太田述正コラム#6058(2013.3.1)
<映画評論36:レ・ミゼラブル(その2)>(2013.6,16公開)
(3)野蛮なユーゴー
「<ジャンバルジャン>はあの英雄ナポレオン(<ユーゴー>が軽蔑していた<ナポレオン>3世はその甥)と事ある毎に引き比べられている。彼はナポレオンと同じ1769年生まれ。ナポレオンが栄達と上昇の運命をつかんだイタリア遠征と同じ1796年に徒刑場送りとなり、下降の運命を辿り始める。19年の刑期を終えて、1815年、南仏ディーニュの町に入ったのも「皇帝ナポレオンが通ったのと同じ道を通って」(第1部第2編第1章)とされる等々である。
小説全体の冒頭の文章にも1815年という年号が入り、1848年執筆中断段階の草稿で冒頭にあった00決定稿の第1部第2編も1815年という年号の入った文章で始まっている。1815年はナポレオン没落の契機となったワーテルローの敗戦の年。その戦いの一部始終は第2部第1編をまるごと費やして、詳細に記述されている。そのうえで、この敗戦について<ユーゴー>は「この日、人類の未来の見通しが一変した。ワーテルロー、それは19世紀の扉を開ける支えの金具。あの偉大な人間の退場が偉大な世紀の到来に必要だったのだ」(第2部第1編第13章)と書いている。
1815年ナポレオンと上昇・下降の運命を入れ換えた<ジャンバルジャン>は、ディーニュの町で出会ったミリエル司教の慈愛に触れて改心する。同年、ある地方都市にやってきて、装身具製造の技術革新により理想的な工場経営を実現し、その蓄えによりコゼットを育てつつ、19世紀という「人類の未来」をナポレオンに替わって切り拓くことになる。新しい「民衆の世紀」を「民衆」の代表である英雄<ジャンバルジャン>が建設する。それが「レ・ミゼラブル」全編で展開する真の変革の神話なのだ・・・。」(映画『レ・ミゼラブル』日本語パンフ収録の京都大学大学院教授稲垣直樹『原作について–世紀を超える「変革の神話(ミュトス)」』の17頁より)
稲垣教授は、1951年生まれで東大教養学科フランス分科卒、パリ第3大学博士号取得、京大で教鞭を執って現在に至っている人物です
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E5%9E%A3%E7%9B%B4%E6%A8%B9
が、恐らく、このような解釈は、彼独自のものではなく、フランスで一般的に流布している解釈なのでしょうし、この解釈は正しいのであろうと思います。
確かに、これでは『レ・ミゼラブル』の原作(の英訳版)がイギリスで流行らなかったわけです。
というのも、イギリスで起こった王殺しを1世紀半も経ってから・・しかも、それをイギリスでは反省して王政復古を行うとともに、一層自由民主主義的政体を整備して来たというのに・・・マネをした挙句、ジャコバンの一党独裁的恐怖政治を経てナポレオンの独裁を招き、そのナポレオンが欧州諸国を侵略し、ロシア征服まで企てたのをイギリスが長年かけて叩き伏せたのですから、イギリス人にとっては、ナポレオンは後進地域にして野蛮なるフランス(欧州)を象徴する大悪漢なのであり、そんなナポレオンを英雄と崇め、ナポレオンの果たせなかった夢を、フランス革命やその申し子たるナポレオンが貶めたカトリシズム・・これまたイギリス人が大嫌い・・への回心を遂げることとなるジャンバルジャンによって(フランス人の空想の中で)実現させようとしたところの、ユーゴーの『レ・ミゼラブル』など、あほらしくて読む気がしなかったのでしょう。
(3)英語版ミュージカル化の狙い
こんな原作の英語版ミュージカルを、イギリス人たるキャメロン・マッキントッシュは、どうして(フランス語版をベースに)制作しようと思い立ったのでしょうか。
私は、米国発の(ロック・ミュージカルと銘打った)ミュージカル・・ただし、作詞も作曲もイギリス人・・である『ジーザス・クライスト・スーパースター』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC
が念頭にあったのではないかと想像するのです。
このミュージカルは、イエスとユダの物語にひねりを加えたキリスト教劇(、ただし受難(passion)劇
http://en.wikipedia.org/wiki/Jesus_Christ_Superstar
)であり、ひねりを加えたがゆえにキリスト教原理主義者達から攻撃も受けたのですが、米国だけでなく世界中で評判になり、後に映画化もされています。(ウィキペディア上掲)
だから、『レ・ミゼラブル』のキリスト教劇(、ただし救済(redemption)劇<(注1)>)としての側面を前面に出せば・・『ジーザス・クライスト・スーパースター』にはない、(恋愛・慈愛・神の愛をほぼ同一のものと見る)愛の物語であるという側面もより引き立ち・・、米国、ひいては世界中で大当たりする可能性があると踏んだ、と私は見ているわけです。
(注1)NYタイムスの映画評がそう指摘している。↓
’…it recounts a familiar, reassuring story of oppression, liberation and redemption…’
http://movies.nytimes.com/2012/12/25/movies/les-miserables-stars-anne-hathaway-and-hugh-jackman.html?partner=rss&emc=rss&_r=1&
(なお、両者がどちらもキリスト教劇であることとほぼ重なり合いますが、『ジーザス・クライスト・スーパースター』と『レ・ミゼラブル』は、前者は精神的、後者は政治的という違いこそあれ、革命劇としての側面も共有しています。)
実際、この狙いは的中し、『レ・ミゼラブル』は、1985年にロンドンで初演されて以来、21の言語に翻訳され、43の国で公演が行われ、トニー賞やグラミー賞を含む100もの賞を受賞し、6000万人超える人によって鑑賞されるに至っています。
1996年には天安門事件で亡くなった人々を追悼する香港での集会でこのミュージカルからの曲の”Do You Hear the People Sing”が歌われました<(注2)>し、2009年にはスーザン・ボイルが同じく“I Dreamed a Dream”を素人コンテストで歌って<(注3)>一躍スターの座に上り詰めました。
(以上、「実際」以下は、NYタイムス前掲による。)
(注2) これだろうか? 0:40~
http://www.youtube.com/watch?v=EEFEHjsauZc
ミュージカル『レ・ミゼラブル』より。米国公演オリジナルキャスト
http://www.youtube.com/watch?v=r3whOHc5y9Q
(参考)映画『レ・ミゼラブル』より。歌詞が載っている。
http://www.youtube.com/watch?v=PTLwzuQuRsw
(注3)スーザン・ボイル。1;06~
http://www.youtube.com/watch?v=RxPZh4AnWyk (コラム#3221)
ミュージカル『レ・ミゼラブル』より 英国公演オリジナルキャスト
http://www.youtube.com/watch?v=3uFww9a3D4E
(参考)映画『レ・ミゼラブル』より。アン・ハサウェイ。0:31~
http://www.youtube.com/watch?v=Xa-dWWfBKCc
(続く)
映画評論36:レ・ミゼラブル(その2)
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