太田述正コラム#6741(2014.2.6)
<『「里山資本主義」のススメ』を読む(その9)>(2014.5.24公開)
「島根県の山あい、八頭(やず)町では、進めてきた耕作放棄地の活用をめぐって、興味深い議論が繰り広げられた。自分たちは儲けるためにやっているのか、楽しいからやっているのか、真剣に話合ったのだ。出した結論が、いかしている。楽しむことが第一だということを、みんなで確認したのである。
彼らが取り組んでいるのは、とある魚の養殖。耕作放棄地の田んぼを20センチほど掘り、用水路から水をひいて、ホンモロコ<(注18)>という魚を育てている。ホンモロコは体長10センチほどの琵琶湖特産の魚で、昔から京都の料亭などでは、高級食材として珍重されてきた。・・・
(注18)「元々はニゴロブナやハスなどとともに琵琶湖の固有種とされて<おり、>・・・大きな個体では約15cmに達する・・・日本産コイ科の魚類の中でも特に美味と言われ<ている。>・・・1996年以降では年間の漁獲量が最盛期の1/10未満という年が続き、価格が急騰。現在は高級食材の1つとなってしまった。このように生息数が激減してしまった背景には、ブラックバス・・・やブルーギル等、肉食性外来魚による食害などが原因の1つとも言われている。・・・埼玉県では養殖における生産量が年間約20トン(2010年1月10日現在)と日本一である。2009年より広島市佐伯区湯来町、2011年より岐阜県中津川市福岡(旧・恵那郡福岡町)においても、遊休水田を活用してホンモロコ養殖を始めた。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%B3%E3%83%A2%E3%83%AD%E3%82%B3
残念ながら、八頭町への言及はない。
2000年頃、鳥取大学で淡水魚の研究をしてきた七條喜一郎さんが、ホンモロコが田んぼの池のような環境でも育つ魚であることに目をつけ、八頭町の耕作放棄地で養殖を始めた。・・・エサは池にわくミジンコなどのプランクトン。醤油かすや小麦をまいておくと、それをエサにミジンコは自然に増え、ホンモロコは育つ。成魚になってからはちゃんとしたエサが必要だが、それまではほとんど手間がかからない。・・・
そして問題が起きた。新規参入者急増による産地間競争、である。・・・
こんな淡水魚をありがたがって食べる文化を持つのは京都周辺だけである。我も我もと京都の市場にホンモロコを出すと・・・値が下がってしまうのである。・・・
<しかし、>そもそも儲けようとか、採算が取れるかとかを考えて始めたことではない。楽しいからしているのだ。それでいいじゃないか。争うなどもってのほかだ・・・<それに、>地域を誇らしく思う気持ち・・・<が起き、>子どもが地域を好きになってくれれば<それでいいではないか、ということになった。>・・・
耕作放棄の菜園で野菜を育てている市民は、その分スーパーで野菜を買う必要がない。これは、重要なことを私たちに問いかけている。
いつのまに私たちは、「趣味」をお金で買うしかないものにしてしまったのか。趣味を含め生活のすべては、仕事という「業」で得たお金を切り崩して得るしかないと考える、一方通行の仕組みを金科玉条にしているのはなぜなのか、と問うているのだ。趣味で野菜を作り、その分お金を使うことが少なくなれば、それにこしたことはないではないか。それどころか、支出さえ抑えられれば、実はそれほど収益性の高くない「業」でも、つくことができるようになるのだ。
地元の池で育ったホンモロコを給食に使えば、町の外から魚を買う必要がない。同じように代金を払っているようだが、意味合いは全然違う。外の魚だと、お金は町の外に出て行く。でも地元のホンモロコなら、お金は地域に留まる。地域の中で回っていくのだ。
見かけ上、経済活動は小さくなる。でも、実は豊かになっている。里山資本主義の極意だ。
さらに、手に入る「豊かさ」は金銭的なことだけではない。「楽しさ」や「誇り」といった「副産物」が次々「収穫」されていく。
副産物は、まだまだある。
「耕すシェフ」<の一人である>・・・安達さん<は邑南町>に来た頃、疲れてい<て>遅刻ばかりしていた<が、>しばらくすると元気になった。・・・都会にいた時は何百万人のひとりだった<が、>・・・ここにくると1万人のひとり<であり、>役立ち感が全く違う<からだ。>
そのことを如実に表すバロメーターがある。「ありがとう」と言われることが圧倒的に増えたというのだ。さらにいえば、安達さんが「ありがとう」ということも増えた。感謝のコミュニケーションは、人を元気にする。それが都会では、どんどん少なくなっている。」(196~198、200~202)
→自分がかけがえのない存在であるという「誇り」を(夜郎自大的にではあれ)抱き、「楽し」く「業」兼「趣味」三昧の毎日を送り、沢山の読者から「ありがとう」と言われ、有料読者・名誉読者等に「ありがとう」と言うことができる私は、直接自然を相手にしているわけではないけれど、人間主義を旗印にしていることもあり、自分で言うのもおこがましいが、まさに、「里山資本主義」的生活をしている、と言えるのかもしれませんね。(太田)
(続く)
『「里山資本主義」のススメ』を読む(その9)
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