太田述正コラム#0259(2004.2.14)
<南京事件と米国の原罪(その6)>

6 終わりに

 (1)再びラーベについて
 ラーベが南京事件の目撃者として東京裁判の証人席に立とうとしなかった、ということを思い起こしてください。私は、ラーベの気持ちは、支那事変等における中国側の蛮行を咎めず、日本軍による蛮行のみを咎めることが片手落ちだ、というものであったろう、と書きました(コラム#256)。
 しかし果たしてそれだけだったのでしょうか。
戦後白日の下に晒された、ナチスが犯したホロコースト等の蛮行を知って、ラーベが衝撃を受けなかったはずがありません。
 しかも、ナチスがやったことに対するてひどいしっぺ返しを、かつてのドイツ東部や東欧に住んでいた1200万から1300万人のドイツ人が受けたことにも、ソ連占領下の東独で余生を送っていたラーベは心を痛めていたはずです。
先の大戦後、彼らは、(ドイツの領土を大幅に縮小させた上で、東独部分に加えて東欧全域を占領していた)ソ連によって、これら地域から着の身着のままで、しかも徒歩で追放されたのですが、その過程で彼らは、ナチスドイツに対する復讐心に燃えるチェコ等の東欧の国の政府によって、組織的計画的に虐殺され、強姦され、拷問を受け、300万もの人々が命を落としました。これは、スラブ人によるドイツ人の組織的計画的な大虐殺であり、ナチスドイツによるユダヤ人のホロコーストに匹敵する蛮行でした。
(以上、http://www.nytimes.com/2004/01/04/international/europe/04GERM.html(1月4日アクセス)及びhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/3466233.stm(2月8日アクセス)による。)
ラーベは、ナチスのかつての熱烈な一党員として、自身が、ナチスドイツが大戦中に行ったホロコースト等に対して責任があるだけでなく、戦後ドイツ人が蒙った大虐殺についても間接的責任がある、という自責の念に日々苛まれていたことでしょう。
そのラーベからすれば、中国の南京での「大」虐殺など、この欧州での二つの文字通りの大虐殺事件に比べれば、10年も前に起こった「小」事件に過ぎず、しかもこの事件の原因をアジア的特殊要因に帰せしめた、事件当時の自分の浅薄さにも忸怩たる思いがあったことでしょう。
してみれば、彼が極東裁判の証人席に立とうとしなかったのも当たり前だ、と私は思います。

(2)最後に再び米国の原罪について
 ラーベの「南京の真実」を読み込んで行った結果、米国の第二の原罪が炙り出されてきました。
「戦前」における米国の「東アジアへの恣意的介入」です。
米国の、独立以前にまで遡る「奴隷制」という第一の原罪とこの第二の原罪とをつなぐものが優生学であることも明らかになりました。
 ところで米国は、第一の原罪は南北戦争で贖ったけれども、第二の原罪の贖い方は不十分なままです。
戦後米国が、一転して、政治、軍事、経済の全般にわたって、おおむね世界の覇権国にふさわしい責任ある行動をとってきたことは事実です。この間米国は、冷戦はもとより、朝鮮戦争やベトナム戦争等の熱戦を戦い、多大な犠牲を払ってきました。
 しかし、いまだに米国が「戦前」に犯した第二の原罪を直視した上で、東アジア諸国並びに諸国民に謝罪をしていないことは問題です(注7)。日本は、東アジアを代表して、米国にこの第二の原罪を直視させるべく、米国と歴史対話を開始する責務を負っている、と私は考えます。

 (注7)北朝鮮ならぬ、米国を最大の脅威とした世論調査結果(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200402/200402130028.html。2月14日アクセス)に象徴されているところの最近の韓国における反米感情の高まりは、韓国社会の未成熟さの表れ以外の何者でもない(コラム#80)が、米国側も、韓国の反米感情にはそれなりの根拠があるのであって、例えば朝鮮戦争で米国が血を流して韓国を防衛したことを持ち出してその忘恩ぶりを非難すること(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200401/200401250015.html。2月14日アクセス)などは、むしろ韓国の人々の神経を逆なでする(吉田ドクトリンの起源に関するコラム#250参照)ことくらいは理解しなければなるまい。

 米国に第二の原罪を贖わせることは、依然として世界の覇権国である米国が、第三の原罪を犯すのを回避させることにつながるからです。
 2001年の9.11同時多発テロへの米国の過剰なまでのリアクションは、奇しくもそのちょうど100年前の同じ月に起こったウィリアム・マッキンレー米大統領の一アナーキストによる暗殺事件へのリアクションを思い出させものがあり、強い懸念を覚えます。
 爾来、米国では一国主義的傾向が強まり、有事ということで国内での人権規制が恒常化し、イスラム圏を対象に移民規制が始まる等「鎖国的」政策をとって現在に至っています。
更に米国は、今年に入ってから、ビザ入国者に空港等で指紋採取と顔写真撮影も始めましたが、これはイスラム諸国や発展途上国から、差別だと非難を浴びています(注8)。

(注8)欧州諸国や日本など二十七カ国の国民は、観光などで短期に入国する場合、ビザが免除されているため、指紋採取と顔写真撮影の対象とはならない。ブラジル政府は対抗措置として、全米国人に対しブラジル入国時の指紋採取を実施しています。(中日新聞1月6日朝刊)

このような状況を見るにつけ、一刻も早く日本が自立し、英国と協力しつつ、米国をイコールパートナーとして善導することが世界のために必要だ、とかねてから私は力説しているのです。

(完)

<読者A>
貴殿が韓国の世論を非難したコラムには、朝鮮半島の歴史に関する無知が目立ちます。朝鮮半島の歴史を知らずに現在の政治も理解することはできません。

参考になるサイト
http://www8.ocn.ne.jp/~hashingi/
これでかなり偏った見方を変えられるでしょう。

The Origins of the Korean War. by Bruce Cumings
これを読まずに朝鮮戦争とその後の歴史は理解できません。

<太田>
私のコラムに対するいかなるコメントも、基本的に大歓迎ですが、「歴史を知らずして現在の国際情勢は理解できない」といった、私がかねてから力説し、実践していることをわざわざ繰り返していただいた上で、自分の意見を言わずに、特定のサイトや文献の引用だけされる、というのでは、お答えのしようがありません。
 恐らく、あなたは、自分の読んだものを批判的に咀嚼して自分の意見をまとめあげる、という基本的なことができない方なのですね。
 (前に、投稿していただいた時も、そのように感じました。)
 あなたも日本の教育の犠牲者かもしれませんが・・・。
 もし、そうでない、というのなら、ご自分の意見を展開した、再度のご投稿をお願いします。

<読者B)
> 最近の韓国における反米感情の高まりは、韓国社会の未成熟さの表れ以外の何者でもない

 反米平和派さんが指摘していた点は、このあたりのことなんでしょうか。僕も微妙な違和感がありました。20歳前後の未成熟な年齢の人たちの未成熟な運動は別として、韓国人が北朝鮮の現状維持を望むのは、やや利己的かもしれませんが、実利的で合理的な判断だと思います。
 そこにきて、ブッシュ政権が、金正日政権の崩壊を望むような姿勢を見せたり、限定的な攻撃をひょっとしたらするかもしれないという不安を韓国人に与えているため、彼らが反米感情に流れているという側面も強いのではないでしょうか。知人の政治学教授の韓国人は「核問題が落ち着けば、国民の反米感情も大幅に弱まる」と話していました。
 そもそも、米国移民熱、留学熱が一向に冷めない国が、それほど深刻な反米感情に侵されているとは、とうてい思えません。

<読者A>
> > 最近の韓国における反米感情の高まりは、韓国社会の未成熟さの表れ以外の何者でもない
>
>  反米平和派さんが指摘していた点は、このあたりのことなんでしょうか。僕も微妙な違和感がありました。

上記の記述は、韓国人に対する差別と蔑視の現れです。
朝鮮の歴史を何も知らず、「米日は正しい。米日と違う意識を持つ国民は間違っている。」という意識を太田氏が持っていることは明らかです。

また太田氏は、日本の朝鮮植民地化を「ロシアの脅威」のせいにして免罪しています。しかしロシアの脅威などはまったくの虚構でした。帝政ロシアは明らかな衰退過程にあり、事実1917年に崩壊したではありませんか。

そもそも、朝鮮にとっては、日本もロシアも侵略者にすぎません。ヤクザAとヤクザBが、Cさんの土地を取り合っているとしましょう。ヤクザAが、「Bの脅威をふせぐために、Cの土地を強制的に手に入れた」と言われても、Cさんが納得できるでしょうか?

そもそも日本人は朝鮮の歴史を知っているのか。何もしらないし、隣人を理解するつもりがないからこそ、一方的な「北朝鮮脅威論」や蔑視がまかり通っているのです。韓国人が、そのような日本人の差別意識にたいして「エールを送る」なんてことがあるわけがないじゃないですか。

実際には、韓国は日本よりはるかに成熟した社会です。日本の首相と、韓国の大統領を比べてみるだけでわかるでしょう。

そもそも分断されるべきは日本であり、朝鮮半島ではありませんでした。侵略国家は日本なのに、なぜ被害者の朝鮮が分断されたのでしょうか?

冷戦時代は、韓国では、朝鮮戦争を、内戦ではなく「北の侵略」であるという史観に基き、「北は傀儡政権で、韓国だけが正統政権」という教育がなされていました。しかし、進歩的な歴史学者や学生運動などの努力により、朝鮮戦争は内戦であり、それを引き起こしたのは米国による単独選挙強行(1948年)であることが共通認識となってきました。(Bruce Cumingsの大著"Origins of the Korean War"など)この史観により、北側を「悪」とみなす認識は否定され、米国こそ民族分断をもたらした悪であるということが理解されるようになったのです。

韓国社会における世論の変化は、一時的な「反米感情」といったものではなく、こういう歴史認識の深化が反映しているのです。ですから、この流れは止まることはないでしょう。

>20歳前後の未成熟な年齢の人たちの未成熟な運動は別として、韓国人が北朝鮮の現状維持を望むのは、やや利己的かもしれませんが、実利的で合理的な判断だと思います。

「現状維持」を望んでいるわけではありません。南北の歩み寄りを目指しているものと見るべきです。
あなたは、南北の経済関係がどれだけ深まっているか知っていますか。南北の経済関係も、人の行き来も、増える一方です。地方自治体による北側への援助も活発になっています。こういう状況で、「北脅威論」なんてものが出てくるわけがありません。

>  そもそも、米国移民熱、留学熱が一向に冷めない国が、それほど深刻な反米感情に侵されているとは、とうてい思えません。

こういったものは、政治的なものとは別です。
米国に留学する人が、政治的に親米でしょうか?そうはいえないと思います。

<太田>
ようやく、ご自分の見解を比較的整斉とお述べいただき、痛み入ります。

> 「最近の韓国における反米感情の高まりは、韓国社会の未成熟さの表れ以外の何者でもない」との記述は、韓国人に対する差別と蔑視の現れです。朝鮮の歴史を何も知らず、「米日は正しい。米日と違う意識を持つ国民は間違っている。」という意識を太田氏が持っていることは明らかです。

ほほう。私は吉田ドクトリンを墨守している戦後日本の「未成熟さ」を職を辞してまで訴えてきていますが、それは日本人に対する差別と蔑視の現れだということになりそうですね。
「朝鮮の歴史を何も知らず」には笑っちゃいます。プラトンの対話編に出てくるソクラテスの、「私はあなたが何も知らないことを知っている」をお贈りしましょう。
学問には国境はありません。歴史学だってそうです。私は韓国の人々が米国や日本と違う意識を持っていることを問題にしているのではなく、非科学的な歪曲された歴史観を韓国の人々(の大部分)が持っており、それが根拠のない反米・反日感情をもたらしていることを、彼らのためにも、指摘しているだけです。

>また太田氏は、日本の朝鮮植民地化を「ロシアの脅威」のせいにして免罪しています。しかしロシアの脅威などはまったくの虚構でした。帝政ロシアは明らかな衰退過程にあり、事実1917年に崩壊したではありませんか。

帝政ロシアの末期は停滞していたロシアがついに高度成長に入った画期的時期でした。(常識です。)
また、帝政ロシアを崩壊させた大きな要因は日露戦争での敗北と、日露戦争中の明石大佐らのロシア反体制派への梃入れです。
いずれにせよ、帝政ロシアの崩壊は、ロシアの体制変革に過ぎず、その後、帝政ロシア改めソ連の脅威に世界が晒され続けた点に何の変化もありませんでした。
なお、私のいうロシアの脅威とは、膨張志向を持った専制的体制の脅威であって、日露戦争とか冷戦を、帝国主義同士の争い或いは覇権をめぐっての争い、ととらえているわけではないことにご注意。

>そもそも、朝鮮にとっては、日本もロシアも侵略者にすぎません。ヤクザAとヤクザBが、Cさんの土地を取り合っているとしましょう。ヤクザAが、「Bの脅威をふせぐために、Cの土地を強制的に手に入れた」と言われても、Cさんが納得できるでしょうか?

既にお答えしました。専制的体制の下で生きたい、というあなたの奇特なお考えに敬意を表します。

>そもそも日本人は朝鮮の歴史を知っているのか。何もしらないし、隣人を理解するつもりがないからこそ、一方的な「北朝鮮脅威論」や蔑視がまかり通っているのです。韓国人が、そのような日本人の差別意識にたいして「エールを送る」なんてことがあるわけがないじゃないですか。

とにかく、ソクラテスのいましめを肝に銘じてください。特に「日本人は」などという雑駁な表現は禁物です。(あなたも、日本人ではないのですか?違っていたら失礼。)
私は北朝鮮に脅威を感じていないし、蔑視もしていませんが、金家による専制体制、就中その人権蹂躙ぶりは蔑視しています。それが「差別」だとおっしゃるのなら、大いに結構です。

>実際には、韓国は日本よりはるかに成熟した社会です。日本の首相と、韓国の大統領を比べてみるだけでわかるでしょう。

歴代の大統領が常に辞めてから汚職で逮捕もしくは弾劾され、金大中氏のように、北朝鮮の核問題に目をつぶり、賄賂を使ってまでしてノーベル賞を手に入れるような大統領を持った韓国に比べれば、まだ戦後日本の方がマシかもしれませんよ。
 
>そもそも分断されるべきは日本であり、朝鮮半島ではありませんでした。侵略国家は日本なのに、なぜ被害者の朝鮮が分断されたのでしょうか?

日本帝国が日本列島、北朝鮮、南朝鮮、台湾等に分断された、ととらえる視点も必要です。コラム#264で述べたように、このうち、日本列島の原住民こそ、最も日本帝国に同化していなかった可能性があるのですよ。

>冷戦時代は、韓国では、朝鮮戦争を、内戦ではなく「北の侵略」であるという史観に基き、「北は傀儡政権で、韓国だけが正統政権」という教育がなされていました。しかし、進歩的な歴史学者や学生運動などの努力により、朝鮮戦争は内戦であり、それを引き起こしたのは米国による単独選挙強行(1948年)であることが共通認識となってきました。(Bruce Cumings
の大著"Origins of the Korean War"など)この史観により、北側を「悪」とみなす認識は否定され、米国こそ民族分断をもたらした悪であるということが理解されるようになったのです。韓国社会における世論の変化は、一時的な「反米感情」といったものではなく、こういう歴史認識の深化が反映しているのです。ですから、この流れは止まることはないでしょう。

これこそ、歪曲された歴史観がどんな害悪をもたらすかの典型例です。歪曲が逆の歪曲を生むのです。
いずれにせよ、この論点や「米国移民熱、留学熱」については、これからのコラムで取り上げるので、そちらに譲ります。