太田述正コラム#6757(2014.2.14)
<個人主義の起源(その11)>(2014.6.1公開)
ジョン・ブル(John Bull)<(注23)>の消極的(negative)リバタリアニズムとクレッグ(Clegg)<(注24)(コラム#3965、3991、5005、5272)>とミリバンド(Miliband)<(注25)>の積極的(positive)国家関与(state engagement)の二価の(bivalent)概念である「フェアプレー(fair play)」、それに加えて、最も重要なもの・・包含性(inclusiveness)についての複雑でしばしば矛盾した理解、であって、この<最後の>ものは、(上院内の黒と茶の宝冠を着けたスポーツマン達(coronet-sporters )たる)選良達<(上院議員/貴族)>への新会員選出(co-option)や(うまくやり抜く(hack)ところのハケット(Hackett)<(注26)>を身に纏った駄馬(hack)達や、チャヴィストクラシー(chavistocracy)<(注27)>的な超高級レストラン(fine dining)<(注28)>のバーバリー(Burberry)を身に纏った会員達、の)物まね、のような形で充足されていく(served)、ということが見て取れる。
 イギリス人に関しては、どんな個人であれ、<このような>同化(assimilate)をする能力があるとされ、それが、この国の本質的な包含性を裏付けるもの(confirmation)である、とみなされてきた。
 <同化対象に向かって>「近づいて行く(get on)」というやり方は、申し訳程度の努力の傾注(tokenism)を肯んずる(accede to)、ということであり、やがて時間が経てば、<その人は、同化対象に>紛れ込んでいく(fade to grey)<(注29)>、というわけだ。」
http://www.theguardian.com/books/2014/jan/17/how-has-england-changed-will-self
 (注23)「擬人化されたイギリスの国家像、もしくは擬人化された典型的イギリス人像のことである。・・・一般的なジョン・ブルは背の低い男性像であり、その装束は夜会服に正装の半ズボン(・・・Breeches)、ユニオンジャック柄のウェストコートである。・・・こうしたジョン・ブルのキャラクターは1712年にジョン・アーバスノットによって創作され、ついで大西洋を渡ってアメリカの風刺漫画家トーマス・ナストらによって一般に普及したと考えられている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AB
 (注24)Nicholas William Peter Clegg(1967年~)「<英国>の政治家。2007年から自由民主党党首。現在は副首相、枢密院議長。」無信教者。ケンブリッジ大卒、ミネソタ大留学、欧州大学(ブリュッセル)修士。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B0
 (注25)David Wright Miliband(1965年~)。ブレア政権で環境・食料・農村相、ブラウン政権で外相等。現在労働党党首。オックスフォード大卒、MIT修士。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89
 (注26)「ハケット ロンドン (HACKETT LONDON)は、<1983年に創業された>英国スタイルの最たる象徴として、<欧州>を中心に世界各国で展開するメンズブランド。」
http://www.fashion-press.net/brands/755
 (注27)Chavin it Large というスロットマシーンにおける、大当たりのチャンス。
http://www.casinoman.net/reviews/slots/chavin-it-large-online-slots.asp#
 (注28)ドレス・コード等のルールを伴う高級レストラン。
http://en.wikipedia.org/wiki/Types_of_restaurant
 (注29)to fade to blackは、映画ないしその一場面を、映像を消していき最後は真っ暗になる形で終わらせることを言い、
http://ejje.weblio.jp/content/fade+to+black
to fade to whiteは、映画の中で区切りを付けるために、画面を明るくし、最後は真っ白にすることを言う。
http://ejje.weblio.jp/content/fade+to+white
 これを踏まえ、to fade to greyについて、画面を黒化も白化もせず、区切ることなくそのまま映画を進行させる、とりわけ、その映画に登場する主人公等を周りの人々や自然環境に紛れさせていく、というニュアンスでセルフは用いた、と私は受け止めた。
 セルフは、よくもまあ、こんなに気取った小難しい言葉やフレーズを連発してくれたものです。
 こういうのも、一種の韜晦である、と言っていいでしょう。
 しかし、韜晦にも関わらず、見えてくるのは、イギリス(アングロサクソン)文明の、以下のような特性(アイデンティティ)です。
一、権威の源泉たる象徴君主制(日本と同じ。但し日本の方がはるかに年季が入っている)。
二、入念に手が加えられたところの自然に囲まれた美しい田舎(日本と同じ)。
三、(エージェンシー関係の重層構造を中核として補完的に市場と国家が機能するところの、江戸時代の政治経済体制や日本型政治経済体制ほど精緻ではないけれど、)(個人主義に立脚した)市場と(組織の論理(上意下達)に立脚した)国家という両極端が組み合わされた、(両極端を補完的地位に置くところの日本、に次いで均衡のとれた)政治経済体制。
四、(日本の、江戸時代よりは優れ、昭和期以降よりははるかに劣る)(階級の不在を意味するところの、)貴族階層、更にはより広く上流階層の包含性、換言すれば、階層間移動性(上昇性)・・但し、中流階層以上が対象であって、下流階層はその蚊帳の外・・。
 なお、セルフが「19世紀末から20世紀初にかけて固められたところの、核心的なイギリスのアイデンティティ」と言っているのも韜晦に近いのであって、彼がここで列挙した、象徴君主制以外の特性は、「19世紀末から20世紀初」以前からイギリスにおいて、一貫して変わらないのではないでしょうか。
 (象徴君主制自体についても、1688年の名誉革命を契機として、イギリスで、相当昔から概ね確立していた、と言えないこともなさそうです。)
 それにしても、イギリス文明と日本文明は実によく似ている、と改めて思われませんでしたか?
 また、これに関連し、日本文明のイギリス文明に対する優位についても、読者の皆さんに更に理解を深めていただけた、と考えたいところです。 
(完)