太田述正コラム#0157(2003.9.18)
<外国人の日本株買い(補足)>
(??おかげさまで、私のコラムのメーリングリスト登録者数が300名の「大台」を突破し、現在302名です。次は500名、そして1000名が目標ということになりますが、気が遠くなりそうです。読者の皆さんの一層のご愛顧とご鞭撻をお願い申し上げます。??JMMへの私の投稿、握りつぶされたようですね。村上龍サンもガッツないねえ。)
前回のコラム(JMMへの投稿)に対し、ある銀行にお勤めの読者から、「最近の日本株上昇の背景について」と題して、
「・・今回、掲題について、やや気になりましたので、メールを送らせていただきます。株価は、日本だけでなく世界中で上昇しています。ドイツ、フランスも例外ではありません。私は、米国の味方と味方でない国を厳しく峻別するスタンスは、株価よりむしろ為替レートの推移に出ていると思います。」
というコメントがあったことは、既に私のホームページの掲示板でもお知らせしたところです。
(なお、このコメントの後段についてはご趣旨がよくわかりません。イラク戦の前から、有事のドル買いならぬ、ドルの下落(対ユーロレートの下落)が見られ、イラク戦後も弱含みであること、をどう解釈するかです。上記読者にもう少し突っ込んだ説明をしていただきたいところです。)
そこで株価の問題に焦点をしぼり、若干の補足をしたいと思います。
最初に、上記読者の揚げ足をとるようで恐縮ですが、
第一に、JMMの設問も、私の前回のコラム(JMMへの投稿)のタイトルも、いずれも「最近の日本株上昇」ではなく、「外国人の日本株買い」であったこと、
また第二に、私は外国人投資家が、「米国の味方と味方でない国を厳しく峻別」する投資行動をとっていると指摘したのではなく、彼らの「小泉政権の経済政策、ひいては日本経済に対して抱いていた不信感、不安感が払拭された」と指摘しただけであること、
に注意を喚起させていただきます。
1 二つの対イラク戦時の株価のV字型変化
上記読者は、「株価は、日本だけでなく世界中で上昇しています。ドイツ、フランスも例外ではありません。」と言っておられますが、これは1991年の湾岸戦争の時と同じであり、より正確に申し上げると、開戦前には株価が下がり、開戦後は株価が上がったという点で湾岸戦争時と今次イラク戦争時は軌を一にしています。(湾岸戦争の時の日本と米国の株価については、「大和総研 クオンツ情報 イラク問題と物色動向2002年11月14日」3頁による。独仏英の当時の株価については手元に資料がないが、日本の株価は下げ基調、米国の株価は上げ基調という正反対の背景(前掲2頁)の下で、湾岸戦争時にだけ両国の株価が連動したということは、それだけ戦争のインパクトが強烈であったことを意味する。従っておそらく、独仏英の当時の株価も同様の動きを示したであろうと私は推察している。)
株価がこのようにV字型に変化するのは、主要国において、開戦前は不安感のために株価が下がり、開戦後は(米国側によるすみやかな勝利が約束されていることもあり、)安心感が広がるためでしょう。
いずれにせよ、V字型の変化の後には、株価は、それ以前の趨勢線(後述)に復帰するわけで、米独仏英の株価が現在もなお上昇基調にあることは、当たり前のことなのです。
当たり前でないのは日本の株価が現在も上昇基調にあることです。
2 2000年から今年4月末までの主要国の株価の変化
(1)2000年から昨年10月までの変化
米独仏英の株価は、2000年に入る頃まで、ITバブルで続伸していました。しかし、2000年に入ってから間もなくバブルがはじけ、一斉に下がりはじめて昨年10月に至っています。その後、バブル崩壊の後遺症を脱して株価は一斉に上がり始め、今年に入ったあたりから今度は一斉に下がり始めてイラク開戦を迎えています。最後に言及した株価下降は、先ほど触れたところの開戦前の「定番」の下げにほかなりません。
他方日本の株価は、1989年末に過去最高値をつけた後の長期低落傾向が止まらず、1998年から1999年にかけて若干の回復は見られたものの、1999年に入ってから間もなく再び下降に転じてイラク戦争開戦を迎えています。
つまり、イラク戦争開戦を迎えるまでの日本の株価は基本的に続落を続けており、米独仏英の株価の動きと全く連動していませんでした。これは長期不況に悩む日本経済が世界経済のいわば孤児状況であったことを示すものです。
(http://news.ft.com/home/asia からリンクされている長期短期チャート及びhttp://finance.yahoo.com/m2?u からリンクされている短期チャート。なお、日本については、http://www.mainichi.co.jp/life/money/feature/kabuka-line/graph21.htmlも参照した(いずれも9月17日)。それにしても、フィナンシャルタイムズ(FT)の上記サイトに日本の株価のチャートが掲載されていないのは、ショックだった。)
(2)イラク戦争開戦から今年4月末までの変化
イラク戦争開戦が決定的になった今年3月中旬から、4月末までの株価の変化も、米独仏英と日本では大きな違いが見られます。
開戦の頃に株価がはねあがり、米英軍苦戦の報道がなされると下がり始め、バグダット向け大攻勢が始まると再びはねあがる、と言うところまでは米独仏英と日本の株価は連動するのですが、4月11日のバグダット陥落以降、米独仏英の株価は上昇を続けたというのに、日本の株価だけは下降し始め、4月28日にはバブル後最安値をつけたことです。その後の日本の株価の力強い上昇ぶりはご存じの通りです。(上記ヤフーのサイト及び毎日のサイト)
マクロ的に見ると、イラク戦争開戦後の日本の株価は、久方ぶりに主要国の株価と連動し始めたと言えそうであり、だからこそ私は前回のコラムで「日本の株が上がりだしたのは、・・イラク戦争が始まった3月中旬であった」と端的に申し上げたのですが、ミクロ的に見るとこのように、日本の株価はイラク戦争開戦後もしばらくの間は、極めて特異な動きをしたことが分かります。
3 日本の株価の特異な動きをどう理解するか
前回のコラムで、私は正確には「日本の株が上がりだしたのは、つまりは外国人の日本株買いが始まったのは、イラク戦争が始まった3月中旬であった」と申し上げたのであって、私は日本株のこの特異な動きを解明するカギは、外国人投資家の投資行動にあると考えています。
イラク戦争開戦の3月の第三週の外国人の東証買越額は565億円であり、その直前の第二週の売越額1259億円から、文字通りのV字型変化を見せています。これは前述の「定番」に従った投資行動であると同時に、もう一つの要因として、前回のコラムで述べた、彼らの世界観の変化があったと私は見ているわけです。(そう考える理由についてはすぐ後で述べます。)
ところが、この変化に冷や水を浴びせかけたのが国内投資家の行動です。そもそも、国内投資家の3月第三週の「売越額」は510億円であり、第二週の「買越額」は1183億円です。「」内に注目してください。日本の投資家は、「定番」に反する無茶苦茶な投資行動をとったことになります。
これに驚いたのか、外国人投資家は一転、3月第四週は918億円、4月第一週は522億円、同第二週は355億円、と売越に出ます。この間、改めて彼らの世界観の変化が正しかったかどうかを慎重に再検証したのではないかと思われます。その上で外国人投資家は、4月の第三週以降は一貫して買越を続けて現在に至っています。第四週末に上述したように日本の株価がバブル崩壊後最安値をつけた、すなわちそれだけ日本の国内投資家が売り続けていたにもかかわらず・・。(外国人投資家の4月の第三週の買越額は760億円、第四週の買越額は633億円。)
(以上のデータは、証券会社の友人から得た。)
私は、このような外国人投資家の行動は、彼らの強い意志、つまりは世界観の変化によってしか説明ができないと考えているのです。
4 結論
外国人投資家の日本株への投資行動の変化は、彼らの世界観(日本観、日本経済観)の変化によるものであり、この変化がタイムラグを伴いつつ国内投資家の心理に変化を及ぼし、それが株価上昇となって現れた、と私は考えています。
バブル崩壊以降の日本の10有余年は、確かに実体経済も悪かったけれど、日本人が必要以上に自信喪失に陥り、その結果、実体経済がより悪化するという悪循環の繰り返しの10有余年でもあったとも言えるでしょう。
この間、政治も行政も何もせずに漫然と日本の株価と経済の低迷を放置して来たけれど、米国のイラク政策への小泉政権の盲目的追随の予期せぬ結果として、外国人投資家の世界観の変化がうながされ、結果として現在の株価高がもたらされたということです。
前回のコラムでも申し上げたように、今後、日本経済において従来とは逆の好循環が定着するかどうか、それは一に係って小泉政権の今後のイラク政策にかかっているということになりそうです。
なお、前回のコラムで「経済はレール(時代)の上を走る機関車に過ぎず、いかなるレール(時代)の上を走るかを決定する転轍機の役割を経済が果たすことはありえません。<転轍機となるのは>世界観<の変化です>」と申し上げたところですが、この際若干敷衍させていただけば、「機関車が走るスピードだって、経済外的要因によって大いに左右されます。その経済外的要因の主要なものの一つは国際情勢の長期的基調の動向ないし国際情勢の短期的変動(コラム#150―#155)であり、国際情勢の短期的変動はポリティコ・ミリタリー(政治・軍事)の動向によってもっぱらもたらされる」ということだと思います。