太田述正コラム#0171(2003.10.15)
<「降伏」した北朝鮮とパレスティナ(続)>
北朝鮮が、「現在「降伏」条件のつめをしているが、「降伏」条件の提示ができなくて困り果てている状況である」と私が見ているゆえんをご説明しましょう。
ポイントは北朝鮮が、金日成の子孫が独占的に元首の地位を継承する特異な民主主義的独裁国家(注1)である点にあります。
(注1)民主主義的独裁国家であって、元首である親が自分の子供にその地位を継がせた例は、北朝鮮以外にはありません(でしたが、ソ連の承継国家の一つ、アゼルバイジャン(=依然として民主主義的独裁国家であると言ってもいいでしょう)のアリエフ大統領が、今年10月、この北朝鮮の顰みに倣って自分の子供に大統領職を「選挙」で継承させました。同様の可能性がとりざたされている民主主義的独裁国家(及びそれに準じるもの)としては、やはりソ連の承継国家であるグルジアとカザフスタンがありましたが、グルジアでは11月に無血革命が起こり、シェヴァルナーゼ大統領が追放されました(以上、http://www.nytimes.com/2003/10/15/international/asia/15LETT.html(10月15日アクセス)及びhttp://slate.msn.com/id/2091902/(12月4日アクセス)による)。このほかキューバでは憲法規定に基づき、フィデル・カストロの弟ラウルが職責上大統領職を継承することになっています(http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-uscuba10oct10,1,1166164.story?coll=la-headlines-world。10月11日アクセス))。
この北朝鮮の最弱点を衝いてしまったのが日本人拉致問題です。
昨年の日朝首脳会談の際、金正日は北朝鮮が日本人を拉致したことを認めて謝罪し、拉致した人々の現況を明らかにしました。その後北朝鮮は、拉致してまだ生存している日本人(のうち)5名を返還してきました。これで日本を喜ばせ、日本と国交回復して日本からカネを引き出して破綻状況にある北朝鮮の延命を図ろうとしたわけです。金正日の乾坤一擲の勝負です。
ところが、金正日の思惑は完全にはずれ、日本の世論は一挙に硬化し、この世論に突き上げられる形で、5名の家族の「返還」はもとより、拉致問題の全面的な解決を日本政府が求め、現在に至っています。
この拉致問題について、日本の世論が納得するような形で「解決」するためには、金正日が日朝首脳会談の席上拉致問題について述べたこと・・拉致されて生存している日本人は5名だけだ等々・・がウソだったことを認めなければならず、これは金正日の権威を著しく失墜させ、金「王朝」の終焉を招来しかねません。
そこで金正日は対日攻勢を断念し、今度は核装備計画をプレイアップすることによって、米国相手の瀬戸際外交に打って出たのです。追いつめられた金正日の、いわば最後の勝負です。
ところが、米国は米朝二国間交渉を拒んだ上に、あえて拉致問題一辺倒の日本を核問題をめぐる六カ国協議のメンバーに押し込みます。これで金正日の思惑はまたもやはずれてしまったのです。
しかも、この間、米国の対北朝鮮経済封鎖準備態勢(注2)や攻撃態勢(注3)は着々と構築されてきており、北朝鮮経済の命綱を握る中国すら、米国による日本核武装カードの「提示」に屈し、北朝鮮への圧力を強めてきています。しかも、中国もソ連も北朝鮮の自壊や米国による対北朝鮮攻撃を想定したダメージコントロール措置を講じ始めており(注4)、北朝鮮の自壊や北朝鮮攻撃を事実上「容認」するに至っています。
(注2)北朝鮮を念頭に置き、米豪仏日の四カ国の艦艇や航空機が参加して、大量破壊兵器(WMD)などの密輸封じ込めに向けた「拡散防止構想」(PSI)の初めての共同訓練が9月13日、豪北東部沖のサンゴ海で行われた。PSDにはこの四カ国のほか、英、独、伊、蘭、スペイン、ポルトガル、ポーランドが加入している。
(注3)在韓米軍の韓国南部への移駐(コラム#117参照)こそまだ完了していないが、9月中旬までに在韓米軍防御用のパトリオットPAC3弾道ミサイル迎撃ミサイルの配備は完了した(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200309/200309160004.html。9月16日アクセス)
ところで、イラク戦争終結後、米国が治安の回復に手こずり、12万人もの地上兵力をイラクに拘束されたままの状況が続いていることは、(アフガニスタンにも依然米地上兵力が展開していることとあいまって)米国の対北朝鮮攻撃を困難にしているとの指摘がある。
しかし、北朝鮮への軍事力行使の態様は大小色々ありうるし、仮にその結果北朝鮮の体制が崩壊するとしても、戦後の治安維持に米軍が狩り出される必要はなく、韓国軍にまかせればよい、ということを考えれば、イラク情勢いかんにかかわらず、米国は対北朝鮮攻撃についてフリーハンドがあると私は見ている。
むしろ米国が、イラクが大量破壊兵器を持っていると言い張ってイラク戦を引き起こしながら、結局大量破壊兵器を見つけられなかったことから、北朝鮮核保有情報等の米国発情報に対する信憑性が落ちてしまい、皮肉にも北朝鮮の「核」に対する切迫感(=金正日による脅しの威力)を減殺させてしまっている・・世界の世論は、米国は北朝鮮が数個核爆弾を持っている可能性があると言っているが、全く保有していない可能性の方が強いのではないかと疑っている・・ことの方が、イラク情勢の北朝鮮問題に対するインパクトとしては大きいと言えるのではなかろうか。
(注4)8月中旬から下旬にかけて、中国は中朝国境の警備をそれまでの武装警察から正規軍に置き換え、三個軍団15万人もの兵力を投入した。その目的について、中国軍事筋は、北朝鮮脱出住民の大量流入を防ぐためだけではなく、中朝国境を封鎖することで米軍による限定的な空爆や本格的軍事侵攻が起きた時の混乱に備えるものだと述べ、いずれにせよ中国軍は参戦しないと語ったとされる。(http://www.mainichi.co.jp/news/flash/kokusai/20030902k0000m030148000c.html。9月2日アクセス)
またロシアは、8月に初めて日韓両国と海上演習を実施するとともに、戦争が勃発し、あるいは体制が崩壊したために北朝鮮から避難民が押し寄せてきた場合を想定し、3万人の部隊による陸上演習を実施した(http://slate.msn.com/id/2087174/。8月20日アクセス)
金正日の思惑は、核開発計画を放棄する見返りに北朝鮮の体制保証を米国に認めさせ、あわせて米国の子分である日韓から経済的「援助」を引き出そうというものだったのですが、それには拉致問題の「解決」が大前提ということになってしまったのです。ところが、拉致問題の「解決」は、さきほども指摘したように、金「王朝」の終焉、すなわち体制変革を招来しかねない、というわけで金正日は進退窮まっています(注5)。
(注5)北朝鮮が核問題の六カ国協議から日本を排除する動きを見せていること(http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20031012/mng_____kok_____002.shtml。10月12日アクセス)や、北朝鮮が「「毒素は適時に根元から断たねばならない」と述べ、日本を「毒素」として非難した」り、「日本が「核問題に人為的な障害を生み出している」と主張し「日本のような無責任で腹黒い者たちが(協議に)加われば、(核)問題を公正に正しく解決することはできない」と述べ」、更に「日本は心中穏やかではないだろうが、事態をここまで追い込んだのは日本自身だ」と指摘、「米国に追従する敵視政策」を転換するよう求め」る(http://www.sankei.co.jp/news/031014/1014kok075.htm。10月14日アクセス)等、日本に八つ当たりしているのは、北朝鮮の絶望の深さを物語っている。
北朝鮮が通常の民主主義的独裁国家であれば、金家が元首の地位を明け渡すことによって国家体制の存続を図ることができるはずですが、それができないところに北朝鮮の国家体制の致命的な弱点があるのです。
拉致問題は従って、このまま全く進展がないまま推移し、北朝鮮の国家体制の自壊か強制的体制変革があった後にようやく解決する、というのが私の予想です。(生還した5人の家族中、日本人であることがはっきりしている子供達の帰国がそれまでに実現する可能性が皆無であるとは言い切れませんが・・。)
拉致問題一辺倒の日本の世論への期待は、こうなったら、拉致問題解決のために北朝鮮経済制裁に着手せよとの声が一層高まることです。そうすれば日本政府も重い腰をあげて経済制裁に乗り出さざるをえなくなることでしょう。そのことが、絶望による北朝鮮の暴発を極力回避しつつ、北朝鮮の国家体制の自壊を促進させることにつながる、と私は考えています。
(続く:今回、またもパレスティナ問題まで行き着きませんでした。次回に回します。)
<問い>
北朝鮮が降伏した場合、その後の朝鮮半島はどのような政治体制になるのでしょうか。
1.北朝鮮は親中国政権となる。
2.韓国主導で統一朝鮮国が誕生する
3.その他
日本の国益ことに安全保障面の観点からどのような朝鮮半島が望ましいのでしょうか。
<答え>
私が「降伏」と言うのは、北朝鮮が体制保証(体制存続を可能にするための経済援助の確保を含む)さえ得られれば、それ以外の全てを擲つことを決意したことを意味しています。(コラム本文中でもっと明確に書くべきでした。)
他方、米国は体制保証をする気などさらさらなく、北朝鮮の自壊か経済・軍事手段による強制的な体制変革を意図しているわけです。
コラムの中でも示唆したように、私は、北朝鮮は早晩米国の意図通り、自壊するか強制的に体制変革をさせられることは必至である、と考えています。
その後は、米・日・EUから旧北朝鮮復興資金が提供されるとの条件の下、韓国が北朝鮮を併合することになるでしょう。
日本は米国の保護国ですから、国益を考えるなどおこがましいのですが、あえて申し上げれば、米軍が拡大韓国に引き続き駐留することが日本にとって望ましいことははっきりしています。
朝鮮半島が敵性勢力の影響下に入ることは、日本の安全保障にとってゆゆしい問題だからです。(この点は、幕末期以来、全く変わっていません。)
しかし、拡大韓国が米軍の引き続きの駐留をすんなりと認める保証はありません。このところの韓国の反米親中国傾向には眉を顰めさせるものがあるだけでなく、中国が修正史観の提示によって韓国の対中国事大主義を煽り立てる準備をしている(コラム#141、142参照)からです。日本としては、米・EUと連携して、旧北朝鮮復興資金の提供等をてこに、韓国を自由主義陣営に引き留めるべく懸命の努力を行う必要が出てくることでしょう。