太田述正コラム#0287(2004.3.13)
<新悪の枢軸:インド篇(その4)>
ここでちょっと休憩をしましょう。
茶飲み話1:インドの思い出
(1)暑さ
読者の中に、インドを訪れたことのある方はおられるでしょうか。
私は1976年の6月末と1988年の9月から10月にかけての二回、インドを訪れています。
一回目は二年間の米国留学を終え、日本に帰国する時に欧州経由で立ち寄り、ニューデリーで二泊したのですが、とにかく暑かったことを覚えています。
空港について、プールのあるホテルを予約し、タクシーでホテルに着きました。(予約したホテルと違うホテルに強引に連れて行かれて面食らってしまいました。タクシーの運転手はこのホテルのフロントと示し合わせていたに違いありません。)
喜びいさんで水着に着替えて、ホテルの屋外の目の前のプールに入ろうとガラス戸を開けたのはいいのですが、一歩外に出たとたん、猛烈な暑さに目がくらみ、立ちすくんでしまい、結局プールまで歩いて行く気力が失せてしまいました。
翌日、同じホテルに宿泊していた新婚旅行中の英国人夫婦と一緒に一台のタクシーを借り切ってニューデリー観光に出かけたのですが、タクシーにクーラーが入っていないので、暑くてたまりません。
こんな所によく人間が住んでいるものだ・・「生もまた苦である」という釈尊の言葉(http://www.j-theravada.net/howa/howa1.html。3月12日アクセス)の本来の意味が分かった(?!)、というのが私の率直な感想でした。
二回目の1988年の訪問の時も、9月の後半だというのに、6月末の前回ほどではないとはいえ、やたら暑いことには変わりがありませんでした。
工場見学に行った際に、空調などない作業工程を案内されてから、案内してくれた人に、「インド北部の内陸部では酷暑の季節が長く続くが、作業効率は落ちないのか」とたずねたところ、「落ちるに決っているさ」という答えが返ってきました。
インド系の米国人は、米国の人種別所得統計によれば、一番所得が高いといいます(典拠失念)。むろん、インドから移民してきた人々はインドに残った人々に比べれば、進取の気性に富み、リスクを恐れない人々ではあるわけですが、本国のすさまじい貧しさとの間にギャップがありすぎます。
その原因は、案外このインドの暑さにあるのではないか。インドの暑さが思考をマヒさせ、気力を萎えさせてしまうからではないか、という気がしています。
インドは西ないし西北方面から幾たびとなく侵略者や征服者を迎えましたが、インドから外に向って侵略者や征服者を送り出したことが殆どありません。
このこともインドの暑さで説明できる、と思いたくなってしまいます。
(2)タージ・マハール
1988年のインド訪問の際には、官庁、軍事基地、工場、農場訪問のほか、各地の「名所」を見学しました。
しかし、英国の国防省のカレッジの研修団の一員として行ったので、見学先の「名所」はもっぱら英国の観点から選ばれていました。
ですから、ムガール帝国(イスラム)関係、大英帝国関係、そしてキリスト教関係(ザビエルの遺体を「展示」しているゴアのカトリック寺院やマザーテレサのカルカッタのホスピス(コラム#175参照))は見学しても、仏教関係はもとより、ヒンズー関係の見学もありませんでした。博物館訪問もゼロでした。(インド3週間、パキスタン1週間の全日程でしたが、パキスタンでは一箇所だけ博物館訪問がありました。ペシャワールの博物館です。これは仏教美術の展示で有名な博物館ですが、ご当地ガンダーラのいにしえの仏教美術はヘレニズム美術と言ってもよく、これまた「インド亜大陸」のいにしえの美術とは言いがたいおもむきがしました。)
つまりは、いにしえのインドないし「本来の」インドは完全に無視されていたと言ってもいいでしょう。(BJPないしRSSから猛烈な抗議が来ても不思議でないような見学先リストだったわけです。)
あまりにも見学先が偏っているような気がしたので、私は、ニューデリーでの自由時間に同僚研修生達に呼びかけて、有志で博物館とヒンズー教寺院見学を行ったり、カルカッタでも一人で博物館見学をしたりしました。しかし結論的に申し上げると、感興を呼ぶようなものは全くと言っていいほどありませんでした。
何と言っても感動したのはタージ・マハールです。
世界の数ある名所の中で、写真やTVで見たときよりもはるかに実物を見て感動したのはタージ・マハールくらいです。(例えば写真やTVでは、周辺に他の建造物が全くないため、タージ・マハールの巨大さが実感できません。)
このインド建築の白眉は、イスラムの主導権の下にイスラムとヒンズーが融合して生まれた奇跡である、とその時痛感しました。
この一点だけからも、私は心底、BJPないしRSSのヒンズー原理主義的主張はナンセンスだ、と思うのです。
(続く)