太田述正コラム#6487(2013.10.2)
<アブラハム系宗教非存在論(その1)>(2014.1.17公開)
1 始めに
この際、キリスト教等についての、昨年から気に掛かっていた本の紹介もしておきましょう。
その本とは、ジョン・D・レヴンソン(Jon D. Levenson)の『アブラハムを受け継いで–ユダヤ教、キリスト教、イスラム教における家父長の遺産(Inheriting Abraham: The Legacy of the Patriarch in Judaism, Christianity, and Islam)』です。
A:http://online.wsj.com/article/SB10001424052970203630604578072933131218850.html?mod=WSJ_Opinion_LEFTTopOpinion
(2012年11月9日。著者による解説)
B:http://chronicle.com/article/To-Each-His-Abraham/134938/
(9月30日アクセス(以下同じ)。書評(以下同じ))
C:http://www.h-net.org/reviews/showrev.php?id=37973
D:http://themarginaliareview.com/archives/1774
(著者のインタビュー)
なお、レヴンソンは、ハーバード神学校のユダヤ教研究の教授であり、旧約聖書の専門家です。
ハーヴァード大卒、同大修士、同大博士です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Jon_D._Levenson ←生年もこの本も載っていない!
2 アブラハム系宗教非存在論
(1)序
「中東において、いつ果てるともないように見える軋轢に直面させられていると、その多くが宗教上の諸差異に根差しているとされていることから、学者達も素人たちも押しなべて、「アブラハム系宗教」なる観念を売り込んできた。
それは、ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教は、この三つの<宗教の>聖典群において極めて目立っているところの家父長のアブラハムという人物に、押しなべて負うところがある、という観念だ。
この理論によれば、間違いなく、この三つのコミュニティ群は、彼らの共有する源を考慮することで極めて必要とされる和解に向けて動くことができる、というのだ。」(A)
「この一神教の各流儀(tradition)は、<自分達こそが>神の選民<である>というレッテルを主張する際にアブラハムを援用している。」(B)
(2)一神教の祖たるアブラハム?
「アブラハム系宗教なる考え方(idea)は、通常、アブラハムを最初の一神教主義者(monotheist)とする観念(notion)と分かちがたく結びついている。・・・
しかし、アブラハムを真の<唯一>神の発見者にして偶像崇拝の非妥協的な反対者とするお馴染みのイメージは、ヘブライ聖書において、創世記を含めどこにも見出すことができない。
この考え方は、大部分のヘブライ聖書が製作された後で出てきたものだ。・・・
<そもそも、>ユダヤ教徒もイスラム教徒も、キリスト教の中心的正統教義(orthodox doctrine)<(注1)>たる三位一体(Trinity)<(注2)>に対して「一神教的」という言葉を適用することに逡巡してきた。
(注1)正統(Orthodoxy)「とは異端(Heresy)に対する語である。・・・正統教義<とは>・・・一連の公会議、特に第2コンスタンティノポリス公会議までの古代の7つの世界公会議によって決定された教説に基づく教義、特に4~5世紀の古カトリック教会時代に生み出された信条(使徒信条、ニケヤ信条、アタナシウス信条など)に告白されている教義のこと。正統主義は、その教義に立つ立場のことである。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E7%B5%B1%E6%95%99%E7%BE%A9
(注2)「キリスト教において「父」と「子」と「聖霊(聖神)<(Holy Spirit)>」が「一体(唯一の神)」であるとする教え。・・・第1ニカイア公会議(第一全地公会、325年)の頃から第1コンスタンティノポリス公会議(第二全地公会、381年)の頃にかけて、こうした三位一体論の定式が(論争はこの二つの公会議が終わった後もなお続いていたが)整理されていった。・・・極めて少数であるが、ユニテリアンなど三位一体を認めない派もある。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E4%BD%8D%E4%B8%80%E4%BD%93
聖霊は、「トマス・アクィナスは『神学大全』において聖霊を「父なる神と子なるイエスの永遠の愛」と表現している。また、ヒッポのアウグスティヌスは『三位一体論』において「神の属性」と表現している。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E9%9C%8A
例えば、コーランでは、神は「子をもうけることはなく、子たることもない」と述べられている。」(A)
神とアブラハムは、聖約(covenant)<(後述)(注3)>を取り交わし、それにアブラハムの子孫だけが羈束されることとされた。
(注3)聖書に記述されている聖約(biblical covenant)は、アブラハム系諸宗教全てにおいて重視されている。そのうち、ノアの(Noahic)聖約だけが全人類に適用され、その他の聖約は、主として、イスラエルの民と(ユダヤ教への)改宗者達(proselytes)だけのものだ。エレミア書31:30-33には神とユダ(Judah)との間の「新聖約」への言及がある。キリスト教徒は、この新聖約を旧約聖書の中で記述されている古聖約の「後継(replacement)」または「最終的履行(final fulfilment)」である、もしくは、二重(dual)聖約神学の中で古聖約とと並存している、と信じている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Covenant_(biblical)
この聖約の履行として、モーゼの五書(Torah)<(注4)(コラム#1204、5852、6024)>が示し、後の流儀が強調したのは、アブラハムは神の法と戒律群(commandments)を遵守したことだ。
(注4)神はノアに、二度と洪水等によって全ての生物を滅ぼそうとしないと聖約した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%82%A2_(%E8%81%96%E6%9B%B8)
聖書はアブラハムを「一神教主義者」とは描写しないけれど、後のユダヤ人の書き物や1,000年後のコーランは、彼を偶像崇拝の激しい反対者として描写した。」(D)
(続く)
アブラハム系宗教非存在論(その1)
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