太田述正コラム#6226(2013.5.24)
<中共の資本主義化の軌跡(その10)>(2013.9.8公開)
(8)批判
「この本は、叙述はたくさんあるが分析は少ない。」(F)
→言いえて妙ですね。(太田)
「著者達は、1990年代末と2000年代初の大規模な企業リストラ(restructuring)を、比較的一本道の民営化と管理改革の過程として描写する。・・・
<しかし、例えば、>大部分の国有企業群(SOEs)は、部分的にしか民営化されなかったのであり、しかも、これらの民営化の大部分は、インサイダーによる株の買い占め(insider buy-out)によるものであり、部外の投資家達や企業群への株の売却によるものではなかった。
企業財産諸権の新制度の最も野心的な側面は、中共なる一党独裁国家が依然として、私的所有の割合や新しい企業取締役会いかんにかかわらず、多くの企業における最高経営者達の任命や主要政策諸決定をコントロールできる点にある。・・・
→これは、まさに、中共当局が法治主義の埒外にあるために中共において法治主義が欠如していること、の一つの現れであると言えるでしょう。(太田)
これらの曖昧さを前提にすると、改革された諸企業の改善された業績(performance)が、果たして、その部分的民営化によるのか、それとも初めて破産や大量解雇(layoff)を認めたところの中共指導層の政治的意思決定によるのか、を見極めるのは容易ではない。」(F)
→また、法治主義が欠如していると、社会事象の因果関係が、本来的に不鮮明たらざるをえないため、社会科学(知)を成立、発展させることが困難となる、ということがここからも分かります。(太田)
「多くの先進諸経済が社会主義の近代化の過程で(in the course of)経済的成功を達成してきたというのが事実なのだ。
今日のドイツについてもそうだ。
同国の経済的成功は、戦後の「西独」時代に求めることができる。
社会民主党は、1950年代末のゴーデスベルク綱領(Godesberg program)<(注17)>で、社会主義を「近代化」するためにいくつかのマルクス主義的諸政策を放棄した。
(注17)「1959年11月、バート・ゴーデスベルク(現在ボンの一部)で開催された党大会で採択された。このため、この綱領はバート・ゴーデスベルク綱領とも呼ばれ、1925年のハイデルベルク綱領を破棄し、階級闘争を正式に放棄したことで知られている。これにより、ドイツ社会民主党は階級政党から民主社会主義政党、国民政党への転換が図られ、1969年のヴィリー・ブラントによる政権獲得へとつながることとなる。その後、ドイツ再統一直前の1989年の党大会ではベルリン綱領が採択されている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%B9%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%AF%E7%B6%B1%E9%A0%98
そして、社会民主党は、政権の座にある時、資本主義の好ましからざる諸効果(negative effects)・・例えば、資本主義の生産的潜在力と生活諸水準を向上させる能力を活用しつつ(harnessing)、大幅な不平等を概ね緩和する(tame)ことに成功した。
同じことが英国についても言える。
そこでは、その多くの欠点にもかかわらず、新労働党プロジェクト(New Labour project)<(注18)>は、疑いもなく、1980年代と1990年代初における労働党の累次の選挙での不振の後に社会主義を近代化しようとする試みだったが、大いなる諸成功を収めた。
(注18)「保守党のサッチャー政権の下で新自由主義に基づく構造改革が進み、経済状況が回復する中、従来の福祉国家路線に拘り、労働組合に依存する労働党は一般有権者の支持を得られず、党勢の低迷が続いた。そこで、1994年に党首となったトニー・ブレアは既存の福祉政策でもサッチャリズムでもない、自由主義経済と福祉政策の両立を謳った「第三の道」路線を提唱し、労働組合の影響力を大幅に減らした「New Labour(新しい労働党)」をアピールした。これにより、保守党政権によって拡大した所得の格差に不満を持った人々や、長期政権に飽きていた有権者の支持を集めて、1997年の総選挙で地滑り的な大勝を収める。・・・結果的に、ブレア政権下では労働党史上初となる総選挙での3期連続勝利をもたらした。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%B4%E5%83%8D%E5%85%9A_(%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9)
フランスの経済<に至って>は、「社会主義化」された資本主義の形態としてしか描写できない。
2012年11月にオランド大統領は、私的に所有された鉄鋼会社を国有化するとさえ脅したものだ。
フランス経済にはたくさんの問題があるけれど、EUで2番目に大きい経済にとどまっている。
1989年より前の東欧諸国の失敗は、単に「社会主義」のせいであるとは言えない。
<それどころか、>「理想」としての社会主義は、多くの経済の成功諸物語の背後の駆動力であり続けてきたのだ。
今日までの中共の成功が突き付ける真の論点は、資本主義と民主主義が本当に調和しうる(reconcilable)のかという問題なのだ。
冷戦中は、調和しうるという仮定が概ね当然視されていたが・・。」(C)
→Cの書評子であるルーク・マクドナー(Luke McDonagh)は英国のLSEの法学科のフェローですが、ここで彼が言っていることの意味は、「民主主義嫌い(アングロサクソン論9)」(コラム#91)を読んでいない方には分かりにくいかもしれません。
以下、上記コラムを読んでいる方向けです。
マクドナーが言う社会主義化した資本主義は、資本主義化した社会主義と言ってもいいのでしょうが、要するに、彼は、純粋な社会主義社会、或いは、純粋な資本主義社会は、豊かな社会たりえないし、民主主義との調和性もない、と言いたいのでしょう。
この点については、私も同意見です。
(純粋な資本主義社会に近い米国が、豊かな社会とされ、かつ、民主主義国家とされていることをどう理解すべきか、という深刻な問題にはここでは立ち入りません。)
ただし、ここで再度強調しておくべきは、豊かな社会を目指すにせよ、民主主義を実現するにせよ、その資本主義的社会主義社会ないし社会主義的資本主義社会において、法治主義が予め確立していることが大前提となる、ということです。(後でもう一度法治主義の問題に触れます。)(太田)
「著者達は、効果的な市場改革における財産諸権の中心性を認めているにもかかわらず、彼らは、財産諸権は、規制されなければ、時に諸人権を侵害する形で行使されうる、という問題を<取り上げることを>回避している。・・・
(私は王寧の著作をこれまで読んだことはないが、)ロナルド・コースの著作は読んでいるがゆえに、私は、<この本の中で>中共の遷移についての理論的説明がなされることを期待していた。
その場合、私の見解では、その有力候補(contender)は、中共の諸遷移についての取引費用(transaction cost)理論だろう、というものだった。
ところが、驚いたことに、この本は、このような取引費用理論を提示することはなかったのだ。」(E)
「時々、著者達の主張(contention)は問題を孕んでいる。
例えば、彼らは、知の自由市場は政治的民主主義なくして維持しうるという見解を述べる。
しかし、現実には、片方がなくてもう一方があるということを想像するのは困難だ。・・・」(D)
→既に触れたように、これは誤りであり、政治的民主主義なくしても維持できるけれど、法治主義なくしては維持できない、と言うべきでした。(太田)
(続く)
中共の資本主義化の軌跡(その10)
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