日本が、「利他」に徹した国際貢献を行い、米国の病理現象をたしなめつつ、米英との連携の一層の強化を図り、あらゆる宗教原理主義に対して批判的態度を堅持するとともに、中国の開放体制への移行をうながしていくこと等が強く望まれる。
以上が、2で説明した国際情勢の基調をふまえ、日本がなすべきことである。
これを企業レベルに翻訳すると、総動員体制下で企業が従業員や取引先等のステークホルダーのものとされてきた観念をうち破るとともに、政官財の癒着関係を清算し、まずは企業が株主のものであるという資本主義の原点に立ち返ることだろう。
そうすることで、初めて日本企業は透明性を確保し、企業ガバナンスを確立することができる。
そして企業ガバナンスを確立して、初めてその企業は長期的に安定した収益を確保する方策を追求することができるようになる。
このような長期的方策の追求を通じ、日本企業は、地域社会や環境問題等に対する企業の社会的責任なるものが、決して企業の支払うべき「税金」ではなく、企業が長期的に安定した収益を確保するための「投資」であることを体得するはずだ。
以上を一言で言い表せば、ガバナンスの確立、そして「利己」主義から「利他」主義への転換こそ、冷戦終焉後の国際情勢の下でのグローバル化の時代における、日本と日本企業にとっての最大の課題であり、日本企業にあって、はこの転換を果たすことが、とりもなおさず、最大のリスクマネジメントだということだ。
(完)
?? (附録)コラム「国際情勢と企業のリスクマネジメント」連続掲載を終えて
このペーパーを書きあげた8月中旬、友人や知人に読んでもらったところ、次のようなもののほか、多数のご意見が寄せられました。
1 企業が「利他」主義であっては資本主義は成り立たないのではないか。
2 国際情勢分析があたったかどうかは結果論にすぎず、あまりこだわるようなことではあるまい。
3 国際情勢が予測できれば株でもうけられるかもしれないと指摘しているが、だからどうだというのだ。
4 縄文モードという言葉で現在の日本を説明しているのは大変分かりやすい。
ご意見をお寄せいただいた方々に改めて感謝申し上げるとともに、上記中の批判的なご意見1??3に対する私の簡単な感想を記します。
第1について
長い歴史を通じて社業を発展させてきた会社の社訓(下掲)を見れば、「利他」主義を謳っているところばかりであることが分かります。
三菱商事三綱領(岩崎小彌太):??所期奉公(社会のために貢献すること)、??処事光明(公明正大な行動をとること)、??立業貿易(グローバルな視野で行動すること)(http://www11.ocn.ne.jp/~tandc/sakusei/freim309.html。9月13日アクセス)
住友家憲:自利利他公私一如(http://www11.ocn.ne.jp/~tandc/sakusei/freim307.html。同上)
高島屋家訓:??確実なる品を廉価にして販売し自他の利益を図るべし、??正札掛値無し、??商品の良否は明らかに、これを顧客に告げ、一点の偽りあるべからず、??顧客の待遇を平等にし、いやしくも貧福貴賎によりて差等を付すべからず(http://www11.ocn.ne.jp/~tandc/sakusei/freim302.html。同上)
たかが社訓と言うなかれ。
「利他」主義を謳う社訓を持ってはいても、これを守らなかった企業は衰退する、といういい例が雪印です。
雪印の創業の精神:健土健民(豊かな国土づくりと、日本人の健康増進)(http://www.snowbrand.co.jp/brandmsg/ms1.html(同上)。なお、コラム#124参照)
第2について
経済のマクロ分析を生業としている人のご意見だけに、思わずずっこけてしまいました。
経済の予測があたるかどうかは重要なことだけれど、国際情勢の予測があたることはどうでもよい、ということなのでしょうか。ひょっとすると、経済の予測があたるかどうかも重要なことではないと考えておられるのかも。
いずれにせよ、きちんと理由を挙げて社会現象を予測する営みに対しては、シンパシーを持って正当な評価をしていただきたいものです。
第3について
証券業界の複数の方のご意見ですが、大変違和感を覚えました。
私自身は株を殆どやったことがありませんが、仕手筋はもとより、個人投資家の大部分が投機目的で株式投資をやっているのは常識でしょう。株式市況がいつ頃どのように変化するかを前もって知りたいという、これら顧客の切実なニーズにこの方々は答えようとする商売気をお持ちでないのでしょうか。そもそも、国際情勢分析に基づく予測は、内部情報でも何でもないのであり、堂々と顧客に教えてあげられるのですよ。
証券業界の方々が、仮にも投機が悪だなどと内心思っておられるとすれば、コラムの中でも取り上げた「国際情勢先物市場」のような発想が日本では出てくるはずもありません。それどころか、日本はやはり資本主義ではないということになりかねませんね。