太田述正コラム#0200(2003.12.1)
<台湾は「独立」できるか?(続x3)>

 その後、台湾では「独立」にむけて大きな進展がありました。
 公民投票法(Referendum Law=国民投票法(日本語))(注8)の成立並びにこれを受けた陳水扁総統の発言がそうです。

(注8) 公民投票というと、中華民国関係者には必ず思い起こされる史実がある。
ソ連は1924年に中華民国の外蒙古に対する主権を認めた経緯があったが、1945年2月の米英ソによるヤルタ協定では、(事実上中華民国から独立し、ソ連の支配下にあった)外蒙古(モンゴル)について、「外蒙古の現状は維持する」が、それには「蒋介石総統の同意を要する」こととされた(http://list.room.ne.jp/~lawtext/1945Yalta.html。12月1日アクセス)。蒋介石は、ソ連の対日参戦と(中国共産党ではなく)国民党への支持を得るため、「外蒙古の現状は維持する」ことを認める含みで、体裁を繕うために(結果は明らかだったが)外蒙古で独立の是非を問う公民投票を実施させた。ちなみに、その時の公民投票の結果は、外蒙古の当時の有権者50万人弱、投票率は98.4%、「独立」賛成は100%だった。(http://homepage3.nifty.com/xiandaizhongguo/51taikai/rekishi-4.html。12月1日アクセス)。この結果を受け、翌1946年に蒋介石は外蒙古の「現状」を認めた。しかし、中華民国は外蒙古の独立を認めたわけではなく、中華民国憲法上外蒙古は中華民国固有の領土とされたまま現在に至っている。(中共は1949年、外蒙古の独立を認めている。)陳水扁総統になってから2002年2月、台湾はようやく外蒙古の独立を事実上認めた(http://www.sam.hi-ho.ne.jp/~kotosan/mongol/mncl0202.htm。12月1日アクセス)。

公民投票法制定は台湾「独立」への道を開くとして執拗に脅迫を重ねた中共に反発し、台湾では野党の国民党と親民党も急遽公民投票法制定に同意し、11月27日、立法院は公民投票法を採択しました。
しかし、多数を占める国民党と親民党はこの法律の牙を抜くことに腐心し、公民投票の実施には常に立法院の同意が必要とした上で、原則として公民投票の発議は国民(の5%)か立法院しかできず、かつまた中華民国という国名の変更、国旗、並びに領土の変更、及び新憲法の制定ないし憲法の全面的改正は公民投票の対象にはできないとし、憲法改正の公民投票を行うには立法院の四分の三の同意が必要、という内容にしてしまいました。
このため、一旦は民進党政権は意気消沈してしまいます。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A17476-2003Nov27.html及びhttp://www.nytimes.com/2003/11/28/international/asia/28TAIW.html?hp(いずれも11月28日アクセス))
 しかし、例外規定たる第17条は生き残りました。「国が、その主権に変更を及ぼす虞れのあるような外部からの脅威に直面した時は、総統は行政院(=内閣)の決定に基づき、国家安全保障に係る公民投票を発議することができる」という条文です。しかも、「国家安全保障に係る」案件には「独立」も含まれると解しうる余地があります。(ワシントンポスト上掲及びhttp://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1069493592051&p=1012571727102(12月1日アクセス))。総統のある側近は、第17条による公民投票に当たっては、行政院の決定を経ているのだから立法院の同意は不要だと言明しています(http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2003/12/02/2003078018。12月3日アクセス)。

 この条文に着目した陳水扁総統は11月30日、江西省、広東省、福建省の台湾から600km以内に配備されている496基のミサイルは台湾にとって公民投票法17条に言うところの「外部からの脅威」であり、総統の発議でいつでも公民投票を実施することが可能である状況にあるとした上で、来年3月の総統選挙の際に併せて公民投票を実施すると発言しました。
このような重要な発言について、インターネット版で見る限り、英米のメディアではほぼすべてが報じているというのに、日本のメディアが殆ど黙殺しているのは解せません。
総統の別の側近は、総統選挙の際に公民投票を実施するとすれば、その対象は「独立」ではなく、中共の(台湾向け)ミサイル配備を非難するといったものとなろうが、いずれにせよ公民投票実施を決めたわけではない、と解説しました。
国民党等は、この条文は戦争の場合を想定しており、総統の条文解釈は誤りだと非難しつつも、この総統発言に対し中共の激しい反発が予想されるところ、中共の第五列視されることを恐れてか、今のところ総統を弾劾手続きに付したり、公民投票法を改正してこの条文を改める動きは見せていません。
 (以上、ファイナンシャルタイムズ上掲、http://www.guardian.co.uk/china/story/0,7369,1096774,00.html及びhttp://edition.cnn.com/2003/WORLD/asiapcf/east/11/30/taiwan.vote.ap/index.html(12月1日アクセス)並びにhttp://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2003/12/02/2003078033(12月3日アクセス)による。)

5 台湾「独立」の意義

台湾が支那の政権の領土の一部であるというフィクションが 支那、台湾双方で維持されていることによって、台湾は大きな不利益を蒙っています。すなわち、27カ国としか正式の国交を結ぶことができず(http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/3186334.stm。10月13日アクセス)(注10)、殆どの国際機関にも加盟できない状況にあります。WTO加盟には12年かかりましたし、加盟後も台湾を香港並みの中共の一地域の地位まで落とそうとする中共の画策が続いています(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2003/11/27/2003077408。11月28日アクセス)。WHO加盟については、SARS禍の際の「懇請」にもかかわらず、中共の妨害でいまだにオブザーバーの地位すら認められていません。
しかも、台湾は中共からの武力攻撃を受けたとしても、「内戦」であるがゆえにこれを国際法的に侵略とはいえない立場にあります。(とはいえ、現状においても台湾は米国の事実上の同盟国であり、中共の台湾への武力攻撃を米国が座視することはありえません。)

 (注10)11月に太平洋のミニ島嶼国家のキリバスが中共から台湾に乗り換えたために27カ国に増えた(http://j.peopledaily.com.cn/2003/11/08/jp20031108_33881.html             (11月8日アクセス))。
これは中共にとっては大打撃だった。
キリバスには中共の衛星追跡レーダー施設があり、この施設は赤道直下に位置していて中共の有人宇宙飛行を含む宇宙開発(=軍事)にとって不可欠であったけでなく、1000km離れたクエゼリン島にある米軍の弾道弾迎撃ミサイル等のミサイル発射実験サイトをこの施設から監視していたからだ(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A16648-2003Nov26.html(11月27日アクセス)及びhttp://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2003/11/27/2003077400(11月28日アクセス))。

 仮に台湾が「独立」したとしても、見通しうる将来にわたり、以上のような状況に大きな変化が生じるとは考えられません。
 台湾「独立」の意義は、そんな片々たる「国」益を超えたところにある、ということなのでしょう。

(続く)

<読者>
 「1972年2月、ニクソン米大統領(当時)が訪中した際、周恩来首相(同)に対し「太平洋の平和のため、日本を抑制することが米国の利益と信じる」と明言していた・・。
 会談ではまた「米中のいずれかが日本について情報を手に入れたら相手に通知しよう」と提案した周氏に、ニクソン氏が「完全に秘密にできるようにすべきだ」と賛成。同席のキッシンジャー大統領補佐官(同)は「米中は直接話すべきで、間接的に日本を通すのはやめよう」と日本排除を提案していたことも判明した。
 当時、急速な経済成長を続けていた日本に、軍事大国化を懸念する中国だけでなく、同盟国・米国のトップが根深い警戒感を明確に示していたことが裏付けられた。
 会談では、日本の台湾への軍事的進出を懸念する周氏に、ニクソン氏が「米軍が日本に駐留しなければ、日本人は(台湾に進出させまいとする米国の意図を)気にも留めないだろう」と述べ、日本の台湾進出を防ぐためにも米軍駐留が必要と強調。日本が台湾独立を支持しないよう影響力を行使すると約束している。」(共同。産経新聞ウェブ12.12夕刊より)

アメリカは日本の潜在能力を本当に恐れているようですね。つまり日本は永久に縄文モードであり続け弥生モードへの切り替えは許さないと言う事になりますか。
それにしても日本に台湾進出の野心がある?本当ですか?
アメリカが台湾独立を支援する狙いは日本を牽制という意味があるのでしょうか。

<太田>
 先の大戦以降の米国の日本に係る安全保障政策は、第一に日本の軍事的台頭の阻止であり、第二に日本のアジアへの米軍事力投入基地としての使用であり、第三に(第一と第二の反射的効果としての)被保護国日本の領域保全でした。
 過去形で書いたのは、カーター政権が、1970年代後半にソ連との第二次冷戦に臨むに当たって、第一を放棄したからです。(なぜこの時放棄する必要があったかは、コラム#58参照。)
 ですから、1972年の段階でニクソン(やキッシンジャー)が、ご紹介いただいたような物言いを周恩来に対してしていたとしても、それは不思議でも何でもありません。
 私は、キッシンジャー(とニクソン)は危険なマキャベリストであると考えているので、余り評価していません(コラム#127)が、彼(ら)が、周恩来同様、日本が弥生モード(縄文モード、弥生モードについては、コラム#154)に切り替わったら、真っ先にやることは台湾の「併合」だろうと考えたのは、あたりまえです。現在でも米中のリーダー達はそう考えていると思いますよ。(日本の植民地統治は、欧米のそれに比べて「成功」した(コラム#197、200)が、とりわけ台湾統治は「大成功」だったことを思い出してください。)
 ところで、現在はポスト冷戦期ですが、米国は、先に述べた第一を復活する気配はありません。それは当然なことであって、そもそも米国が先の大戦で日本と戦ったこと自体が本来ありうべからざる逸脱現象(aberration)であり、アングロサクソンと日本が本来的同盟関係に戻ったというだけのことです。
 現在、アフガニスタンとイラクに兵力を投入し、他方で北朝鮮を叩く態勢を維持している米国としては、ここで更に台湾海峡で緊張が高まることに耐えられないので、中共にもリップサービスをしなければならないという立場にあるものの、基本的に米国が台湾の独立を支援している(コラム#188、192、200)のは、台湾が自由で民主的な「国」だからです。そこには日本を牽制する意味合いは全くありません。
 むしろ問題なのは、アングロサクソンの本来的同盟国たる日本で、台湾の民主化の完成、すなわち「独立」への関心が低すぎることです。
とにもかくにも、日本の一日も早い弥生モードへの切り替えが待たれるところです。