太田述正コラム#6639(2013.12.17)
<個人主義の起源(その1)>(2014.4.3公開)
1 始めに
「16世紀のイギリスに新しい観念が出現した。地上ないし天上のご主人様や部族や家族に対して義務を負うことなく、個人が土地を公然と所有することができる、という観念が。(A novel idea sprang up in 16th-century England: that an individual could own land outright, without obligation to earthly or heavenly masters or to tribes and families.)」という、アンドロ・リンクレイター(Andro Linklater)の新著、『土地を所有して(Owning the Earth)』についての書評(A)の冒頭部分を読んで、私はのけぞりました。
これでは、コラム#88以下、アラン・マクファーレーンを援用しつつ、私が言い続けてきたこと・・イギリスは「最初」から生産手段(土地)が私有されていたところの、個人主義社会であった・・が全面的に否定されかねないからです。
そこで、この本の書評等をもとにこのリンクレイターの説のあらましをご紹介した上で、この説を批判する必要がある、と思った次第です。
A:http://online.wsj.com/news/articles/SB10001424052702303670804579236063419368676
(12月13日アクセス(以下同じ)。書評)
B:http://www.resilience.org/stories/2013-12-06/the-fateful-choice-the-pilgrims-assign-private-property-rights-in-land#
(書評)
C:http://www.bloomberg.com/news/2013-11-10/when-pilgrims-privatized-america.html
(著者による解説)
D:http://en.wikipedia.org/wiki/History_of_English_land_law
なお、リンクレイター(1944.12~2013.11)は、スコットランドのノンフィクション作家たる歴史家であり、代表的なパブリックスクールの一つであるウィンチェスター校卒でオックスフォード大を近代史を専攻して卒業し、米国に長期滞在した後、スコットランドとロンドンで教鞭を執り、1974年から執筆活動に入ったという人物です。
なお、彼が、自分の教会・・長老派と想像される・・のためにいくつも祈祷文を書いているところを見ると、彼は、今時の英国では・・スコットランドの状況は詳らかにしないというdisclaimerを付けさせてもらいますが・・・珍しい、キリスト教の敬虔なる信者であったようです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Andro_Linklater
2 近代的土地所有の起源
(1)序
「近代欧米世界の歴史の出発点は、中世の封建制の終わり頃の16世紀のイギリスにおいて導入された新しい概念だった。
その観念とは、地上ないし天上のご主人様や部族や家族に対して義務を負うことなく、個人が土地を公然と所有することができる、というものだ。
それは漸進的過程だったが、1540年代に大きな進展を見せた(well-developed)。
当時、ヘンリー8世が、主として高位の(well-positioned)廷臣達に、修道院群から没収した土地の半分を売り払ったのだ。<(注1)>
ロンドンの商人達、羊を飼う農民達、そして政府の役人達が財産市場に参入するにつれて、その後2世代の間に、早くもこの土地は所有者が代わることになる。」(A)
(注1)例えば、下掲を参照。
http://mini-post-uk.blogspot.jp/2011/09/blog-post_06.html
ただし、イギリス(と英領アイルランド)でも例外的には「近隣の村に対して傲慢な態度を取り、嫌われていた修道院などもあった」(上掲ブログ)かもしれないが、「強力で富んだキリスト教諸機関に対する民衆の敵意が見られた」、ドイツ、ボヘミア、フランス、スコットランド、ジュネーヴ等の欧州大陸の修道院とは異なり、一般には、イギリス(と英領アイルランド)では、民衆にこのような敵意は見られなかったところだ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Dissolution_of_the_Monasteries
→これは、上掲の冒頭部分を敷衍しているくだりなのですが、すぐ後で紹介するように、この個人による土地所有が最初に確立されたのは英領北米植民地においてであった、とリンクレイターは主張しているのですから、私としては、一層、頭を抱えた次第です。
ただし、その主張は、私にとっては堪えられない、下掲のような、痛快かつ衝撃的な指摘から始まります。(太田)
(2)共産主義社会としての最初期の英領北米植民地
(続く)
個人主義の起源(その1)
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