太田述正コラム#6557(2013.11.6)
<映画評論40:インサイド・ジョブ(その4)>(2014.2.21公開)
 「<アメリカン・スペクテーター誌による批判は次の通りだ。>
 <関係者の>全員が有罪だと言うのであれば、それは、全員が無罪だ、ということだ。・・・
 <この映画は、>ファーガソンのうわべだけの主題と少なくとも若干の関係があるかもしれないところの、幹部への過度の報酬<の支払い>から始まり、米国の製造業の基盤の衰退、学生達にとってより高い授業料をもたらした公立諸大学への資金提供の減額、(いわゆる、)初めての、興隆しつつある米国人の世代が彼らの両親達よりも経済的に窮乏するとの事実、そして不可避的に、富者に有利であるとされる連邦租税政策、へと<話が>移って行く。・・・
 2008の金融危機は、経済における金融部門への不十分な政府規制が原因で生じたというのだが、これは経済的主張というよりは、ふてぶてしいばかりの政治的主張だ。
 それは、何よりも、それに寄与したいくつもの原因の中から、政治的左派の心にとって大事なもの一つだけを選び取り、残りの全てを無視しているのだ。
 しかも、ファーガソン氏によって無視された諸原因のうちのいくつかが、誤判断に基づく、誤管理または腐敗したリベラル的であるところのな諸措置、ないし、ファニー・メイ(Fannie Mae)<(注10)>及びフレディー・マック(Freddie Mac)<(注11)>のよう諸機関、を通して生じたことを我々は知っている。
 (注10)「連邦住宅抵当公庫(・・・Federal National Mortgage Association, FNMA)は、<米国>の金融機関。ファニー・メイ(Fannie Mae, 以下、本文中に用いる)の通称が広く浸透している。1938年、<米>国内の住宅供給の安定化を目的とした特殊法人(GSE 政府援助法人)として設立。大恐慌後の経済対策<の一環として、>銀行のバランスシート上の不動産貸付債権を買い取って、不動産融資をしやすくし、マイホーム保有を促進するのが目的だった。 当初は政府系金融機関であったが、1968年に民営化され、ニューヨーク市場等に上場。1977年に民主党・・・カーター政権と議会は「地域再投資法」を成立させ、低所得層の住宅保有を促進するために、業務の拡大を支援した。主要な業務は、民間金融機関に対する住宅ローン債権の保障業務。サブプライムローン問題が問題化するまでは、ファニー・メイ発行の証券は政府機関債と見做され、米国債に次ぐ高い信用力を保っていた。だが、2006年には、98年から2004年にかけてのデリバティブ評価額の不正操作(約60億ドルの利益水増し)により、旧経営陣が不当に高額賞与を得ていたとして提訴されている。また、2007年にはいわゆるサブプライムローン問題が起き、約21億ドルの損失計上となった。・・・米政府の管理下<で、>普通株と優先株の配当が停止され<るに至っ>てい<たが、>2010年7月・・・ニューヨーク証券取引所の上場を廃止。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E9%82%A6%E4%BD%8F%E5%AE%85%E6%8A%B5%E5%BD%93%E5%85%AC%E5%BA%AB
 (注11)「ファニーメイ・・・と役割はほぼ同じ。ニューヨーク証券取引所上場の民間企業だったが、2010年7月に上場廃止となった。政府設立の民間企業であり、金融機関の住宅ローン債権を保証するのが主業務。共和・民主を問わず、国民に住宅を持たせることは、世界恐慌の頃から<米国>の国策だった。国策会社として巨大な金融機関へと成長したが、返済能力が低い低所得者の住宅ローン債権を保証していたため、金融危機によって経営危機に陥り、国有化された。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E9%82%A6%E4%BD%8F%E5%AE%85%E9%87%91%E8%9E%8D%E6%8A%B5%E5%BD%93%E5%85%AC%E5%BA%AB
 例えば、バーニー・フランク(Barney Frank)<(注12)>は、『インサイド・ジョブ』の中で、いい奴の一人として登場する。
 (注12)Barnett “Barney” Frank。1940年~。民主党下院議員:1981~2013年。全米で最も有名な同性愛者たる政治家。ハーヴァード大卒、ハーヴァード・ロースクール卒。
http://en.wikipedia.org/wiki/Barney_Frank
 彼は、米議会の中でウォール街の金融的悪行を炙り出す日々をずっと送ってきた、と我々は信じ込まされる。
 彼の、米議会における、ファニーとフレディー・・この二つは納税者のカネを失わせ続けている・・に係る、相も変らぬビジネス(と政治資金)の中心的チャンピオンとしての役割への言及は全くなされない。
 この本では、ファニーとフレディーは、単に、「崩壊の危機にある二つの巨大な抵当貸付者」と描写される。
 民主党への政治資金提供の搾乳牛群としての立場(status)はもとより、<この映画の冒頭に登場する>アイスランドの諸銀行が「規制緩和」の前の旧き良き日々においてそうであったのと全く同様に、この二つの<機関の、>政府によって資金を供給された諸事業体としての立場に関する言及は全くなされない。
 
→経済に問題が生じた時は、その原因は、(原理主義的)市場の失敗にではなく、(肥大した)政府の失敗にある、という決まり文句は、米共和党特有のものです。(太田)
 しかし、マット・デイモンがナレーターを務める映画から、そうではないものを期待する方が野暮というものだろう。
 知的首尾一貫性と正確性の喪失は、いわゆる規制緩和の極悪(villainy)に対する増大した焦点の絞り込みによって埋め合わされる。
 いかなる種類のものであれ、かつて規制緩和を擁護したことのある政府の専門家ないしは経済学の専門家は、<ことごとく、>この極悪の片割れにされる。
 しかし、この映画で名指しされた唯一の実際の規制緩和策は、1999年におけるグラスースティーガル法(Glass-Steagall Act)<(注12)>の破棄だ。
 (注12)「1933年に制定された<米>国の連邦法である。連邦預金保険公社(FDIC)設立などの銀行改革を含む。いくつかの条項はレギュレーションQのような投機の規制を行うように設計されていた。それについては預金口座の金利を管理する連邦準備制度理事会(FRB)が1980年・・・によって無効を認めた。また、銀行持株会社による他の金融機関の所有を禁止する条項は、・・・1999年11月12日に廃止された。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%AB%E6%B3%95
 あのみんなのジョージ・ソロス(George Soros)<(注13)>が、我々に、そのどこが間違っているのかを教えてくださる。
 彼は、石油の水防仕切り<壁で囲まれた>槽をいくつも持っている石油タンカーの方が、油を全部一纏めにしたものよりも船が不安定化しにくい、という譬えでもって説明する。
 (注13)1930年~。「ハンガリー・ブダペスト生まれのハンガリー系およびユダヤ系<米国>人の投機家・投資家・ヘッジファンドマネージャー。・・・哲学者、慈善家、自由主義的な政治運動家でもある。自身を「国境なき政治家」と称す。・・・2011年1月26日、ファンドでの投資活動から引退したことを明らかにした。・・・1979年に始まる慈善事業への寄付金総額は、2011年までに80億ドルを超えた。」英LSE卒。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%82%BD%E3%83%AD%E3%82%B9
 
 彼の言いたかったことは、恐らく、高リスク追求者達に与えられた諸機会が増大し、それがリスクの増大を意味した、ということなのだろう。
 しかし、この高リスク追求の増大が危機を生み出したはずはない。
 増大したリスクは、増大した報酬も生み出したわけだし、金融危機はリスクの増大よりも減少、ないしは、どちらかと言えば、金融諸機関によってとられたところの、リスクの社会化によって拡大させられたのだ。
→またしても、市場の失敗ではなく政府の失敗である、という陳腐な決まり文句の登場です。(太田)
(続く)