太田述正コラム#5988(2013.1.25)
<フォーリン・アフェアーズ抄(その15)>(2013.5.12公開)
・ライネッテ・H・オング「中国の不動産バブルと農民の不満」
「<オングは>トロント大学准教授<で、>著作に『中国の地方における信用・金融システム』がある。」(27)
「地方政府は土地を担保に資金を借り入れ、その後、この土地を売却、あるいはリースすることで得た資金を金利支払いに充てている。
これは、中国経済が不動産市場にもっぱら依存していることを意味する。住宅や土地の価格が大きく低下すれば、財政・金融危機が起きるリスクは高い。一方で、地方政府による土地接収策によって数百万規模の農民が土地を追われ、中国では年間12万件の土地関連の抗議行動が起きている。 」 (28)
→この種の話は、いつも、「中国における土地所有は、現行法制に則していえば、<全般的な>公有制のもとで・・・都市部土地<については、>・・・国家所有=全人民所有<、>・・・農村部土地<については、>・・・集団所有=労働大衆所有という二元的構造になっている。・・・
<ただし、>集団所有の土地<は、>土地収用制度・・・の対象<になっており、収用されると国家所有となる。>・・・
<なお、土地所有権とは別に、>土地使用権<が認められており、使用権は移転(売買)されうる。>」
http://www.iolaw.org.cn/showArticle.asp?id=209
といった背景説明抜きに行われがちですが、(中共においては、制度(法)と実態が合致しているとは限らず、また地方によっても実態が異なることが少なくないことがあるのはともかくとして、)オングには、よりきめ細やかな論述を行って欲しかったところです。(太田)
「現在中国で進められている大規模な建設プロジェクトに経済的合理性はないが、役人たちにしてみれば、そうすることが、上役の評価を得るチャンスなのだ。・・・
改革によって中央政府は主要税の徴税権も地方政府から取り戻した。当然、地方政府の歳入レベルは低下したが、教育、医療ケア、補助金、年金等などの給付責任はそのまま地方に委ねられた。こうして、地方政府は社会サービスのための資金を確保する別の方法を考えざるを得なくなった。
税制改革後の地方政府にとって、建設、不動産とその他のサービス産業の売上げ税と法人税だけが主要な歳入源となった。こう考えると、1990年代に地方政府の当局者たちが、不動産・建設ビジネスのブームのための環境整備を始めたことも驚きではない。・・・
地方政府による国有銀行からの直接借入は法律で禁止されており、これを迂回するために、地方政府は、あえて政府系の開発投資企業(UDICs)、あるいは、政府系融資プラットフォームを通じて借入を行い、インフラ投資を行っている。金利支払いには、土地転用からの収益、税金、地代が充てられることが多い。・・・
だが中国のアプローチの問題は、地方政府の融資プラットフォームが規制対象とされておらず、情報公開の対象にもされていないことだ。」 (28~39)
→運用の仕方はともあれ、中共の現在の政治経済体制が、いかに日本型政治経済体制的な重層構造の柔軟なものであるかが、よく分かります。(太田)
「国家主導型の都市化プロジェクトによって、地方政府は農民たちに土地の明け渡しを強要している。空港、鉄道、ビルを作るために、毎年30万近い農家が土地を追われている。1980年以降、イギリスの総人口に匹敵する6千万を超える農家が土地を追われ、別の場所に移住することを余儀なくされている。・・・
農家への補償も不適切だ。土地の価格がいくらであるかは、所有者のいないところで決められている。この不透明さゆえに、当局は土地買収予算を基準に勝手に買収価格を決めている。
17の省の地方で暮らす1800の家庭を対象とする最近のランデサの調査によると、土地を追われた人々が全体の43%に達し、そのうちの20%が何の補償も受け取っていない。何らかの報酬を受け取った人々のなかで、53.4%の人々が金額に「全く満足していない」か「満足していない」と答え、「満足している」、「非常に満足している」と答えた人は25%にとどまっている。」( 30~31)
→どうして土地の明け渡しを求められる(=土地収用される)のが「農民たち」なのかは先ほどの私の記述を振り返ってください。
中国共産党は、地主から土地を奪って小作人達に農地を分け与えるという黙契の下に農村地帯を根拠地として支那の権力を奪取したところ、当初こそ、農村で土地私有制を認めたものの、その後、人民公社制の押し付けによって、農民を再び無産階級へと転落させた際、農村の土地を国家所有制ではなく集団(人民公社)所有制にしたのは、この黙契に配慮して当局が名を捨てて実を取ったものである、と言えるでしょう。
こうして実を失った農民でしたが、彼らは、改革開放下において、人民公社制の解体に伴い、土地利用権を獲得して行くことになります。
ところが、近年、地方当局が、この土地利用権を、低価格で補償する形の土地収用を通じて奪いつつあるわけです。
そもそも、農民は、戸口(戸籍)制度の下、都市への出稼ぎは可能でも都市への移住(都市戸口への移籍)は困難であり、出稼ぎ農民を中心として、いわば二級市民の地位に貶められているところです。
すなわち、上記黙契は、もはや完全に踏みにじられているのであり、中国共産党は、この点だけとっても、統治の正統性を失っている、と言ってよいでしょう。
(以上、http://www.iolaw.org.cn/showArticle.asp?id=209 前掲、及び、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%B8%E7%B1%8D を参照した。)
なお、「土地の価格」は、当然、「土地利用権の価格」なのであり、こういったところでも、オングは、もう少し厳密な記述を行うべきでした。(太田)
(続く)
フォーリン・アフェアーズ抄(その15)
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