太田述正コラム#0266(2004.2.21)
<歴史は諜報機関によってつくられる(その2)>
 
2 イラク戦争で曝け出された米英の諜報機関のお粗末さ

 (1)米:イラク大量破壊兵器保有のガセネタつかまされる
結局、イラクには大量破壊兵器はなかったようですが、米英両国ではどうして諜報活動が失敗したのか、犯人捜しに大童です。
最近、もっともらしい説が出てきました。
アハマド・チャラビ氏が率いる亡命イラク人組織のイラク国民会議(Iraq National Congress)・・フセイン政権打倒のための対イラク戦の実施を米国に求めていた・・ご推奨の一人のイラク人内応者から得られた情報に過度に依存しすぎた、というものです。
2002年の5月にはこの内応者の証言がでっちあげである旨が明らかになっていたにもかかわらず、この内応者から得られた情報は、それ以降も米国政府部内で用いられ続けたといいます。
この反省から、米国の、CIA長官をヘッドとする諜報機構における慣行・・秘密保全のため、情報源が誰であり、かつどんな動機でその情報を提供したと思われるか、は情報分析者には伏せる・・を改めることになったといいます。
(以上、http://www.nytimes.com/2004/02/13/politics/13INTE.html(2月13日アクセス)による。)
こんな説・・ウソではないのでしょうが・・がまかり通ることからもうかがえるのは、冷戦終焉後の人員整理と不祥事による「粛清」を嫌った大量退職による米諜報機構の弱体化です(http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-cia20feb20,1,7104653,print.story?coll=la-headlines-world。2月21日アクセス)。
それにしても、米国政府、就中米国防省の支援を受けてきたアハマド・チャラビ氏は・・もともとヨルダンでの自分の銀行の不祥事で22年の刑を宣告されている件を始め、色々取りざたされている人物ですが・・、昨年、甥が米国とイスラエルで活躍している極右派入植者たるイスラエル人弁護士と組んで戦後イラクへの投資斡旋業を行っている旨の報道がなされた(http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0%2C2763%2C1057561%2C00.html。2003年10月7日アクセス)上、今回追い討ちをかけるような上記報道ですから、新生イラクの大統領になるという望みは完全に絶たれたと言ってもいいでしょう。

 (2)英:国連内で盗聴請負
米国のNSA(National Security Agency)と英国のGCHQ( Government Communications Headquarters)は、どちらもsigint(signals intelligence=電波諜報)と対電波諜報を行う機関です(http://www.nsa.gov/about_nsa/index.html及びhttp://www.gchq.gov.uk/about/index.html。2月20日アクセス)(注)。

(注)日本の防衛庁も情報本部でsigintを行っていますが、NSAやGCHQと違って、国内のみで活動していますし、有線電話やE-メール等の有線電波情報の盗聴はしていません。

 米英両国がイラク戦争の直接的根拠となる国連安保理決議の採択を求めて安保理理事国に対し、猛烈な働きかけをしていた2003年1月から3月にかけて、賛否について旗幟鮮明にしていなかった非常任理事国のアンゴラ、カメルーン、チリ、メキシコ、ギニア、パキスタンの六カ国とかかる安保理決議に反対していた常任理事国の中国等を対象に、これら諸国の国連代表部(在外公館)の部外との電話やメールを盗聴していたことが、2003年3月初頭に、GCHQの中国語要員たる29歳の一女子職員の内部告発によって明るみに出てしまいました。
 3月17日には米国がイラクに最後通告をし、20日には開戦をする、その3月初頭(新聞社に持ち込んだのは2月下旬と思われる)の内部告発でした。
 彼女は、米英によるイラク戦争が、直接的根拠となる国連決議なしに行われようとしていること、しかもその戦争が、上記六カ国に対し、国際法(外交関係に関するウィーン条約)違反の盗聴までしてその動静を探り、米英案への賛同をとりつけられないと見るや、これら諸国による、米英等とこれに反発する仏露独等との間に立った妥協案つくりの動きを封じ込めた上で行われようとしていること、に怒って内部告発を行ったのです。
 彼女がその動かぬ証拠としてあげたのは、米国のNSAから友好国の同種機関(ここは消されて公表されているが、GCHQ)宛てに送られた、上記盗聴への協力を依頼する2003年1月31日付文書のコピーでした。
 彼女は現在英国で裁判にかけられていますが、検察当局は、国家機密がこれ以上明らかにされることを恐れ、この裁判の取り下げをする見込みだといいます。英国政府の全面降伏です。
 他方、盗聴の対象となった国々のうち、米英への抗議の声をあげたのは、チリとメキシコだけであり、しかも、内部告白から一年近くたった今年の2月に入り、二度目の新聞報道が行われてからでした。国連事務局からの抗議はいまだにありません。
(以上、A(告発):http://observer.guardian.co.uk/international/story/0,6903,905899,00.html(2003年3月2日アクセス)、B(文書のコピー):http://observer.guardian.co.uk/iraq/story/0,12239,905954,00.html(同)、C(GCHQが依頼を受諾していた旨報道):http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,1143572,00.html(2月8日アクセス)、D(フォローアップ):http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,1148715,00.html(2月15日アクセス)、E(フォローアップ):http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,1152323,00.html(2月20日アクセス)による。うち、A??DはObserver紙、EはGuardian紙。なお、両紙は姉妹紙。)
 ここから改めて確認できるのは、米英両国の諜報機関が一体となって活動していること(コラム#105.なお、コラム#138、139も関連)、及び各国の諜報機関というものが、いずこも自国の法令は遵守するかもしれないが、国際法や他国の法令は無視して活動するものであるらしいこと、です。
 いずれにせよ、一語学要員が機密文書のコピーを入手できたこと・・このコピーがなければ、彼女の内部告発を英国政府当局は黙殺することができたはずです・・は、冷戦終焉後、米国の諜報機関だけでなく、英国の諜報機関も相当タガが緩んできている証左でしょう。
 
3 感想

 ここまで、目を丸くしたり、眉を顰めたりして読んできた皆さん。
 諜報活動は成功する時ばかりではありませんが、国家には諜報機関(Intelligence Agency)が必要不可欠です。特に、人間を使って海外情報を収集・分析したり海外で工作活動をしたりすることを任務とする諜報機関を持たない独立主権国家は、まずありません。
 しかしご存知のように、戦後の日本には、そもそもこの種の諜報機関がありません。日本が米国の保護国であるゆえんはここにもあります。
 米国の保護国的状況を脱して日本が自立するためには、いかに「危険」であっても、この種の諜報機関をつくらなければなりませんし、これがあって初めて米国と情報を分かち合う本来の意味の同盟国になり、米国の情勢判断の誤りを正し、米国を善導することができるのです。
 しかし、徳川幕藩体制の下で幕府や各藩の隠密が跳梁していたからこそ、その経験と蓄積を踏まえ、明治維新後に設けられた軍の諜報部門は、日露戦争時の明石元二郎大佐らの大活躍(http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h13/jog176.html。2月15日アクセス)を引き合いに出すまでもなく、速やかに効果的な活動を開始することができましたが、戦後、半世紀以上にわたってこの種の諜報活動を擲ってきたブランクは余りにも大きく、ノウハウがゼロの状態からスタートしなければならないことを考えると、気が遠くなりそうな思いがします。

(完)