太田述正コラム#0235(2004.1.20)
<「降伏」した北朝鮮とパレスティナ(続々)>

 (昨年10月、「「降伏」した北朝鮮」を書いたコラムで予告しながら、いつの間にか年を越してしまった「「降伏」したパレスティナ」を、ようやく書くことにしました。)

1 背景

 (1)平穏になった中東
リビアは、大量破壊兵器装備計画を放棄することとなり、イランは核関連施設への国際査察団を受け入れる運びとなり、シリアはイスラエルと和平交渉を再開する意向を明らかにし、エジプトとイランは関係の修復に乗り出し、サウディでは「改革」に向けての国内論議が始まっています。中東では、過激派がなりをひそめつつある、と言ってもいいでしょう。
これは、米国がアフガニスタンとイラクで武力を用いて自由・民主化に向けて体制を変革し、過激派退治を行っていることと、米英の長年にわたる粘り強い外交努力、の二つが両々あいまって実を結んだ、ということでしょう。
(以上、http://www.csmonitor.com/2004/0113/p01s01-wome.html(1月14日アクセス)による。)
このような中東の全般的な平穏化は、パレスティナ紛争にも影響を与えざるをえません。

 (2)右派が勝利したイスラエル
アリエル・シャロン(現在のイスラエル首相)のエルサレムのアル・アクサ・モスク訪問が引き金を引いた形で2000年秋に始まったアル・アクサ・インディファーダ(蜂起)の過程でパレスティナ側による自爆テロ(注1)が頻発し、イスラエルの民間人の死亡者が増えるにつれてイスラエル国民の間でパレスティナ側への怒りが募って行きました。

(注1)吉村作治氏は、アルカーイダらの自爆テロと違って、パレスティナの自爆テロは、パレスティナ側に残された最後の戦闘手段だとして、自爆攻撃と呼ぶべきだと主張している(http://www.egypt.co.jp/EGYPTPIA/1sakuji’s/messege/koramu/14honbun.htm。1月21日アクセス)。私も同感だが、慣用法に従い、自爆テロという言葉を用いた。

イスラエルや米国から、和平交渉再開の条件として自爆テロ防止に向けての努力を要求されたアラファトは、これに同意しつつ、まじめにテロ防止に取り組もうとはしませんでした。
それどころか、このアラファトを首班とするパレスティナ暫定自治政府(Palestinian Authority)とテロ組織がつながっており、パレスティナ暫定自治政府がこの関係を断ち切る意思がないことが2002年春にはほぼはっきりしました。
昨年秋には、パレスティナ暫定自治政府と自爆テロを実施してきたアル・アクサ殉教者旅団(al-Aqsa Martyrs’ Brigades)との関係が明るみに出ました。アル・アクサ・インティファーダが始まって以来、パレスティナ暫定自治政府がこの団体にずっと資金提供をしてきたばかりか、アラファトはこの団体の事実上のトップでもある、というのです。
(以上の三段落は、http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/3243071.stm(11月8日アクセス)による)。
これまで、パレスティナ和平を追求して来たのはイスラエル左派だったのですが、欧州出身の教育程度の高い人々を中心としたこのイスラエル左派(社会主義志向でキブツ運動を担ってきた。政党としては労働党)は、時代の進展と、中東出身の人々の増大に伴って次第に勢力が衰退してきていたところ、ことここに至ってイスラエル国民がパレスティナ暫定自治政府に愛想を尽かしたため、イスラエル左派は完全に勢力を失い、イスラエル国内は対パレスティナ強硬派の右派(政党としてはリクード等)一色になってしまいました(http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,2763,1068903,00.html。10月23日アクセス)。
 二人集まれば三つの政党ができると揶揄されるほどバラバラだったイスラエルが右派一色になったのですから、パレスティナ側は、イスラエル側の分裂につけ込むことができなくなってしまったのです。

(3)追い詰められたパレスティナ
アル・アクサ・インティファーダが始まって以来、自爆テロ防止のため、イスラエルはヨルダン川西岸内とガザ地区内、及びこれらの地区とイスラエルとの間のパレスティナ人の移動を厳しく規制しており、ためにパレスティナ暫定自治区内の経済は以前の三分の二の水準に落ち込み、パレスティナ人の60%が貧困レベル以下の生活を余儀なくされるに至っています(http://www.csmonitor.com/2003/1126/p01s02-wome.html。11月26日アクセス)。
昨年10月に実施されたパレスティナでの世論調査の結果は、イスラエルから「追放」を示唆されたアラファトの支持率が35%から50%へと上昇し、75%が自爆テロの継続を支持する一方で、85%が相互停戦を望み、実に66%が一方的停戦を希望するという矛盾した結果が出ました(http://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,2763,1068186,00.html。10月22日アクセス)。
これは、もはや思考停止状態になるほどパレスティナ人が弱り果てていることを示しています。
最近では、自爆テロ実行者の遺族が自爆テロをやらせたことに抗議するという、かつて全く見られなかった現象まで起きています(http://www.nytimes.com/2004/01/14/international/middleeast/14MIDE.html。1月14日アクセス)。

(続く)