太田述正コラム#0236(2004.1.22)
<米政府高官論文の読み方>

私が購読しているメルマガの一つに田中宇さんの「国際ニュース解説」があります。
読んでいる目的は二つあります。
一つは、田中さんは資金が潤沢らしく、有料のサイトにふんだんにアクセスして典拠に使っておられるので、私の知らない事実が提供されていることがあるからです。
もう一つは反面教師としてです。
後者について、本日届いた田中さんのメルマガ(http://tanakanews.com/e0122powell.htmにも掲載)を例にとってご説明しましょう。

田中さんいわく、「私が興味深く裏読みしているメディアとして、アメリカの外交政策に関する隔月刊の論文集である「フォーリンアフェアーズ」がある。この雑誌に載る論文の多くは、国際情勢を単に分析したものではない。学術論文のような分析文の体裁をとりつつ、外交政策に関する提案を行う「提案書」として書かれている。もしくは、政権の現職の高官や、もうすぐ高官になる人、その側近などが、自分たちの政策を正当化する理論を展開する「釈明文」になっている。分析を目的とする学術系の論文なら、書いてある通りを読んで理解すれば良いだけだが、フォーリンアフェアーズの論文には、提案や釈明という隠れた真の目的があるので、書いてある通りを読むだけでは浅い解釈になると私には感じられる。」

 このことは、一般の新聞やTVで「政権の現職の高官や、もうすぐ高官になる人、その側近など」が書いたり、語ったりしている場合にもあてはまるのであって、フォーリンアフェアーズ掲載論文だけに限った話ではありますまい。
 それはともかく、これに引き続く、

 「一部の論文を日本語訳したものは月刊誌「論座」やフォーリンアフェアーズの日本語サイト( http://www.foreignaffairsj.co.jp/ )などに出ているが、日本語にしたものを読むのでは、論文が持つ「真の目的」を読み取れない恐れがある。翻訳者が論文の真の目的を察知できていないと、原文の微妙な言い回しが訳文に反映されなかったりするので、長文で苦労するかもしれないが、英語の原文で読むことをお勧めする。(以前に翻訳者と議論したことがあるが、ある文章に込められた行間の含蓄までを日本語の訳文に入れることは「翻訳」を超えてしまうので、翻訳業界では厳禁なのだそうだ。翻訳とは不自由で不完全な作業だということになる。行間の含蓄までを含んだ日本語化の作業は「翻訳」ではなく「解説」と呼ぶべきかもしれないが、日本で「解説」作業をしている人が少ないことを考えると、日本人が日本語だけで国際情勢を理解するのは困難だと思われる)」

 については、私も全く同じ見解です。

 しかし、その後で田中さんが展開される、フォーリンアフェアーズの最新号(2004年1-2月号)に掲載されたパウエル米国務長官の論文「協調の戦略」(A Strategy of Partnerships。http://www.nytimes.com/cfr/international/20031101faessay_v83n1_powell.html)の解釈は、間違いです。
 田中さんはパウエルが、「イラク・イラン・北朝鮮」というタカ派の「悪の枢軸」に対して、「ロシア・インド・中国」を世界戦略の要であるユーラシア大陸を安定化するための新しい枢軸として指定した、と解釈しておられます。
 これに対して私は、「項を起こしてロシア、インド、中国、北朝鮮の四カ国を取り上げていることが注目されます。行間からにじみ出ているのは、これら諸国が米国の潜在敵国だ、というニュアンスです。」と解釈したところ(コラム#224)であり、私に言わせれば、田中さんは正反対に誤って解しておられます。

 なぜそんな誤読が起こるのでしょうか。
まず第一に、田中さんには陰謀論を好まれるというバイアスがあります。このバイアスに基づき、米ブッシュ政権についてはネオコン・・米国の「敵」を、米国単独ででも先制的に攻撃しようと虎視眈々としている・・が牛耳っており、そのネオコンに、ハト派で国際協調路線のパウエルらが抵抗を続けている、と田中さんは言ってこられました。今回のパウエル論文についても、無理やりこの図式の中に押し込もうとすることから読み間違いが起きるのです。
「無理やり」、というのは、田中さんが、この論文が項を起こして取り上げている国々のうち、北朝鮮だけを無視されている点を指しています。
第二に、田中さんはアングロサクソンが分かっておられないということです。現在の、米国を始めとするアングロサクソン諸国の政府は、陰謀論的行動については、少なくとも事後的にはすべてオープンになり、世論の批判に晒される以上、基本的に行い得ない、と考えるべきですし、米国を始めとするアングロサクソン諸国が民主主義独裁(北朝鮮、ロシア、中国)や宗教原理主義(インド)を生理的に厭うことも分かっていなければいけないのです。
第三に、田中さんが、政府「高官」が書く論文の「行間の含蓄」を読み取ることは、「もうすぐ高官になる人」等が書く論文の場合よりももっとむつかしい、という自覚を恐らく持っておられないことです。(天皇のお言葉や防衛白書についてのコラム#215参照。)だから、パウエルのロシア、中国、インドについての記述は、一見これら諸国に好意的なように読めるとしても、パウエルの真意はそんなところにはない、ということを、北朝鮮と並列的にこの三国が記述されている点に注目して察知するところまで、眼光紙背に徹することができなかったのです。

今回の論文は、パウエルが政府高官の一人であると同時に、(大統領を別格として)米国の外交の最高責任者でもあることから、その書き方に高度の外交的配慮が必要であっただけでなく、まだ正式にブッシュ政権の政策となっていないことを書いただけになおさら韜晦する必要があったと思われるのです。
私がなるほどと思ったのは、インドが名指しされた点です。このことについては、改めて論じることにしましょう。