太田述正コラム#0241(2004.1.27)
<新悪の枢軸:ロシア篇(その1)>
コラム#236で、パウエル米国務長官が、ロシア、中国、インドを米国の潜在敵国視した論文を書いた、と指摘したところですが、不肖私がパウエルに成り代わり、彼の言いたいことを敷衍してご説明することにしましょう。
ロシア、中国、インドはいずれも大国であり、このところ経済が好況を呈していることでも共通しています。パウエルがこの三国を、あからさまではない形とはいえ、一くくりにして潜在敵国視すること自体が事件であるといえます。
そう聞くと、中国は共産党一党支配の非民主的な国だから、潜在敵国視されるのは大いに理解できるし、ロシアについても民主主義国になっていから日が浅いことから分からないでもないが、インドは成熟した民主主義国であり、どうしてパウエルが潜在敵国視するのか分からない、と思われる方が少なくないのではないでしょうか。
その疑問はもっともです。インドをあえて潜在敵国視したところにこそ、パウエル論文の最大の眼目があるのです。
しかし、先を急がず、まずはロシアから話を始めましょう。
ブッシュ政権下では、米露関係は次にように変遷してきたように見えます。
1 ブッシュ政権下の米露関係の「変遷」
もともとブッシュは、彼が米大統領に就任する前に、彼の安全保障担当補佐官になる予定だったコンドリーザ・ライス女史がロシアを戦略的競争者(strategic competitor)とする論考を発表したことからも明らかなように、ロシアに対して厳しい見方をしていました。
ところが、いよいよブッシュが就任すると、プーチンがNATOの東方拡大や米国のミサイル防衛構想に柔軟な姿勢を示す一方で、ブッシュとしてもロシアの石油に大いに関心があったことから、二人の間に友情らしきものが芽生えます。そしてブッシュはプーチンのチェチェンでの人権蹂躙に目をつぶる形でこの「友情」に答えます。そこに2001年の9.11同時多発テロが起こり、プーチンが明確に米国に対して連帯の意思を表明したことによって、米露は完全な蜜月時代に入ったのです。この蜜月時代の頂点が2002年5月の戦略的攻撃兵器削減条約への二人の調印です。
しかし、それ以降、イランの大量破壊兵器疑惑等、パレスティナ和平、モルドバ共和国の内紛、中央アジア諸国への米軍基地設置、そしてフセイン政権に対する評価やイラク戦争、はたまた先般のロシア国会選挙における「不正」、更には最近起こったグルジアにおける「革命」、昨年暮れのロシアにおける新しい多弾頭大陸間弾道弾(Topol-L)配備開始、等をめぐって米ソの軋轢が次第に募り、現在に至っています。
(以上、http://www.guardian.co.uk/russia/article/0,2763,1112900,00.html(12月27日アクセス)による。)
しかし、ブッシュ政権下の上記のような米露関係の「変遷」は、見かけだけのものであり、本当のところは米ソ冷戦終焉、そしてそれに引き続くソ連の崩壊以降、クリントン大統領の時代を含め、米露間には蜜月時代など一度もなかったのです。
2 実は「変遷」などなかった
(1)変わらぬロシア
このコラムでも何度か(#145、#186)ロシアは少しも変わっていない、と申し上げてきましたが、最近はロシア人が胸を張って声高にロシアのユニークさを唱えるようになった、とニューヨークタイムズが指摘しています。
その記事によれば、ロシア外務省欧州局長のセルゲイ・O・ソコロフは「ロシアは独立した大国であり、誇り高き国家であって欧州と対等に扱われるべきであり、決して欧州の一部ではない」と述べ、またカーネギー・モスクワセンター副所長のドミトリー・V・トレーニンは「ロシアは決して拡大する欧州に飲み込まれることはない。」そして近い将来において、欧州と米国は「ロシアに対して、あたかもソ連がその前身たる帝政ロシアにとって代わったかのように接することとなろう」と述べているというのです(http://www.nytimes.com/2003/12/31/international/europe/31LETT.html。12月31日アクセス)。
(続く)