太田述正コラム#6673(2014.1.3)
<映画評論42:キャプテン・フィリップス(その3)>(2014.4.20公開)
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<脚注:フィリップスは本当に英雄だったのか>
乗組員の一人が、フィリップス船長に対して、ソマリア沿岸から600マイル以遠を航海することを勧める海賊情報メールを無視し、乗組員達を危険に晒したとして、賠償請求訴訟をテキサス州の裁判所に提起したが、同州高裁で棄却された。(F)
この点を含め、果たしてフィリップスは有能なリーダーであったかについて、匿名の一乗組員がフィリップスは無能であったと指弾した
http://nypost.com/2013/10/13/crew-members-deny-captain-phillips-heroism/
のに対し、監督のグリーングラスは、商船乗組員であった自分の父親を引き合いに出し、海上で、船長というリーダーは乗組員から嫌われるものだとし、この映画で、フィリップスをありのままに描いている、と反論している。
http://www.thewrap.com/paul-greengrass-100-percent-stands-behind-captain-phillips-accuracy/
私は、この点は、どちらかと言えばグリーングラス/フィリップス側に軍配を上げたい。
そんなことよりも、私が知りたいのは、海賊3人の射殺の時の状況であるところ、存命の第三者たる目撃者がいないので、真実は闇の中だ。
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グリーングラスを含む、この映画制作陣は、真実を米海軍側に有利に脚色したか、米海軍が自分達に有利に脚色した話をうのみにしたか、米海軍が意識的に海賊達を追い詰めてフィリップスに対する危険を生ぜしめた点を描写からあえて落としたのか、そのいずれかである、と私は考えています。
制作陣が、そうしなければならなかった実際的理由が2つあります。
一つは、そうしなければ、リアリティのある映像が撮れなかったことです。
以下のような事実関係があります。
「マースク海運の協力を得られることになり、撮影に使えるコンテナ船を探したが、コンテナ船は1年間ずっと貨物を運ぶために運行されているため難しいと思われたが、マースク海運から利用されていないコンテナ船がマルタ沖に停泊していると知らされ、撮影期間のうち9週間は、コンテナ船マースク・アレクサンダー号上で行うことができた。また、・・・<米>海軍の全面協力を得られ、実際の救出に使われたアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦ベインブリッジの姉妹艦で、修理したてで2ヶ月のならし航海を必要としていたトラクスタンを・・・撮影に使わせてもらえることになり、トラクスタンの乗組員も撮影に協力した。」(B)
つまり、制作陣は、この米海運会社や米海軍を悪者にするような脚本にするわけにはいかなかったはずです。
もう一つは、制作陣は、米海運会社や米海軍を悪者にするような脚本にしたら、そんな映画は、少なくとも米国内では興行成績を上げることができないと考えたはずです。
では、そもそも、オバマはどうして、ソマリア沿岸に向けて逃走中の救命艇を絶対にソマリアに着かせるせるなと命じ(映画)、しかも、海賊達の射殺による船長の救出を指示(私の想像)したのでしょうか。
オバマが普通の米国人であれば、何の不思議もないことかもしれません。
現に、(米艦が救命艇のすぐそば到着したのは8日であったところ、10日に)「普通の」米国人であるフィリップスは、「救命艇に乗せられた船長は脱出を試み海に飛び込んだが、海賊に捕らえられ失敗し」ています。(E)
これは、海賊達が泳いでいる自分を射殺することはないことが彼には分かっていたからです。
他方、(時間の前後は覚えていませんが、)フィリップスは、米海軍のゴムボートが接近して、「海賊に船長が無事であることを確認したいと要求」したことを受けて、海賊に救命艇の入り口に引っ張り出された時、「自分が座っている席の番号を・・・「15番だ!」<と>・・・叫ぶ」のですが、それは、「船長自身、アメリカ軍が海賊と交渉しないこと<が>分かって<おり、>交渉は時間稼ぎでしかなく、解決には至らないケースがほとんど<で、>最後は必ず銃撃戦になる。・・・<だから、>自分が座っている位置を知らせ、常に同じ席に座るようにすることで、狙撃手は船長から狙いをはずすことができる」と考えたからです。(A・33)
しかし、私の見立てでは、オバマは米国人離れした人物です。
繰り返しますが、そんなオバマが、どうして、かくも(国際相場的には)非情な決断を下したのでしょうか。
それは、共和党政権下で選任されたゲーツ国防長官をそのまま留任させたり、あえて共和党員で自分の政敵たりうるようなユタ州知事のハンツマンを駐中共大使に任命したりした
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%9E%E3%83%B3_%28%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%A2%29
ことと同じであり、また、ビンラディン暗殺にこだわったこととも同じなのであり、要するに、共和党に配意する強い大統領を、カネのかからない形で米国内向けに演出することによって、イラクからの米軍撤退とアフガニスタンからの米軍の早期撤退を実現すること等を通じて、米国を国外への介入から手を引く方向にもっていき、内政、とりわけ、国民皆保険制の実現等、弱者の救済に力を注ぎたかったからでしょう。
恐らく未成年も含まれていたであろう、ソマリア人海賊の3人は、このオバマの思惑の犠牲になった、というわけです。
(完)
映画評論42:キャプテン・フィリップス(その3)
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