太田述正コラム#0212(2003.12.21)
<ニール・ファーガソン(特別篇)>

 前回のコラム(#211)に対し、一読者がご自分のホームページでコメント(http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu61.htm)を掲げておられます。(全文を私のホームページの掲示板(#317)で再録してあります。)
 このコメントを私なりに(やや強引に)整理させていただくと、次のようになります。

1 明治期、英国はロシアに対抗するため、日本を近代化させてその軍事力を強化させ、その総仕上げとして日本と日英同盟を締結した。この間、日本は英国の黙認の下に台湾、朝鮮半島に進出し、同盟締結後は日露戦争の結果サハリン南部を獲得することができた。
2 英国の犯した致命的過ちは岡崎久彦氏指摘のように、米国の画策に基づく日英同盟の解消だ。この英国の過ちの結果日本は孤立してしまった。
3 しかも、ここに日本の犯した致命的過ちが加わる。軍部が中国、更にはインドシナに進出したことだ。これが米英の許容限度を超え、日本と英米が戦うことになってしまった。
4 その結果、米国は名実ともに覇権国となり、日本と英国は植民地を失い没落することになった。
5 しかし、テロが脅威となった頃から、今度は米国がテロや中国、ロシア等に対抗するために日本の軍事的協力を求めるようになった。
6 そのためには軍事力の行使を禁じる憲法上の制約から日本を解放する必要がある。日本をイラク「戦争」に引きずり込もうとしているのはその表れだ。米国が北朝鮮をあえて崩壊させず、日本を有事法制の整備やミサイル防衛システムの導入に追い込んでいるのは、この文脈で理解する必要がある。
7 中国の武力による台湾併合を認めないとしつつも台湾の「独立」は認めないと強調している米国のスタンスもまた、台湾の「独立」と「独立」後の防衛を日本にも担って欲しいとのシグナルであると考えられる。

 以下、これに対する私のコメントを付します。

 最初に個別に見ていきましょう。
1について:異存はありません。
2について:ファーガソンの指摘する、英国の第一次世界大戦参戦致命的過ち説の方が、巨視的に歴史を見ている、という点でより魅力的です。
3について:当時の日本政府内部、とりわけ軍部内部の統制がとれていなかったことは極めて問題ですが、全般的には、軍部は政府の意向、更には民意を受けてこれらの行動をとったのであって、軍部だけに責任を負わせるべきではないと思います。当時の東アジアにとっての最大の悲劇は、米国が支那のファシズムや共産主義に日本と手を携えて対処しようとしなかったどころか、ファシズムや共産主義を支援するという致命的な過ちを犯したことです。過ちであった証拠に、戦後米国は戦前の日本の東アジア政策を全面的に、(ただしはるかに不利な地政学的状況の下で、)踏襲する羽目に陥りました。朝鮮戦争やベトナム戦争を米国が戦わなければならなくなったのはそのためです。
4について:異存はありません・
5について:同感です。なお、米国が日本の軍事的協力を求めるようになったのは、カーター政権の末期の1979年(ただし、ソ連のアフガニスタン侵攻前)からです(コラム#30)。
6について:米国が自衛隊のイラク派遣を求めているのは、これが米国によるイラクの戦後統治の正当性を強化するからですが、この読者が指摘されるような側面もあるでしょう。
北朝鮮は米国に見切られており、米国は火中の栗を現段階で拾おうとしていないだけだと私は見ています(コラム#170、171)。ただ、米国が北朝鮮の「脅威」を梃子に日本に憲法上の制約の解消につながる可能性のある諸要求を行ってきていることは事実です。
7について:いささか深読みしすぎではないでしょうか。ブッシュ大統領が陳水扁批判を行ったのは、単なる中共へのリップサービスだと考えていいでしょう。

 いずれにせよ、私が提示した日本の戦前史の見方と基本的に同じお考えの読者がおられることは心強い限りです。

 (このところやたら忙しく、腰をすえたコラム執筆がしばらくできませんが、ご容赦願います。)