太田述正コラム#6665(2013.12.30)
<『チャイナ・ナイン』を読む(その5)>(2014.4.16公開)
「胡錦濤・・が、まだ正式に国家主席になる前の2002年12月、当時『人民日報』の評論部主任評議員(日本で言えば論説主幹)の馬立誠<(注2)>が「中国戦略と管理研究会」の機関紙である『戦略と管理』の2002年6月号に「対日関係新思考–中日民間の憂い」という評論を発表した。・・・
(注2)「馬立誠氏(66)・・・<は、2013年>一月末、日中関係を扱った新著「憎しみに未来はない」を出版した。」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kakushin/list/CK2013020402000138.html
「新著では過去10年の中国の急成長で「数千年の中日の歴史の中で、二強が同時に並び立つ初めての局面」を迎えたと強調。
「中日の和解なしにアジアの安寧はない。その鍵は憎しみの連鎖を断ち切ることだ」「目の前の争いにとらわれない、冷静で戦略的な思考を」と訴えた。
馬氏は朝日新聞の取材に「釣魚島問題は中日が本当の理解を深めるプロセスの一つ。冷静に大局観を持って対処すれば必ず解決できる」とし<た。>」
http://worldnews2ch.com/archives/31081867.html
<そ>の主たる内容は以下のようなものである。
開幕したばかりの16大(第16回党大会)は創新を強調した。私は対日関係においてもそうあるべきだと思う。古い観念を捨てて新しい思考に切り替えるべきだ。
まずは戦勝国、そして大国の度量を持って、日本に対して過度に厳しくする必要はなく、あの戦争はすでに60年も前の過去のこととなっている。
日本の村山首相もまた原因の<(ママ)>小泉純一郎首相も、相前後して中国の盧溝橋や瀋陽などに行って、日本がかつて発動した侵略戦争に対して反省の意を表した。日本の謝罪の問題はすでに解決しているのだ。もうこれ以上、型通りの(反日)型式にこだわるのはやめようではないか。
その他、日本は1979年から2001年まで、2兆6679億900万日本円の低利子円借款を中国に提供してきた。そのお金で中国は北京の地下鉄の2期工事や首都飛行場や北京の汚水処理場を建設してきた。武漢の天河飛行場、五強渓水利発電、重慶長江第二大橋、秦皇島埠頭、稀陽から広州に至る鉄道拡充建設、朔黄鉄路、南昆鉄路など、150か所以上のインフラがすべて日本の円借款で遂行されている。これも日本の誠意の表現の一つだと思うべきだ。私たちは長いこと、日本のこの貢献を(中国の民に)十分には紹介しようとしてこなかったが、今や、(日本のこの行為に対して)正当な評価をすべきところに来ているのではないだろうか。
それ以外にも、日本が政治および軍事大国になっていくのではないかということに対して、たとえば、日本が海外に軍隊を派遣して参加あるいは保護する行動に出ようとすることなどに関して、われわれは大騒ぎすべきではない。
さらに重要なのは前向きに考えることだ。
新しい重点は経済システムと市場にある。アジアは中国と日本を枢軸としており、両国の国民は互いに自己の民族主義的思考を反省し、狭隘な観念を克服し、一体化する方向に邁進するよう努力しなければならない。
中国から見れば、中国とアセアン諸国との間の自由貿易圏を一日も早く形成し、中日韓3か国の自由貿易協定を早期に実現することに力を注ぐべきだ。これこそがアジア人の心が一致して向かうところであり、新しい潮流なのではないだろうか。
このメッセージに対して、中国国内では激しい抗議が巻き起こり、馬立誠を「第一級の売国奴!」として罵る言葉がネットに溢れた。
『人民日報』は中国共産党の機関紙だ。
その主任評議員が中国共産党中央委員会総書記となった胡錦濤の許可なしに、このような論評を書けるはずがない。・・・
思うに、馬立誠に書かせた言葉こそが、実は胡錦濤の本心であることはまちがいないだろう。・・・<彼は、>新政権の対日路線を模索するために、大切な部下であるような『人民日報』の主任評論員を「生贄」にしてアドバルーンを上げてもらった。そして国内外の中国の民の激しい抗議と罵倒を見て、親日的な対日路線の軌道修正を余儀なくされたと考えるのが妥当ではないだろうか。」(注3)(203~305、307)
(注3)馬立誠<は>「対日関係の新思考」<の中>で「事実に即して言えば、日本はアジアの誇りである」「謝罪問題は既に解決しており、文書化の形式にこだわることはない」と述べ、また「東南アジアは、中国のように日本の軍事力に反発したりはしない。地域の安全を考えると、日本の改憲は必要だ」「日本が改憲しても、軍事大国にはならないだろう」というシンガポールやインドネシアの研究者の見解まで載せている。」
http://www.apa.co.jp/appletown/fujiseiji/fs0308.htm
→この評論にはかすかに記憶がありますが、すっかり忘れてしまっていました。
今にして思えば、胡錦濤は、総書記就任後国家主席就任前という慌ただしい時期に、反日から親日への対日政策の大転換を号令してたわけですね。
(習近平が、やはり、総書記就任後国家主席就任前という慌ただしい時期に、親日から反日的親日への対日政策の小転換を号令したのは、その顰に倣ったということでしょうか。)
特に注目すべきは、(遠藤は見過ごしてしまっていますが、)「日本が海外に軍隊を派遣して参加あるいは保護する行動に出」ることを促していることです。
つまりは、日本に再軍備・「独立」を促しているわけです。
こんな凄まじい対日政策の大転換をほぼ見落としていた私の当時の未熟さには、まことに忸怩たるものがあります。
もちろん、その原因はもう一つあって、私が、毎日継続的に中共情勢等をフォローし始めてからまだ日が浅かったことから、比較すべきベースになるところの、江沢民時代の中共について正常値が私の頭の中に形成されていなかったために、異常なことを異常なこととして感知することができなかったことも挙げられるでしょう。
対日新思考に関する日本語ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BE%E6%97%A5%E6%96%B0%E6%80%9D%E8%80%83
は、「この思想は中国国内においてはあくまで一部知識人の多様性の1つに留まっていて同国の世論の主要な潮流とはなってはいない」としていますが、「同国の世論の主要な潮流とはなってはいない」かもしれないけれど、遠藤の指摘するように、胡錦濤政権の意向を受けた「思想」であることは明らかであることから、「一部知識人の多様性の1つ」という評価は完全に誤りです。
なお、注2で紹介した、馬立誠の今年の言は、私の、最近になって見抜くことができた(と言って過言ではない)ところの、胡錦濤/習近平政権の対日政策の真意を踏まえれば、実によく腑に落ちるというものです。
(続く)
『チャイナ・ナイン』を読む(その5)
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