太田述正コラム#0232(2004.1.17)
<漢人の特徴(その1)>
(コラム#231の「てにをは」を直してあります。また、このコラム送付の際、一部読者に「2004.1.17付」として送付してしまいました。「2004.1.16付」の間違いです。)
支那の人口の大半を占める漢人(漢字を書き言葉に用いる人々)の社会の特徴を押さえておきたいと思います。
1 欧州人による評価
(1)明末:ポルトガル人ガスパール・ダ・クルス
「誰しもできる限りの方策によって他人を欺こうと懸命であるので、他人の秤および分銅を信用する者はいない。・・おしなべて商人は欺瞞が多く嘘つきである。商品にできる限りいんちきを施すことにこれ努め、そうして買い手を欺く、このような悪事を習慣としてきたため、彼らにはそうすることで疼くような良心はない。」(ガスパール・クルス「クルス『中国誌』」講談社学術文庫2002年。原著は1570年 156??157頁)、「彼らは一般的に非常に才気に富み手先が器用である。あらゆる分野において大きな独創性を発揮する。・・彼らは万事において巧妙かつ利発である。なぜなら彼らには一種の偉大な活発さと、天性の工夫の才があるからだ。・・彼らは・・武力を活用するというよりは策略と多勢に訴えるところが大きい。・・全土において、いかなる種類の武器を携行することも絶対に許されず、小刀さえも例外ではない。」(178??179)、「軍人<は>戦陣で功を立てたからとて抜きんでた存在となることは・・ない。宦官は・・ごっそりと賄賂を受ける。」(198頁)、「騎士道精神<より>学識によって与えられる名誉の方が大きい。」(202頁)、「中国にはこの国の法律を学ぶための王立研究機関をわずかな例外として、総合と専門とを問わずいかなる研究機関も学校も存在しない」(203頁)、不当な賄賂によって無実の人への冤罪が往々にして生ずる(訳者による要約。233頁)
これを要約すると、「商業道徳は低いが、職人は優秀で、役人は腐敗しており、武力・武器が忌避され、文民優位の世界であって、高等教育研究機関は存在しない」、ということになります。
これが、漢人が再び満州族という「北夷」の支配下に300年以上もの間置かれ、更にその後清崩壊後の混乱期が続いた結果、どのように変化するのでしょうか。
(2) 「戦前」
ア 1933年:ドイツ人ハインリッヒ・シュネー
「中国に来てまず注目されるのは、中国人の家族間の結びつきが強いことと、子どもの数が多いことである。・・どこの商店でも<店員は>全員店主の親類筋だ・・「孝」はあらゆる義務の中で最も重要である。ついで家族、親類に対する義務が重要視されている。西欧諸国と比べ、親類縁者の世話をやき、養育する義務ははるかに重大である。この道徳観念によって、中国人の血族間の結束は西欧人のそれと比べてはるかに強力である。中国人の結束にとってもう一つ重要なことは祖先の崇拝である。・・中国人が・・少なくとも一人の息子は絶対に必要と考えていることも、これに関連している。・・中国人・・からまったくよい印象を受けた。しかもこのことは、・・高い教養と才能を持つ政治家、学界、財界の指導者ばかりでなく、・・たまたま接触した下層の人々をふくめ、あらゆる種類の中国人について当てはまることである。しかも、生存するのがやっとという貧しい生活をしている下層の人々の間にも、西欧民族の貧民層ではふつうは発見することのできないような美徳――生活がつらくとも心の平和を維持しよう――という美徳がゆきわたっているとの印象を受けた。わたしは街頭で中国人がはげしく争ったり喧嘩しているところをついぞ見たことはなかった。・・中国人は一般に平和愛好国民だとの印象を受けた。・・中国人は道徳堅固な性格を持つ善良でしかも高貴な民族であるということだ。・・親に対する愛情、子に対する愛情、家族間の愛情などいろいろな面で、中国人は西欧の人間よりもすぐれている・・」「いわゆる搾取の流行・・これは古くからの伝統的習慣で、だれでもできるだけ好機を見逃さず他人の金を自分のふところに入れてしまう・・ボーイは買い物の世話をするとき釣り銭をごまかし、役人は国庫などに収めるべき金の一部をピンハネし、上役は部下の給料を支払う前にその何パーセントか上前を着服するというわけだ。中国のもう一つの欠点はアヘンの吸飲で、・・あいかわらず流行している。このほか、人を傷つける強盗、盗賊の類からこそ泥にいたるまで各種の盗人が横行していることも中国の汚点にかぞえられるであろう。たしかにこうした暗い面は数多くあるが、それでも公平な観察者は、中国人は一般に大変明るく、美しい特質をもっていると考えている。」(シュネー前掲(コラム#218)98??101頁)
「商業道徳は低いが、職人は優秀、役人は腐敗しており、武力・武器が忌避され、文民優位の世界であって、高等教育研究機関は存在しない」が、今度は、「長所は、明るく争いを好まず、貧しくとも凛としており、一族間で相互扶助すること。短所は、商業道徳の低さ、ピンハネの横行、アヘンの蔓延、強盗・盗賊の横行」と評されるに至っています。
アヘンの蔓延と強盗・盗賊の横行は、清崩壊以後の混乱期が続いたせいでしょう。
イ 1940年:オーストリア人コリン・ロス
「中国で人間の生命が重視されたことがあっただろうか!」(ロス前掲(コラム#218)170頁)、「家畜は高価であり、人間は安価である。・・そのため購買力のある金持ちの地主は「輓馬」より輓人のほうを好んでいる。」(174??175頁)、「村落はいたずらに要塞化されているのでなく、都市は根拠もないのに城壁を備えているのではない。中国では戦争がとだえることがない。その際、国土を荒らしまわるのは外敵同様国内の盗賊でもある。」(175頁)、「中国の悪しき遺伝体質、賄賂」(296頁)、
ほぼ同じ頃の評価ですが、ちょっと時代が下っただけなのに、「生命・労働力の安さ、軍閥・盗賊による蹂躙、賄賂の横行」と短所ばかりが列挙されています。(「生命・労働力の安さ」は別として、)混乱期が余りにも長く続いたため、人心がすさみきっている様子がうかがえます。
(3)総括
特殊要因を取り除いて見ると、漢人社会の特徴は350年以上を経ても、基本的には変わらなかったことが分かります。
それは、漢人社会の腐敗体質です。
ところが、シュネーが指摘しているように、漢人一人ひとりは欧州人よりはるかに立派な倫理観を身につけているようです。となると、これはやはり漢人のネポティズム(一族びいき)のしからしめるところなのでしょう。彼らはウチとソトで身の処し方を使い分けているわけです。
私自身、漢人とのお付き合いを通してそのあっけらかんとした(?)腐敗ぶりを幾度となく目にしてきました。
してみると、「戦後」の中華人民共和国の成立を経て更に半世紀以上経過した現在も、漢人は基本的に変わっていない、ということになりそうです。
(続く)
(次回は、「2 日本人による評価」です。)