太田述正コラム#5986(2013.1.24)
<フォーリン・アフェアーズ抄(その14)>(2013.5.11公開)
2 Foreign Affairs Report, January 2013, No.1 より
・エリック・X・リ「中国の台頭は続く–共産党の強さの源泉と中国モデルの成功」
 「リ(Eric X. Li)<は>中国の政治学者で上海に拠点をもつベンチャー・キャピタル企業チェンウェイ・キャピタルのメネージング・ディレクター<で。>シンクタンクのディレクターも兼務。」(18)
 「・・・衰退するのではなく、今後の10年間も、中国は台頭を続けるだろう。新指導相は一党支配体制をさらに固め、このプロセスを通じて、政治的発展と民主化に関する欧米での一般通念を覆していくことになるだろう。世界は、北京においてポスト民主主義の未来が開花するのを目撃することになるはずだ。・・・
 <他方、>・・・アメリカ国内のほぼすべての政治機構の正統性は崩壊しつつあった。2012年11月時点での、アメリカ市民の米議会の支持率はわずか18%、大統領のパフォーマンスへの指示も50%台、政治から独立している最高裁への支持率も過半数を下回っている。・・・
 <とはいえ、>中国の政治モデルが、代議制民主主義を補完することはあり得ない。欧米における代議制民主主義への認識とは違って、中国人は自国のモデルに普遍性があるとは考えていないし、中国モデルを輸出できるとは思っていない。だが中国モデルの成功は、政治統治のためのさまざまなシステムが、その国の文化や歴史と一体性をもっていれば、機能することを教えている。・・・
 <中国の>新体制が・・・政治腐敗・・・問題にどう取り組むつもりかを判断する目安の一つは、共産党の信頼性にとってもっともダメージの大きい、指導層内部の政治腐敗を調査することが・・・中国共産党の中央規律検査委員会(CCDI)・・・に認められるかどうかだ。
 メディアの政治腐敗関連報道も一定の役割を果たしている<が、>・・・メディアの一部も腐敗にまみれている・・・。・・・
 すでに政府は、政党で事実に基づく報道を保護し、誹謗中傷記事や事実を曲げた報道にペネルティを科して止めさせる報道法の導入を検討している。・・・
 <政治腐敗への対処にも資するところの、>党内民主化プログラム<として、>・・・胡錦濤政権は、当委員会ポストの競争を促す・・・試み・・・に着手し<た。>・・・
」(16~18)
→よくもまあ、フォーリンアフェアーズ編集者は、こんな、温家宝よりも反動的な言辞を弄し、しかも、(一家をあげて汚い蓄財に勤しんできた)温家宝と違って、自分の言辞を本当に信じている可能性の高い人物を探し出して、論考を書かせたものです。
 それにしても、同編集者が、サンドバッグ役(=恥晒され役)として自分に白羽の矢を立てたことに、恐らく気づかないほど、リはオメデタイ人物なのでしょうね。
 なお、下掲のファン論考は、このリ論考を徹底的に叩いているところ、ファン論考中、リの主張を引用している部分は、下掲の論考でとりあげることにしたことをお断りしておきます。(太田)
・ヤシェン・ファン「追い込まれた中国共産党」
 「ファン(Yasheng Huang)<は、>マサチューセッツ工科大学教授で、同大学のチャイナラボ、インドラボの所長。中国とインドの人的資本の形成をテーマに研究している。」(26)
 「・・・リ<が、中国共産党マンセー的な>判断<を下すの>は時期尚早かもしれない。
 彼は、中国人が政治的な現状の維持を望んでいる証拠として(世論調査の結果をみても)「民衆は国の方向性を全面的に支持している」と言う。だが、・・・政治的に微妙な内容を避けた質問を用意した、より包括的で洗練された世論調査では、・・・調査対象の72.3%が「民主主義体制を今導入するのが好ましい」と答え、67%が「現在の中国には民主主義がふさわしい」と答えている。・・・
 中国共産党の適応力に加えて、リは中国共産党の能力主義も称賛している。・・・
 <この関連で付言すれば、>リ<が称賛するところの、>・・・末端の政府役人・・・に改革路線、判断を現場にゆだねる補完性原理や連邦主義を認めた中国のやり方は、<実は、>機能する民主主義の基本要素でもある。
 <しかし、そんなことはあくまでも例外であり、>中国<では、>一般に、補完性原理や連邦主義を認めず、中央政府がすべてを統括<しているのだ。>・・・
→ここは、ファンが全く中共の国内体制の日本型政治経済体制的側面を看過していることを示しています。全般的にファンのリ批判はおおむね的を外れていないだけに、惜しまれるところです。(太田)
 <また、そもそも、>「中国の政治システムは能力主義を基礎としている」というリの主張に根拠<は>ない・・・。
 中国の政治・経済データを細かに検証した<研究によれば、>・・・「すぐれた手腕で経済パーフォーマンスを残した官僚のほうが、そうでない者よりも、昇進・抜擢される可能性が高いとみる根拠はない」と<いう>結論<が出て>いる。・・・
 リはトランスパーレンシー・インターナショナルのデータを引いて、多くの民主国家は中国以上に腐敗しているとも指摘している。・・・
 <しかし、>例えば、(民主国家である)インドで2010年に立ち上げられた、ウェブサイト・・・は、政府サービスを受けるためにオカネを払わされたケースを人々が匿名で通報できるようにシステムを組み、2012年11月の時点で、このサイトには2万1000件の政治腐敗の報告が寄せられている。
 一方、中国のネチズンが・・・同じ趣旨のサイトを立ち上げようとしたが、結局、このサイトは政府に閉鎖されてしまった。つまり、インドで2万1000件の政治腐敗の報告があったことと、中国の報告件数がゼロであることは比較しようがない。インドの政治腐敗のほうが中国よりもひどいと結論づけることはできない。だが、リは本質的にこれらを無視した主張をしている。
 たしかに、政治腐敗にまみれた民主国家も存在する。リが指摘するように、アルゼンチン、インドネシア、フィリピンは政治腐敗にまみれている。だが、民主化する前の数十年にわたって軍事独裁者がこれらの国を支配していた事実を忘れてはならない。独裁者たちは、新たな民主体制に付きまとう腐敗したシステムという遺産を置き土産にしている。
 政治腐敗を依然として根絶できていないことの責任を、独裁体制を引き継いだ民主体制の指導者に求めるのは仕方がないとしても、その現象と原因を混同すべきではない。世界的にみれば、権威主義体制のほうが民主体制よりもはるかに政治腐敗にまみれている。・・・
→フィリピンについては、マルコスには、先の大戦中の眉唾物の対日本軍戦闘「活躍」歴こそあるけれど、彼は軍人では全くありません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%82%B9
 ファンは校正ミスだと言うかもしれませんが、真理は細部に宿るとも言います。ファンは、マクロにおいて、中共の体制の日本型政治経済体制性が目に入らず、ミクロにおいてこのような初歩的な無知さを暴露したわけであり、先ほどは褒めたところですが、今回はフォーリンアフェアーズ編集者は人物選定を誤ったと言わざるをえません。(太田)
 中国よりも高い一人あたりGDPを達成しながらも、自由でないか、部分的にしか自由を実現していない国は25カ国あるが、そのうち21カ国は資源で国を支えている諸国だ。資源保有国という例外を別にすれば、国が豊かになるにつれて、民主化していくはっきりとした傾向がある。
→ファンは、感覚でモノを言っています。
 戦間期において、当時の先進国であったイタリアやドイツが非民主化しファシスト国家となった、という深刻な史実をよもやファンは知らないはずがありません。
 しかも、トウ小平以降の中共は、言葉の正しい意味でファシスト国家です。
 ナチスドイツが対外侵略政策をとらず、ファシスト・イタリアも第二次世界大戦に参戦していなければ、両国とも、いまだに民主主義に復帰することなく続いていた可能性が皆無ではない、といった思考実験をファンはすべきでした。(太田)
 民主主義の到来を予兆させるもう一つのシグナルは、現在の過熱気味の経済成長が今後スローダウンしていくのは避けられず、社会紛争が多発し、完了が政治腐敗に手を染めることが、ますます大きな問題とみなされるようになると考えられることだ。・・・」(20~21、23、25)
→中共の民主化、これは中共の崩壊と同値です、の可能性は、「民主化していく・・・傾向」などは忘れて、このような見地から研究されるべきでしょう。(太田)
(続く)