太田述正コラム#6032(2013.2.16)
<芸術と科学(その3)>(2013.6.3公開)
紀元前590年に、包囲された自分の都市であるベトリア(Bethulia)を守るために、魅力的なユダヤ人寡婦のユディトは、攻撃してきていたアッシリアの将軍であるホロフェルネスと酒を飲み、彼を誘惑した。
彼が泥酔し、欲望を満たした後、トド状態になった時、彼女は、彼の首を自分の刀で切り落とし、彼の首を戦利品として掲げ、彼女の同僚市民達にバビロニア人達を潰走させるべく、彼らを奮起させた。
こう聖書は我々に伝えており、そこで、ウィーン人たる表現主義者(Expressionist)<(注7)>のグスタフ・クリムトは、1901年の有名な絵である『ユディト』の中に、彼の時代の心理学的かつ芸術的感受性と調子を合わせて、女性の性<的欲望の>装飾された(braided)恍惚と攻撃性とを反映させ、描いた。
(注7)「表現主義・・・とは、様々な芸術分野(絵画、文学、映像、建築など)において、一般に、感情を作品中に反映させて表現する傾向のことを指す。狭い意味の表現主義は、20世紀初頭にドイツにおいて生まれた芸術運動であるドイツ表現主義(またはドイツ表現派)および、その影響を受けて様々に発展した20世紀以降の芸術家やその作品について使われる。・・・英語では、「表現主義」(英: Expressionism)の語は「印象主義」(英: Impressionism)の語と語形の上でも対立している。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%A8%E7%8F%BE%E4%B8%BB%E7%BE%A9
クリムトは、彼女を、「女のエロティックな衝動の圧倒的な力の象徴として」描く。
ユディトは、「殆んど裸体でホルフェルネスの誘惑と殺害の直後であり、その官能性において輝いている。
彼女の髪は、アッシリアの木々・・彼女のエロティシズムを表す繁殖力の象徴群・・の金色の枝々の間の暗い空だ。
この若き、恍惚感に浸っていて、贅沢にメーキャップされた女性は、オルガスム的歓喜の夢想の様子で半ば閉じた眼を通して鑑賞者と対峙している」、とエリック・カンデルは・・・記す。・・・。
「基準面(base level)において、この、輝く金色の表面を持つ形象(image)、柔らかい体の表現(rendering)、そして、全体としての調和のとれた色の組み合わせ、の美学は、<鑑賞者の>快楽回路を活性化し、ドーパミンの分泌を惹き起す。
<また、>ユディトの滑らかな肌と露出した乳房がエンドルフィン、そしてヴァソプレッシンの分泌を惹き起すとすれば、鑑賞者は性的興奮を覚えるかもしれない。
<更に、>ホロフェルネスの切り落とされた首の潜在的暴力性は、ユディト自身のサディスティックな眼差しと上向きの唇とあいまって、<鑑賞者において、>ノルエピネフリン(norepinephrine)の分泌を惹き起す可能性があり、その結果、鼓動は速くなり血圧は上がり、闘争か逃亡か的反応を惹き起す可能性がある。
対照的だが、柔らかい筆遣いと繰り返しの、殆んど瞑想的なパターンは<鑑賞者において>セロトニンの分泌を促すかもしれない。
この鑑賞者が、この形象とその多面的な感情的内容を受け止めるにつれ、アセチルコリン(acetylcholine)が海馬に分泌され、この形象が鑑賞者の記憶場所に貯蔵されることを助ける。
クリムトの『ユディト』を、かくも抗い難くその複雑性において動的なものとしている究極のものは、それが、脳の中で、いくつもの異なった、かつ、しばしば相争うところの、感情的諸信号を活性化し、それらを結合して、びっくりするほど複雑かつ魅惑的な諸感情の渦を生み出す、という業(way)なのだ。」(B)
→ここで、復習も兼ねて、登場した化学物質の簡単な整理をしておきましょう。
ドーパミン :「運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲、学習などに関わる。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%9F%E3%83%B3
エンドルフィン :「脳内のモルヒネ受容体と結合して鎮静作用を表す」
http://dictionary.nifty.com/word/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3?dic=daijisen
オキシトシン :「出産時の子宮収縮作用や乳の分泌促進作用がある。」「<人>の信頼を高める効果があ<る。>」
http://dictionary.nifty.com/word/%E3%82%AA%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%88%E3%82%B7%E3%83%B3?dic=daijisen
http://magazine.gow.asia/love/column_details.php?column_uid=00002725
ヴァソプレッシン:「多くの哺乳類の雄の攻撃的ポーズ、臭いによる領域のマーキング、求婚とセックスを仲介している」(コラム#2798)
ノルエピネフリン:「血圧上昇,血糖上昇作用などがある」
http://kotobank.jp/word/%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%82%A8%E3%83%94%E3%83%8D%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%B3
セロトニン :「主に生体リズム・神経内分泌・睡眠・体温調節などに関与する。」「普段<座禅、ヨガ等の>修行している人はもともとのセロトニンのレベルもある程度高いの<だが>、瞑想をするとそれがさらに増える」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%AD%E3%83%88%E3%83%8B%E3%83%B3
http://d.hatena.ne.jp/uchikoyoga/20090130
アセチルコリン :「筋繊維のアセチルコリンの受容体に働き、収縮を促進する。自律神経の内、副交感神経を刺激し、脈拍を遅くし、唾液の産生を促す」「動物が学習や記憶をしている際に、海馬では神経伝達物質の一つであるアセチルコリン・・・の濃度が上昇<する>」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BB%E3%83%81%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%83%B3
http://physiology.jp/exec/page/stopics41/
(続く)
芸術と科学(その3)
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